第7話-⑦ 悪役令嬢は少女に見せつける
「いきなり何? 歴史の勉強?」
「いえ、私は不思議に思うんです。何かを未来の世代に伝えたい。でも、それは歴史が進むと歪められます。だいたい事情があることですが」
「黒い犬は嘘だと?」
「実際にあったことなのでしょう。先祖が魔族にたぶらかされて黒い犬に襲われる。そして、この伝承が伝わる。これは誰にとって都合が良いのです?」
「都合……?」
「お化けが出るから夜中には出歩くな、そんな類の話なのでしょう、この伝承も。それは本当にあったことではなく、それを話している親にとって都合が良い話なだけです。そう言えば子供たちはおとなしく寝てくれるでしょうから」
「この伝承には意味があるってこと?」
「そうですよ、アゼリアさん。誰かがこの家を縛っている。都合よくしている」
「誰って……」
「たとえばですよ。たとえばの話です。先祖が魔族を屠ってきたというほうが嘘だとしたら?」
「……え?」
「魔族と契約し、適当な魔族の死体を横流ししてもらって王家に恩を売り、家を興した男がいたとします。それが魔族を裏切った。当然魔族は怒り心頭で黒い犬を連れた殺し屋を差し向けます。震えながら彼は思うでしょう。自分が魔族が屠ってきたという嘘は守りたい。なぜなら、その報いを受けたという信ぴょう性を持たせたいから」
「私の祖先がそうだったとして、なんでそんなことを?」
「子孫に伝えたかったのです。この子たち、さらにその子、累々と魔族は追いかけるはず。そういう裏切りをしてしまったから」
隣のユーリスがぽんと手を叩く。
「それって、七代祟るとか、そういうやつ?」
「具体的なところはわかりません。ただ、1000年前の魔王がまだ生きているのなら、人のほうが何世代経ても執着できるでしょうし。違いますか、ユーリス?」
「それはそうだけど……」
「そして。ここには、そんな魔族が執着してしまうものがあるじゃないですか。それをあなたが相続してしまう」
少女がナプキンで口を拭き、テーブルの上に置く。
「なかなか楽しい推論だわ」
「いえ、推理ですよ。現にお父様は怯えてらっしゃる。手放したらどうなるか、わかっているでしょうから」
「アルフレド、お茶とお菓子を。砂糖漬けのこけももも欲しいわ」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
執事が部屋から出ていくと、彼女はテーブルに両肘を立てて手を組み、興味深そうに聞いてきた。
「面白い話だったわ。仮にそうだったとしても、私はこの家を継ぐつもりはないし、そうなったら誰かに売り払う。だから残念でした、としか言いようがない」
「ご先祖様が嘆きますよ?」
「そんなもの知るもんですか。私が知りたいのはあなたたちのほうだわ」
「そうなのですか?」
「そうよ。言ったでしょう? 私は女同士の恋愛に興味があるの」
私がちらりとユーリスを見る。同じことをしているユーリスと目が合った。
「あなたたち面白いわ。ねえ、女同士ってどんな感じ?」
「どうと言われても」
「いっしょのベッドで寝ているのでしょう?」
「それはそうですが」
「どんな気持ち? 男の人に抱かれたいとは思わないの?」
ユーリスがまた私の袖を引く。
「まあ、仕方がありませんね。デザートが楽しみでしたが、部屋に戻るとします」
私が席から立ち上がると、ユーリスも同じように立ち上がってナプキンをテーブルに置いた。
「ちょっと。機嫌を損ねたのなら謝るわ」
「いえ、機嫌も何も」
そばに来たユーリスの腰をつかんで引き寄せる。ふたりのロングスカートがさわりと揺れる。
抵抗する間を与えず、私はユーリスと唇を重ねた。すぐに何をされているか気がついたユーリスが、もごーもごーと抗議の言葉を言うが、それを黙らせるように自分の唇を合わせる。
ちらりと少女を見る。真っ赤な顔をしてこちらを見ていた。
手を離すと、ユーリスが後ろに下がり「なんてことするの」という顔で見つめてくる。
「さて、アゼリアさん。私は少々むらむらとしてしまいました。部屋に戻ってユーリスと、この続きをしていても?」
「いいけど……。からかってるの?」
「いいえ。この先はお淑やかなお嬢様には見せられませんから」
私は少し笑いながら、少女の部屋を出た。後ろで背中をユーリスにぽかぽかと無言で叩かれているけど、気にしないことにした。
■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅屋敷 2階客室 ノヴバ小月(11月)22日 15:00
部屋に戻ると私はベッドに飛び込み、どでーんと大の字になった。
「なかなかおいしかったですね。旅の醍醐味はやはり食事です」
「ファルラ、もう事件の調査は良いの?」
「ええ、だいたいわかりましたから。あとは犯人が動いてくれます」
見上げているユーリスの腕を引っぱり、体を引き寄せると、彼女の首元に手を回す。
「働き過ぎて疲れました。ユーリス、少し抱きしめてくれますか?」
「だらけすぎだよ」
「緊張しているよりは良いでしょう?」
「それはそうだけどさ」
「こうやってだらだらとするのも、旅の醍醐味ですよ」
「醍醐味、多くない?」
「多いほうがいいんです」
「もう、ファルラはいつもそう」
ファルラの体が私に覆いかぶさる。心地よい重みを感じる。ファルラは私のほほを少しむにむにといじりながらたずねた。
「さっき、あの子に怒ってた?」
「怒りはしません。ただ……」
「ただ?」
「見せつけたかっただけです」
ユーリスをぎゅっと抱きしめる。吐息を漏らしながら、彼女が私の耳元に顔をうずめる。息がかかる。少しくすぐったい。
「いいですか、ユーリス。何があっても私は信じていますし、手を離すつもりはありません。わかりましたか?」
「うん。わかってる」
「わかっていないようなので、こうします」
抱きしめたまま、ころんと転がる。私が上になると、軽くキスをした。上気した顔をユーリスがそらす。私はそんな彼女にそっと近づいて、耳元で願うようにつぶやいた。
「わかるまで、しますから」
■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅屋敷 1階大食堂 ノヴバ小月(11月)22日 19:00
執事から「主人が夕食を共にしたいとのことです」と言われ、私達は服のしわをぱたぱたと伸ばし、執事の後について行った。
そこは20人ぐらいは一緒に食事ができそうな食堂だった。銀の燭台の上につけられたローソクがテーブルの上で揺れている。
少し薄暗いその部屋に入ると、ふと壁を見た。家族の肖像画が飾ってあった。ユーリスが思わず声をあげた。
「ファルラ……、これって……」
「気づきましたか。私も確信に変わりました」
そのとき男爵も食堂へと入ってきた。前とは違い、あまり怒ってはいないようだった。
「何かわかったかね?」
「はい、男爵閣下。正体はあっけないものだなと」
「ほう。まるで犯人がわかったような口ぶりではないか」
「ええ、わかっていますよ、もう。何もかも」
「なら、話したらどうだ?」
「時期を待っています」
「時期だと?」
「もうすぐです。もうすぐわかります」
「あてずっぽうではないのか?」
「いいえ、違います」
私とユーリスは席に着きながら、後ろの肖像画を見上げた。
「ご子息はお母さま似ですね、男爵閣下」
「ああ、ちっとも似とらん。でも、頑固なところは私に似ている」
「愛されていますね」
「子供を愛さない親がどこにいる」
「どこにでもいます。間違った愛をかけてしまうことも」
「それでも子供のことを思うのが親という生き物だ」
「それはそれは。みんなそうだと良いのですが」
少女もやってきた。執事が私の対面の席を引いて座らせる。やたらこちらをじろじろと見てくるが、それは仕方がない。
私はふたりにきっぱりと話した。
「恐らく今晩には決着がつきます。男爵のご心痛も、亡くなられた兄君の無念も、これで癒えることでしょう」
「ふむ……」
「私達はそれを見届けた後、明日にはここを発ちます。それまでは滞在させていただいても?」
「ああ、それはかまわんが……。本当に決着がつくのか?」
「ええ、もちろん。私は探偵ですから」
■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅屋敷 1階大食堂 ノヴバ小月(11月)22日 21:00
食事は素晴らしかった。ウズラを捕まえたそうで、そのローストとコケモモのソースが実に良い相性だった。男爵や少女にお礼を言うと、私とユーリスは部屋に戻るふりをした。
廊下で歩きながらユーリスにこそこそと伝える。
「寝る前に手分けして、少し屋敷を探したいのですが、良いですか?」
「いいけど、犯人わかったんじゃないの?」
「ダメ押しになるものが少し欲しくなりまして」
「そうなの?」
「ユーリスは執事と下男に、ここ最近のご子息の動きを聞いてみてください。特に兄君のほうを」
「うん、わかった」
「私は礼拝所に行ってみます。いくつか確かめたいことがあるのですが……。少し時間がかかりますから、先に部屋戻っていてください」
「あんまり無茶しないでね」
「もちろんです」
廊下を戻っていくユーリスを見送る。私は聖堂に行く。そんなふりをした。急いで玄関へ行くと、そこに置いといたコートを素早く着込んだ。それからブーツを履き、外へと出る。
雪が振っていた。
それは暗い虚空から降りてくる。
いくつもいくつも、白いものがふわりと落ちてくる。
風は止み、朝よりも少し暖かく感じた。
私はうっすらと雪が積もった苔へと踏み出した。
「さあて。仕掛けるとしましょう」
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次話は2022年11月9日19:00に公開!
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