第7話-⑫ 悪役令嬢はグレルサブの惨劇を思い出す


 それを聞いて、私は立ち上がろうとした。

 ユーリスばっかりに何かをさせるわけにはいかなかったから。

 よろめく体をユーリスが支えてくれる。


 「大丈夫?」

 「平気。手を握って」

 「こう?」


 ゆっくりとふたりの魔術紋に魔力が通ってく。

 少し漏れ出した魔力が光を発してふわりと漂う。


 魔術紋が回転しだす。

 ふたりが金色の光に包まれていく。

 それは人造神様のときより、温かくて心が落ち着くものだった。


 草原へ倒れた。

 意識が遠のく。

 気を失わないように、必死に耐える。

 ユーリスが私の名前を心何度も呼ぶ声が耳に届いていた。


 ようやく思い当たった。

 もう私の魔力は、ほとんど人造神様に吸われていて残っていなかったんだ……。

 ユーリスが悔しそうに叫んでいた。


 「……お前が神様なら、私達の願いをどうして聞いてくれないの!」


 ――私は生きたいから。死を願う者は許さない。


 「だからって! ファルラをこれ以上ひどい目に合わせるなァァ!」


 ユーリスの手が離れる。

 離してはいけないものが離れてしまう。

 嫌だった。でも、私にはどうすることもできなかった。


 ユーリスを見上げる。

 でたらめに光を出していた人造神様が、それを私達に向けて収束させていた。

 強い光が少しずつ重なり、私達を貫こうとしていた。

 防御結界が何枚も壊れていく。

 次々と破壊されていく。

 最後の防御結界が壊れた。


 光が真正面に届く。

 それをユーリスの右手がしっかりとつかんだ。


 「お前の魔力を逆に使ってやる。強制供給!」


 魔術紋が光り出した。

 あっと間にしぶきを飛ばして高速回転しだす。


 ……同じ魔呪紋を共有しているから、あの光の力を吸えるんだ!


 ユーリスが私に安心させるように微笑みかける。


 「もう少しだから。待っててね、ファルラ」

 「うん」


 ユーリスがその左手を人造神様に向けて広げる。五本の指から魔力があふれだし、まるで金糸が漂っているように見えた。


 それを器用に振って、魔法陣をつむぎだす。光がそれを狙っても、はじき返された。

 次々と出来上がっていく金色の魔法陣が、私の前に何度も積み重なる。


 ユーリスが凛とした声で詠唱を始めた。



 「輝く者、月より墜ち、罪深き者、月へと還る。

  死のさなかにも生きてあり、生のさなかにも死していく。

  我は問う。このことわりを乱すなかれ。

  我は訴える。この円環から外れるなかれ。

  生は星となり、青き炎となりて、煙は永遠に立ち上らん。

  我らさまよえし星々は、死礁の彼方へと導かれん。

  それこそがたったひとつの真理なり!


  星火召喚!

  ブレイジングスターリーリフトォォォッ!!」



 強い風が後ろから吹き抜けた。

 光り輝く魔法陣へと吸い込まれていく。

 それが青白い炎の濁流となって、人造神様に襲い掛かった。飲み込まれる。すべてが燃える。


 人造神様はあがくように、炎の流れを破り、私達へと光をぶつけた。

 とたんに前へ展開していた魔法陣が次々と壊されていく。

 でたらめな風がうねり、地上にあるものをすべて巻き上げていった。


 私は倒れたまま、それを祈るように見つめていた。

 お願い、もう死んで! もうユーリスを傷つけないで!


 バリン!

 人造神様が入っているガラスの容器にヒビが入った。


 光が弱まった。

 少しずつ光の束が消えていく。

 風の勢いが収まる。

 すぐに人造神様は青白い炎に包まれていった。


 ……よかった。


 「嫌! だめ! ファルラ!」


 それは人造神様を入れた容器にかぶさっていたガラスの蓋だった。私の背中に刺さっている割れたそれを見て、ユーリスが焦り狂った悲鳴をあげていた。


 そのとき、ユーリスがふらっと体を揺らして、片膝をついた。

 見えにくくなってきた目でその顔を見る。真っ白だった。


 ……魔力切れを起こしている。


 ユーリスは苦しそうな喘ぎ声を漏らすと、そのままどさりと倒れた。


 ……大丈夫。ユーリスはきっと助かる。しばらくすれば回復する。

 私はやっと母のところに行ける……。


 「行かせはしないよ、ファルラ」


 自分の声がした。

 驚いて前を見た。


 そこには自分が立っていた。

 裸だった。

 切り落とした私の右腕だけが黒ずんでいた。


 「私の右腕から、私を復元したの!」


 人造神様を覆っていた青い炎があっという間に消される。

 光がまた人造神様からあふれていく。


 もう、何もできない。

 せめてユーリスだけは……。

 体が動かない。

 動かないよ……。

 動いてよ……。

 お願いだから!


