第7話-⑧ 悪役令嬢は合図を送られた人物を誘い出す



■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅屋敷前の荒野 ノヴバ小月(11月)22日 23:00



 冷え切ってしまっていた。温かい下着が欲しいと切実に願うなか、昨日の夜に見かけた光が灯った辺りに立っている。

 この位置は屋敷から見えるので、火に当たるなど、もってのほかだったので、とりあえず足踏みしながら寒さに耐えていた。


 白い息が雪とすれ違いながら、闇へと上がっていく。

 それをぼんやりと見ながら、柄にもないことを思う。



 ――亡くなった兄君の魂は、ちゃんと月へと上がれただろうか。あなたは成すべきことを成したのだから、闇に囚われず、月の明かりのひとつとなって、みんなを照らしていて欲しい……。願うならば、この私も、どうか照らして……。


 足踏みを止めた。屋敷の方へと顔を上げる。息を吐く。白いもやがかき消されていく。


 指先で小さな魔法陣を作る。ライトニングの魔法だけど、光の屈折率を変え、効率よく前の方へと光を収束させるように、魔法陣を組み替える。


 魔法陣を最後まで描き終えると、とたんに光り出した。あわてて着てたコートでそれを覆い隠す。そうしたらコート越しでもぼんやりと光が漏れ出ていた。微妙に熱すら感じられる。

 コートをはためかせる。光が屋敷へ届くように何度も出したり隠したりする。


 まず1回。長めに光を出す。

 それから3回。明滅させる。


 術を解除すると、寒い寒いと言いながらコートを戻して着込む。

 後は待つだけ。


 なかなかそれは来ない。荒れ地に振る雪と暗闇だけが、私を見ている。


 そろそろあきらめようとしたとき、来ると思っていた人が、雪の帳の中から現われた。私を見るなり、私だとわかり、泣き出して、そして詫び出した。


 「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 「ユーリス、いいんです。私にはだいたいわかっています。あれに抗えないのもわかります」

