第7話-⑬ 悪役令嬢はユーリスの母と対面する
ユーリスが握っていた私の手をちょいちょいと引く。
「ファルラ……」
「なんでしょうか?」
「ファルラのお母さんの遺体はどこです?」
そのとき、しゃりんしゃりんと鈴の音がした。
それが近づいてくる。たくさんの鈴の音が、私達の前のほうから迫ってくる。
空間がひび割れた。
ぴしりという音を立ててひびが入り、何もない暗闇が細かく割れていく。
そこから魔物が現れた。
最初は小さなゴブリン、それからコボルト、オーク。何十体も何百体も歩いてくる。みんな小さな旗が付いた錫杖を手にしていた。それが振られるたびに鈴の音が鳴る。
サイクロプス4体が担ぐ輿が私達の前で止まった。その後ろには黒いマントを着た者たちが膝をついて控えた。
そこには見知った顔が並んでいた。
先輩を筆頭に、王都の駅ですれ違った貴族のような集団、そして一番後ろにギュネス=メイ……。
およそ100人はいるだろうか。
これがすべて上級魔族……。
輿の上に置かれた大げさな黒い椅子に座っていたその人が、私をじろりと見据える。
それに務めて気軽に応えてみた。
「やあ、アゼリアさん。それとも魔王アルザシェーラと呼んだほうが?」
そう呼ばれた少女は椅子の手すりに寄りかかり、頬杖をしながらつまらなそうに私を見下ろす。
「見せつけるな」
「おませな子にいたずらしただけですよ」
「これでもユーリアスの親なのだがな。娘を奪った人間の様子を見るのは親としては当然であろう?」
ユーリスの震えが握っていた手に伝わる。
絶対服従の相手が現れたのだから、仕方がない。
いままでよく我慢できたほうだと思う。
私はその手を安心させるように強く握った。
「ユーリスを誘い出して、何かお話しでもされようとしていましたか?」
「ああ、積もる話をしたかった。それに捜査の進展具合を」
「私に知られるとまずいものでも?」
「……まったく。お前は大公から聞いた通りの性格だな」
「それはそれは」
「どこまで知っている?」
「んー、そうですね。まず、あなたの正体は、最初に駅で出会ったときからなんとなく」
「そんなに早くか?」
「子供があんな遠くの家から歩いてくるなんて、ちょっとおかしく思いませんか? それに王都へ行くのが目的なら、そちらにいる姉の居場所をもっと詳しく聞いてくるのでは?」
「目の前に興味の対象が現れたのだ。見に行くしかあるまい」
「やはり王都に行くつもりはなかったんですね」
「ああ、そうだ」
「それと食堂の肖像画。あなたが描かれててなかったのです。兄君と姉君だけ。あなたがいないとおかしいぐらい、おふたりとも育ったところを描かれていました」
「あれは男爵の連れ合いが亡くなる少し前に描かれたものだからな。昼間は食堂へ行かせないように連れ出したが、なるほど、油断していた」
「あとは話しません」
「なに?」
話すものか。目の前で見下しているこの人は、指を一振りするだけで簡単に私とユーリスの命を奪える。
先輩もさすがに魔王へは、逆らうことはむずかしいはず。
この推理で得られた真実だけが、私達の命を守る鍵……。
不遜な目を向け、魔王はため息をつく。
「こうなったのはお前の失態だよ、ファルラ。君の自殺にみんなが付き合った結果だ」
「そうでしょうか?」
「助かろうという気持ちはすべての生き物が持ち合わせる。脆弱な神が自ら助かりたいと願ったらどうなる? その結果がこれだ。永遠に自分に願い続ける化け物。実に哀れではないか。そのせいで我々も少々厄介なことになった」
「だから反省しろと?」
「ああ、そうだ」
「嫌です。反省する義理はありません」
魔王が目を細める。どうしようもないなこいつは、という笑みを含んだ表情を向けられる。
「ファルラ。少しは私を敬ったらどうだ。我は魔族の王なるぞ。お前の母、ギルファはもう少し敬っていた」
「膝をつき、頭を垂れよと?」
「ああ。いずれそうなる」
にやにやと笑う魔王に、私は指先を突きつけた。
「私の母はあなたに屈したのかもしれませんが、私はそうはいきません」
「ほう。ユーリアスを奪ってもか?」
こいつ……。
目線を隣に移して、それはねぶるように話しを始めた。
「久しぶりだな、ユーリアス。母の手から逃れて、こんな者といるとはな」
「……申し訳ございません」
「申し訳ない? どこが? 詳しく聞かせよ」
「人に身を寄せ、お母様の元に戻らないところです」
「そんなもの。ファルラに取り入り、始末するためだったのだろう?」
「ち、違います!」
「違う? ふむ。どこが違う?」
ユーリスがうつむく。
私が口を挟もうとしたら、ユーリスがまっすぐ魔王を見つめた。
「お母様、私はもうユーリス・アステリスと名乗っています。仕える方はファルラ・ファランドール、ただひとりでございます」
「これは。あはは。笑ってしまうな。どうだ、皆の者。私の剣が、裏切っているぞ」
誰も笑わない。ずっと下を向いている。
ひとつため息ついてから、心底つまらなさそうに魔王が言う。