 足元から誰かが歩いてきた。しっかりとした足音をさせながら、私の横を通り過ぎていく。


 「この力、借り受ける」


 頭にかぶった山羊の骨を押さえながら、その女の人は、私達の前へかばうように立った。


 「人の形を成したのが、お前の敗因ということだ」

 「何を言って……」

 「腹を空かせてきて正解だったな」


 あっという間だった。

 気がつくと、復元された私の首筋に、その人は噛みついていた。

 瞬時に手足がやせ細っていく。


 マナドレイン。一部の高位魔族は人に含まれる魔素を血を飲み直接摂取する。それは魔法学園で習って知っていた。

 でも、始めてそれを見た。


 「やめろっっっ!!」


 私が目の前で断末魔を上げていた。


 次の瞬間、人造神様は、逃れるように光を爆発させた。

 黒い空へ幾筋もの光が登っていく。

 高く上がったその先で、いくつもの小さな光に分かれ、地上へと落ちていく。

 落ちた先は、もう……。


 「させない。我が同胞に召喚された星火よ。我が命に応えよ!」


 女の人が手を広げ、それを空へとかかげる。

 すぐに空を幾千万もの金色の魔法陣が覆いつくした。


 「清浄なる星の火よ。孤独なるその炎よ。すべてを焼灼せよ!!」


 空が降ってきた。いくつもの魔法陣が光を追いかけて、飛んでいく。


 私の目前にもそれが落ちた。金色の小さな魔法陣が雪のように降りかかると、そこにあった草が青白く燃えた。燃え尽きるとまた元の緑の葉へと戻っていく。

 その不思議な光景を眺めていたら、ふいに抱きかかえられた。


 「我が君、魔王アルザシェーラ様の失態と思われてはならぬ。それでは私が王位を禅譲した意味がなくなるからな」


 その人は目を隠しながら私に微笑んだ。


 「魔族と人は相容れぬ。その差は確かにあって良いものだ」


 そこで私は気を失った。




 暗闇の中で意識が漂っていた。

 何かが混じっていた。

 侯爵令嬢として育った記憶。

 日本という国の長野の片田舎で育った記憶。

 母が罪を重ねるを止められなかった自分。

 日本の警察というところに籍を置き、何百人もの犯罪者と対峙してきた自分。

 母のような人の闇をたくさん見てきた。そして罪を償わしてきた。

 違う、この記憶は……。でもこれは……。

 入り混じる。混濁していく。

 私は……、誰だ?


 目が覚めた。


 夜が明けようとしている。

 暗闇がどんよりとした明るさを取り戻そうとがんばっているところだった。


 体を起こした。

 それを目にした。


 グレルサブが青白く燃えていた。

 至るところから、炎の手が上がっていた。

 母と一緒によく買い物をしたあの場所も、母と過ごした屋敷も……。

 何もかも炎の中にあった。


 小高いこの場所からそれがよく見えていた。


 私は諦念の想いで、それを見つめていた。

 洪水、地震、台風、火災、自分ではどうにもならなかった事故。

 それに遭遇した人と、いま私は同じ気持ちなのだろう。


 自分の手のひらを見つめる。


 私は犯人の爆弾で……。どちらかを殺さないと大勢が死ぬと言われ……。自らを……。

 いや、違う。

 なんだ、この記憶は……。


 「良かった、ファルラ……」


 半分泣いている女の子が、私の顔をのぞきこんでいる。

 この子は……。

 そのきらりと光るおでこには、とても見覚えがあった。


 ぺちり。


 やはりこの感触は……。


 ぺちりぺちり。


 ああ、良い。この叩きごごちはとても手にしっくりくる……。


 「痛いって! もう、ファルラは何するんですか!」

 「なんだか懐かしい感じがしまして……」

 「私のおでこを叩いたということは……。ああ、やっと思い出したんですか、警部」

 「お前はやっぱり、あの……」

 「この世界に転生したことは私のほうが先に思い出しました。だから、私がお姉さんということでいいですか?」

 「転生……。ちょっと、待ってください。私はまだ記憶が……」

 「ふたりぶん記憶があると混乱しますよね。でも、そのうち慣れるみたいです」

 「ファルラ……。この名前、あの犯人が会社で作っていたゲームに出て来ていましたね」

 「はい、私も出ています。人気キャラみたいですよ?」

 「自分で人気とか言わないでください。たしか、ゲームのテーマは『憎しみながらも愛してしまう』でしたか」

 「そうです。いろんな愛の形と裏切りがごった煮になってて、そこが人気のゲームのようです」

 「ファルラは……。悲しい思い出があり、人を信じられない性格になる。唯一慕っていた婚約者に裏切られてしまい、恋敵となった町娘といっしょに連合王国を滅ぼそうとする悪役……」

 「よく覚えていますね、警部。さすがです」

 「捜査資料に書かなくてはいけないんです。だから……。というか、なんでお前が死んでいるんです!」

 「そんなの決まってます。私はずっと警部のことが好きだったんです」

 「はあ?」

 「警部がいない世界に未練なんかなかった。たがら、犯人に仕掛けられた罠にわざとはまって死にました」

 「せっかく私が自殺して助けたのに。これでは死に損です」

 「私のこと嫌いですか?」

 「嫌いとか好きとかではなくてですね」

 「もうキスだって、たくさんしちゃった仲じゃないですか!」

 「お前、何を言って……」

 「お前じゃありません。いまの私は、ユーリスという名前です」


 それが私のそばにしゃがみ込み、私を抱きしめようと手を広げる。


 「つらいときはぎゅーなんです」

 「……そうですね。それには賛成です」


 私達はお互いを抱きしめる。

 その温かさに安心する。

 もう離したくなかった。

 私を守るためにあんなことをさせたくはなかった。

 またこの子は死んでしまうだろうから……。

 頬に流れた涙は、自分のものか、それともファルラという女の子が流したものか、よくわからなかった。


 それから私達はグレルサブから焼け出された人として、近くの街に逃げてきた。降ってきた魔法陣に触れたせいで髪の色が金色に変わってしまったけれど、探しに来た父に出会ったとき、ほくろの位置と母と父しか知らないことを話したことで信じてもらえた。父には母は魔族に殺されて死んだと伝えた。それは始めて虚構の推理を人に信じ込ませることだった。

 ユーリスは母がグレルサブで雇っていたメイドということにして、王都の屋敷で一緒に過ごせることに成功した。すぐに魔法学園の寮へ追いやられたけれど、私の髪の色が変わったりメイドがついたことは、誰も触れなかった。何しろファルラ・ファランドールという人間は、みんなに嫌われていたのだ。実に都合が良かった。


 そうして1か月後。国王陛下は臣下や国民に向けて檄文を飛ばした。グレルサブで起きたことは魔族の所業だった。この惨劇を忘れてはならない。必ず報いを受けさせる。そう強く言葉を発した。そうしたほうが大人たちにとっても、都合が良かったのだろう。

 そうして、いま、私たちはここにいる。



■連合王国領グレルサブ ファランドール家の屋敷 中庭 ノヴバ小月(11月)23日 2:00


 闇に満ちた虚空から、白い雪が振り落ちていた。

 青く燃える草に触れると、それはじわりと溶けていく。


 大きな黒い犬が屋敷のそばで座り込み、私達の進む先を見守っていた。

 進む先。そこにあるもの。私達と生死を賭けたもの。いまは何百ともいう封印魔法が取り囲む黒い塊。


 人造神様。


 手をつないで前を見たまま、ユーリスが声を出す。


 「自分達で作ったものなのに、怖くてたまらなくて、こうして封じ込めたんですね」

 「願いを叶えてもらおうとしたのに、これではお賽銭をあげても、きっと無意味でしょう」


 私は炎が消えてはまた燃える、壮大な光景の草原を見渡しながら言う。


 「そのうち、犯人がやってきます」

 「本当に来るんですか? ここに」

 「ええ、ユーリス。必ずです」



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作者がエリアス・エインズワースの真似をしながら喜びます!




次話は2022年11月14日19:00に公開!

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