 「でも、私は……」

 「言ったでしょう? 何をしても私はあなたを信頼しているって」


 ユーリスの冷たい手を握る。


 「あれはこうして誘い出し、ユーリスと話をしたがっていたはずです。違いますか?」

 「うん……。たぶんそうだと思う」


 ひゃんという犬が痛がる音がした。

 ユーリスが私の体を引き、私と音がしたほうとの間に立ちふさがる。


 黒い犬がいた。


 すごく大きい。予想していた通り、大人ふたりぶんの大きさはあるだろう。

 闇夜に紛れていたが、その体はところどころ青白く燃えていた。それは燃えては消えるのを繰り返していた。


 また、きゃひんという鳴き声を上げる。痛そうに体を振る。

 うなり声をあげる。そのまま息を感じられるぐらいまでユーリスに近づいた。口元は赤黒いものがこびりついている。犬の白い息がまとまわりつく。


 ひるまなかった。ユーリスは黒い犬がしたいようにされていた。

 匂いをかがれると、ユーリスは声を出した。


 「こめんね、バーゲスト。痛かったよね。置き去りにしてひどかったよね」


 犬はくぅーんという声をあげると、ユーリスの涙を舐めだした。


 「これはユーリスがグレルサブで連れていた犬ですね」

 「うん、そうだよ。屋敷にいた人たちを噛み殺していたんだ。魔族が使役する猟犬のひとり」


 私は指先で白い魔法陣をなぞりだす。


 「待って、ファルラ。殺しちゃうの?」

 「いいえ」


 出来上がった魔法陣をふっと息で飛ばす。犬の鼻先にぶつかってそれがくだける。犬はぶるぶると体を振ると、私をきょとんと見つめた。


 「簡単に痛みを消します。少しは楽になるでしょう」

 「ありがとう、ファルラ……」


 私はゆっくりと犬の鼻先に手を近づけた。何かを理解したのか、犬は大きな下でべろりとその手を舐めた。


 「私ひとりなら食い殺すか何かしようと思っていたのでしょうが、元々の飼い主であったユーリスがこの場にいるのは、犯人にとって大きな誤算だったでしょうね」

 「私達、いまどこかで犯人に見られているのかな」

 「もちろん。高みの見物でもしているはずです」


 犬の大きな頭をさっとなでて雪を払ってやると、小声でお願いした。


 「さあ、お前がいたところに、私達を連れてっておくれ」


 犬は後ろへと体をそらすと、とぼとぼと歩き出した。


 「追いかけましょう。ユーリス、良いですね? たぶん行先はあそこです」

 「うん。わかってる」


 ユーリスと私は手をつなぐ。それから一緒に雪が積もる荒れ地へと歩き出した。


 風が吹き出していた。

 雪は氷の粒となり、私達の向かう先から吹き付け、顔に痛みを走らせる。


 私達は負けなかった。

 抗うように歩いていく。一緒に。暗闇の中を。


 ひとりごとのように私はつぶやく。


 「この屋敷をグレルサブのようにするぞ、というのはなかなか良い脅しだったでしょうね。兄君も毎日約束を引き延ばしたり、妹を遠くに追いやったり、いろいろとたいへんだったことでしょう」

 「ファルラ、なんで魔族は今頃……」

 「魔法学園での裁判、学生の拉致失敗、私の勧誘もだめ。いろいろ重なって焦っているのかもしれません」

 「それって、みんなファルラがやったことだよね……」

 「そんな。まるで私の悪の元凶みたいな」

 「違うの?」

 「いまユーリスが手を握っている人は、魔王より悪く、王家より狡賢く、それでいてあなたが大好きな人ですよ」

 「そうだね。うん、そうだよ。それでいて探偵さんだし」

 「そう、私は探偵です。この先に真相があるのなら、行ってみなければ。そこが惨劇の舞台だったとしても」


 前を行く黒い犬が走り出す。

 私達も駆けだした。


 林に覆われるようにそれはあった。薄い緑にぼんやりと照らされているトンネルが口を開けていた。


 「フェアリーロード……。妖精の通り道ですね。いつのまに……」

 「元々あったのかも」

 「だとしたら、たいへんですね。いまグレルサブはふたつの魔術を拮抗させてこれ以上広がらないようにしていますが、それを崩したら、この通路を通ってやってくるでしょう。グレルサブの惨劇が」

 「燃えては蘇る……」

 「そうです。先を急ぎましょう」


 緑にぼんやりと光る、トンネルの中を進んでいく。苔はどこまでも生えていて、私達の足元を支えてくれている。


 やがて外に出た。

 暗いけれど、トンネルの中からの明かりに照らされて、そこは林の中だとわかった。


 黒い犬が地面を嗅いでいた。垂れ下がったカーテンを鼻先で捲るようにすると、その先へ歩き出し、姿が消えていった。


 「こんなところに封印のほころびが……。行きましょう」


 私はユーリスの手を握る。ふたりでいっしょにそれを潜り抜けた。



■連合王国領グレルサブ 氷雪の大通り ノヴバ小月(11月)23日 0:30


 燃えていた。青白い炎が至る所でちろちろと揺らめいていた。

 商店の軒先も、大きな街路樹の葉先も、道に横たわる人々も。


 至る所で、ぱちぱちと火がはぜる音がした。

 巻き上がる灰が、火に煽られて上へと昇っていく。まるで振りゆく雪を逆にしたように、暗闇が広がる天へと上がっていく。


 青く燃えている街路樹の下から、落ちていた葉を拾った。

 葉先から青白い炎が噴き出し、葉に少しずつ炎が広がる。灰へと変えていく。すべてが燃えようとすると、根元からまた葉がじわりと戻って蘇る。これをいつまでも繰り返す。


 ここにあるすべてがそうだった。すべてが青白く燃えていき、すべてが元に戻っていく。


 「きれい……」


 ぽつりと言うユーリスに、私はうなづく。

 防御結界の魔法を解いてしまえば、あっというまに私達も燃えてしまうというのに。


 街の大きな通りをふたりで歩いていく。子供の頃、何度も買い物へ来たところ。私がつまらなくなると、屋敷を抜け出して歩いていたところ。

 思い出どおりにそこはあった。


 「どうしたの、ファルラ?」



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次話は2022年11月10日19:00に公開!

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