「ユーリアス、戻る気はないのか?」
「……ございません」
「お前は私が望んで、そうであるように作られたものだ。違うか?」
「……その通りです」
「見よ。この無様な光景を。これもすべてお前が引き起こしたことなのだ。そうであろう?」
「……はい」
「私はそれを不問にしようと思う。そこの生意気な者も命だけは奪わずに置こう。お前さえ戻ってくれば。そう、すべてはそれで丸く収まる」
王が手を差し伸べる。ユーリスを腰の前まで来るように手招く。
それに顔を背けるユーリス。
私は声を荒げた。
「ユーリスは戻らない! ユーリスに指ひとつでも触れてみろ。お前を八つ裂きにしてやる!」
「ほう。命は惜しんだほうが良いぞ」
「母のように私も始末するというのか! して見せろ! お前が欲しがっているものは二度と手に入らないぞ!!」
魔王は何か言いかけて、それを止めた。
私達は、にらみ合う。
時間が止まる。
それを破ったのは魔王からだった。
「ユーリアスはまもなく消える。それでもよいのか、ファルラ・ファランドール」
「ええ、私と一緒にいます。その日が来るまで、ずっと」
「転生前からのつながりが、それほどのものとはな。私もそうなりたかったものだ、ギルファと」
「母と何の関係が……」
はっとした。
魔王が勧めてきた本と物語。
羽が生えた魔族は魔王で、そそのかされた人妻は母ではないか……。
国王陛下は言っていた。ふたりは空へと上がり、我々を侮辱すると。それが本心だとしたら……。
この魔王は、自分に仕える魔族や敵対する人類のことなど、どうでもいいのか……。
魔王は口にそっと人差し指を当て、しーっと声を出す。それから嬉しそうに言う。
「教えない」
な……。
「さて、ユーリアス。お前に新しい命令を与えよう」
ユーリスがびくりと反応する。
「魔族にとって、もっとも脅威であるこの者をそばで監視せよ。お前の命が尽きるまでな」
「……はい?」
それって……。
私とユーリスはお互いの顔を見合わせた。
後ろで控えていたギュネス=メイが立ち上がり、魔王へ届くように大きな声をあげる。
「お待ちください! 魔王様におかれましては、それは賢明な判断ではございません。これでは我々魔族に禍根が残ります。脅威なのです。この光景を生み出した張本人なのです。いくら血縁と言え、この者達をそのまま生かしておくのは危険極まりありません」
魔王は何も言わない。
代わりに先輩が、膝をついたまま大公としての声を張り上げる。
「恥を知れ! それでも人を食い殺して生きている魔族か。たかが小娘ふたり、脅威に思ってどうする。お前こそ、度重なる失態を、我が君アルザシェーラ様のおやさしい御心で許されているのを忘れるな!」
ぐっと黙るギュネス=メイが、こぶしを悔しそうに握る。
魔王が手をあげて、それを制止する。
「まあ、よい」
少しだけやさしい微笑みながら、魔族の王たるその人は、私にこう言った。
「ファルラ・ファランドール。ユーリスを頼む」
「言われなくても」
「ああ、そうだ。婚礼の儀には呼んで欲しい。私は親なのだからな」
「……は? 何を言って……」
ふいにいつものつまらそうな顔に戻ると、皆に声をあげた。
「戻るぞ」
その声ですべて魔族が立ち上がる。私達を無視して、帰っていく。
通り過ぎる際にギュネス=メイが「必ず報いを受けさせる」と捨て台詞を吐かれたけれど、私達はそれどころではなかった。
すべてものが割れた空間の向こうへと渡っていくと、それは何もなかったように元の暗闇へと戻った。
雪が戻ってきた。
私の顔に冷たいそれが当たり、ようやく対峙は済んだのだと、ほっとした。
「魔王アルザシェーラ。とんでもない人でしたね。ユーリス、大丈夫ですか?」
「え、うん……」
「そんなに怖いのですか?」
「ファルラにはあれが人に見えるの?」
「普通に13歳ぐらいの女の子でしたよ?」
「そうなんだ……。私にはもっと違う大きな化け物に……」
私はユーリスの手を引き寄せて、そのまま抱きしめた。
「落ち着きなさい。私がいます。私は魔王にあなたを頼まれたんです」
「でも……」
「いざとなったら、私が抱えて逃げ出します。世界の果てまで」
「……婚約破棄のときとは逆になりましたね」
「そうですよ。私達はもう一緒なのですから」
私は人造神様のほうを向いて、大きな声をあげた。
「ということなんですが、どうでしょうか? お母さん」
-------------------------------------------
いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!
執筆を続けられるのもひとえにご応援いただける皆様のおかげです。
よろしかったらぜひ「♡応援する」を押してください。
作者が焼酎「魔王」をロックで飲みながら喜びます!
次話は2022年11月15日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます