第7話-⑪ 悪役令嬢はユーリスのために立ち上がった


 中庭を見渡して人造神様を探し始める。私はそんな彼女の腕を引っ張った。


 「たぶん地下室だと思う」


 そのまま手を引いて屋敷の方に連れていく。

 台所の脇を通り、廊下を通り、居間を抜ける。無言のまま私達は歩いていく。

 玄関近くの階段まで出ると、そこで倒れていたマーサさんの死体を乗り越える。あふれた血で足が滑りそうになる。


 黒い犬が座っていた。

 とても大きかった。大人の背より高かった。

 破壊された扉を後ろに、ただじっと私達を眺めていた。


 「襲わないから」

 「そうなの?」

 「うん。あ、そうだ、あなた名前は?」

 「ファルラ。ファルラ・ファランドール」

 「ファルラか。いい名前だね。私はユーリスって呼んで」

 「あの……」

 「バーゲスト。ファルラだよ。ファルラを覚えて。いい?」


 私は犬を恐る恐る見つめる。

 犬は大きな頭をこくりと下げてうなづいた。


 「よしよし。いいこ。これで、もう大丈夫だから」

 「……ありがとう」


 黒い犬の目線を感じながら、階段下の古い木の扉を開ける。その先の暗闇からは腐敗した肉とつんとする薬品の匂いが混ざっていた。


 「ここから地下の研究室に続いている。この下にあると思う」

 「わかった」


 彼女が指先に魔法の光をともす。少し明るくなった石の階段を1段ずつ降りていく。10段下がったときに私はつぶやいた。


 「ありがとう。こんな私を抱きしめてくれて」


 扉を閉じる。鍵をかける。


 気がついた彼女があわててて階段を上がってくる音がした。

 ドンっと震える扉。私はびっくりして後ずさりする。

 ドンドンと何度も叩かれる。扉の向こうから必死な声がした。


 「ファルラ! ファルラったら!」


 私はそれを置き去りにした。

 走り出した。

 台所に戻り、その片隅にあるレンガ造りのオーブンの横を何度も手で叩く。ようやくかちりという音を立てて、何かが動き出した。レンガの壁がそのまま上の階へ上がっていく。それと入れ替わりに、黒い覆いで隠されたそれがせり上がってきた。


 力を込めてひっぱりだす。移動用に台車がつけられたそれがようやく動き出した。そのまま台所の外へ向かおうと思った。

 玄関はあの犬がいる。死体も転がっていて道を塞いでいる。

 仕方がないか……。


 人造神様をころころと引いて中庭に出てみた。

 月明かりがとてもきれいだった。


 私は黒い布の覆いを勢いよく引っ張った。

 ガラスの大きな容器の中には、黒い液体で満たされた何かが浮かんでいた。ごぶりと泡が立ち上る。


 「外、見たいよね……」


 大げさなツマミが付いた重いガラスの蓋をがんばって取ってあげる。

 鈍い音を立てて、蓋が草原に落ちた。


 明るく青白い月が黒い液体に浮かんでた。

 風で波立ってそれがゆらめく。


 ……外を気持ちいいって感じてくれるといいな。ずっと閉じ込められていたんだし……。


 少し海の匂いがした。母と一度だけ行った青いフレリア海を思い出す。

 

 お母さん……。


 落ちて転がっている、そのそばへ慎重に台車を引っ張っていく。

 それを見つめる。

 私は胸の前で手を握り、心を決めた。


 いま行くからね……。


 「さあ、お姉ちゃん。私を食らいつくして」


 はみ出た生気のない右手に触れる。ひんやりと冷たいそれを握りしめる。

 お互いの手に刻まれた魔術紋が光り出す。

 高い音を立てながら、それが回りだす。

 黒い液体がほわりとした温かい光に包まれていく。


 魔力供給が始まる。

 命がある万能の願望器にあらゆる事象を改変する力が宿っていく。


 私は失神しそうになるのを必死にこらえて立ち続ける。

 気がつくと私は叫んでいた。


 「もういい。もういや! こんなことを終わらせて! みんな終わりにして! こんな不幸を与えた者たちと一緒に死なせて! お願いだからっ!」


 黒い液体が沸騰した。

 生ぬるい光が幾筋もあふれていく。

 すべての世界を塗り替えようと、争うように夜空へと高く上がっていく。


 星も月も、もう見えない。

 そこにあるのは私の死にたいと言う願いだけ。

 それをどこかほっとしたように見上げていた。


 ――嫌。死にたくない。


 え……。


 ――私は願う。私が生きられるように。すべてのものが生き残るように。


 待って、なんで自分が自分に願うの!

 心に響いたその声に、私は絶叫する。


 「だめっっっっ!!!」


 止まらなかった。

 光に触れたものから、生き物はぶくぶくと泡立つように体を変えていく。体内が無限に増殖していく。


 木も、草も、原形をとどめられない。


 そして、私も。


 人造神様を握っていた手が膨らんでいく。手の内側からぶよぷよとした肉の塊がはみ出てくる。

 その手を離さそうと思っても、もう離れない。ひっぱっても外れない。


 魔術紋が瞬時に黒く染め上がる。

 とたんに黒い液体が手のひらから入り込み、もっと魔力を寄越せと、表皮と筋肉の間を這いずり回る。

 強烈な痛みが頭へと伝わっていく。


 腕を必死に抑える。それでも止まらない。

 願いが本当なら、私はこのまま形を変えさせられて生きていく。

 嫌だ、私はお母さんの、お母さんのところに!


 どごんというものすごいを音がした。見ると、屋敷が爆発したらしく、玄関に近い壁が崩れていた。

 誰かがそこから歩いてくる。


 「だめ! そんなことしちゃ!」


 傷だらけになったユーリスが、私のほうに近づいてくるのが見えた。

 私は声を上げようとするが、痛みと迫ってくる黒いもののせいで、かすれた声しか出なかった。


 「早く……、逃げて……」


 その言葉と裏腹に、ユーリスが私のそばにやってくる。

 飛び散る光を浴びると、やけどのように赤く火ぶくれがとたんにできた。腕で顔を覆いながら、ユーリスが私に叫ぶ。


 「嫌だ! ファルラは生きて! 私なんかもうどうなってもいい! でも、ファルラだけは! あなたはちゃんと人間なんだから!」

 「もう、無理だから……」

 「ファルラは私の……。たったひとりの……」

 「ユーリス、魔法障壁を張って。今ならまだ間に合う」

 「君も一緒に入るんだ。この人造神様の腕ごとだと障壁に穴が空いてしまうから……」


 ユーリスが私の腕を離そうとする。人造神様の腕を引き抜こうとする。

 黒く明滅して回転する魔術紋を必死に止めようとする。

 どうにもならないことを悟ると、ユーリスは私に微笑んだ。


 「これまで受けた悲しみ以上に笑顔になって」


 背を向けて、少しでも人造神様の光から私を守るように、間に立ちふさがった。

 ユーリスの髪の毛の色が変わっていく。月の光を浴びたような銀色へと変わっていく。

 ユーリスが変わっていく……。

 ユーリスが……。

 私がユーリスを助けないと、このままじゃ……。


 「やめてっっっっ!」


 私は左手を伸ばす。

 そこにあると知っていたユーリスの大鎌を引き寄せる。

 大鎌は答えてくれた。空中を飛び、私の左手に収まる。

 体ごとユーリスにぶつかり転ばせると、躊躇なく大鎌を自分の右腕に振り下ろした。


 かはっ。

 熱い痛みが私に伝わる。


 それを狙っていたかのように人造神様の鋭い光が当たった。

 とたんに右腕が復元された。

 そして足に余計な肉塊を生まれさせた。


 うずくまる私をユーリスが抱きかかえる。


 「無茶して」

 「私がここから離れないとユーリスが離れてくれないから」

 「そうだけどさ。立てない?」

 「うん、もう……」

 「ちょっとあれから下がるね」


 そのままユーリスに引きずられるようにして人造神様から離れていく。

 光が何度も私達をとらえる。そのたびにユーリスは指先をすばやく動かして防御結界を張る。何度も割られるけれど、何度でも張り直す。


 ユーリスの必死な顔を見て、私は思った。唇が青くなっている。魔力切れ……。


 「ユーリス」

 「え、なに? わ……」


 私はユーリスの唇を奪った。それは緊急時における魔力の受け渡し。通っている魔法学園で教わったことだった。

 ユーリスは私とキスをしながら、何度も防御結界を張る。

 唇を離すと、ユーリスが悲愴な面持ちで私に言う。


 「きりがない……。やっぱりあれを壊そう」

 「ユーリスだけでも逃げて……」

 「もう、ファルラは。大丈夫だって。でも、ちょっと魔力が足らないかな……」

 「なら、いくらでも魔力を……、私は普通の人より多いから」

 「詠唱がいるんだ。だから口から受け渡すのはダメでさ」

 「人造神様と繋がってた魔術紋を作れる?」

 「あ、いや……。うん、できるけど。見た魔法をすぐに使うのは得意だから」


 私は何も刻印されていない復元された右手を差し出した。


 「いいの?」

 「うん。使って欲しい」


 ユーリスと私は必死だった。魔術紋を刻み込む痛みぐらいはもうどうでもよくなっていた。その間もユーリスは左手で防御結界を作りながら、私を人造神様の光から守っていた。


 出来上がった私とお揃いの魔術紋を見ながら、ユーリスが立ち上がる。


 「燃やすしかない。いまある最大魔力で、人造神様を焼き尽くす」




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作者が忘年のザムドに出てくるヒルケン皇帝の真似をしながら喜びます!



次話は2022年11月13日19:00に公開!

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