第7話-④ 悪役令嬢は少女の父と対峙する
執事の人が心配そうな顔をして、少女を見つめている。それにふっと顔を背けて少女は言う。
「わからないものにビクビクしてもしょうがないわ」
「アゼリアお嬢様!」
私はそんなふたりを無視して、執事へと声をかける。
「あの……。すみません。もしよろしかったら、なんですが」
「なんでしょうか?」
「先に兄君、マクナビスさんへ祈りをささげてもよろしいですか?」
「もちろんです。ありがとうございます。マルケス。お客様の荷物を2階の部屋へ」
古い屋敷の中を執事を前に通っていく。白い壁には、いくつかの絵画がかけられていたが、陽は落ちかけ薄暗くてわからない。廊下を進んでいくと、ふいに突き当りに出た。左へと進むと、目の前に白い大きな扉があった。執事がそこを開ける。
「こちらへ」
「これは……、礼拝所?」
そこはディムトリム刑務所で見たようなまがいものとは違う、本当の礼拝所だった。8本の白い柱、それをつなぐなめらかなアーチ。真ん中にある円柱に月をかたどった白い球体。正確に配置された星を模したレリーフ。自分が月皇教会でよく見た正式な祀り方だった。
「もはや聖堂ですね、これは。立派なものです」
「よくおわかりで。200年前、屋敷と一緒に作られました。毎年、月皇教会から司祭様が来ていただいています。こちらは北方で魔族領にも近い。周辺の避難所も兼ねています」
「なるほど。では魔族避けの聖遺物も?」
「はい、1000年前の勇者の遺灰と、そのとき砕けたという月のかけらが、こちらの円柱の中に収められています」
「かなり強力なのですね。んー、ということはですね。つまり魔族を殺戮した家が魔族を怖がっている、ということでしょうか?」
執事は私の言葉に少しむっとして答える。
「北方というのは、そういうところなのです。ひとりの勇者だけでは皆を守れません」
私はそれに答えず、真ん中の柱を見る。その下に黒い棺が置かれていた。あそこに遺体があるのだろう。
人払いをしたいが、さて……。
そう思ってユーリスのほうに振り向くと、その顔は青ざめていた。
「耐えられませんか?」
「はい、私ですら厳しく感じます」
「休んだほうがよいでしょう。すみません、アルフレドさん。連れが少し体調が悪くて。私がそのぶんも祈りを捧げますので」
「長旅が良くなかったのでしょう。こちらへ。2階の部屋にご案内します」
ユーリスと執事が出ていく。礼拝所の扉が閉まる。半分魔族の血が流れているユーリスですら、ここをつらく感じると言うことは、聖遺物は本物なのだろう。
棺に近づき、その蓋をゆっくりと傾ける。姉の顔とよく似た男が、血の気なく横たわっている。
「さまよえし小さな星にどうか月灯りを照らしたまえ。我らに月の導きを」
素早くそう言って祈ると、頭のあたりに手を入れて少しずらし、首の傷を見る。赤黒い。血の塊が散らばる。布を傷に当てているらしく、それを少しずつはがしていく。確かに獣に食われたらしい傷跡だった。歯形があり、無理に食いちぎったように見える。左から噛まれたらしく、奥は首の骨がうっすら見えるほど傷が深い。簡単に首から下を触り、異常がないか見ていく。服は当時来ていたものだろうか。わずかに泥が付いている。左肩から左腕のほうには黒い血の染みがついていた。他に血痕や傷だとわかるものはなかった。
明らかに首への傷が致命傷だろう。でも、他に傷がない。大型の獣がこれを食べたくて噛み殺したわけではない。そうなら足のひとつぐらいもげているはず。では……。
今来た廊下から低い男の声が響く。それが少しずつ近づいてくる。
「なぜ、あれはそんなことをした」
「心細いのでございましょう」
「アルフレド。お前が引き留めなかったのが悪いのだぞ」
「セレーネ様もいささか頑固なところがありますゆえ……」
「言い訳にならん」
乱暴に扉が開く。
「お前が探偵か?」
「はい、セレーネ嬢から依頼されてこちらに参りました。ファルラ・ファランドールと申します。ルドルファス男爵閣下」
あわてて閉めた棺の蓋を後ろ手で押して、ぴったりとした位置に合わせる。
「お前がジョシュア殿下から婚約破棄された、ろくでなしとは聞いている」
「それはそれは。その通りですので、何も言い返すことはございません」
「ふん。こやつはただ親不孝を成した。それだけだ」
「そうなのですか?」
「大方はぐれ魔族にでもやられたのだろう。だから毎朝の遠乗りは止めろと言ったのだ」
「うーん。ふふ。うふふ。それは違うのです」
少し笑ってしまった私を、男爵は侮辱されたように感じたようだった。低くうなるような声で私にたずねる。
「何が言いたい」
「私の見立てでは誰かに殺されています」
「それがなんだと言うのだ?」
「少なくてもセレーネ嬢の心の安寧は計りたく。真実を明らかにすれば、セレーネ嬢も心安らかに日々を過ごせるでしょう」
「ふん。そんなこと。あれはうちを出ていくと言った。我が家にはもう関わりのないことだ」
「そうでもないかと」
私は唇に人差し指を当てる。それから内側では怒り狂っているであろう男爵を、いたずらでもするように見つめた。
「動機です。この事件には動機があります」
「なんだと?」
「この剣と魔法の世界では、いかようにもトリックを作れますし、いかようにもトリックを破ることができるでしょう。だから、重要なのは『どうしてそれを行ったのか』という動機です」
「せがれを殺したくて殺した者がいるのか?」
「ええ、そうです。例えばですね……。相続権はどなたに? 相続放棄の手続きを取らなくてはセレーネ嬢になるのでは?」
「何を相続とするというのだ。こんな田舎の古くさい屋敷ぐらいしかない」
「本当にそうですか?」
男爵が目をそらす。
わかりやすい。実にわかりやすい。
私は男爵を問い詰めるように早口で言った。
「仮に相続権だとしたら、誰かが策を弄して相続しようとしていた。兄君はそれを知った。このままでは妹たちにまで被害が及ぶ。兄君は何かから妹達を守ろうとしていた。違いますか?」
「知らん!」
「だから毎朝、屋敷の周りをまわっていた。あれは警備だった。何かがやってこないか見張っていた」
「違う」
「違う? なら、いったいこの家は何に怯えているのですか?」
男爵が口をつぐむ。怒りで体を震わせている。
「明日には帰れ!」
そう捨て台詞を言いながら、男爵は礼拝所から出ていった。執事がとぼとぼと男爵の後へとついていく。
もう少しで本音が出ると思いましたけど……。男爵も兄君と同じことを知っているとしたら……。
ふふ、うふふ。
■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅屋敷 2階客室 ノヴバ小月(11月)21日 21:30
具合を悪くしたユーリスが心配だったので、部屋で簡単な夕食を取らしてもらうことにした。ユーリスはベットに入ったまま体を起こし、私はその近くに腰かけて、食事をいただく。川魚のスープと、少しぼそぼそとしたパン。このあたりの小麦の質が悪いのだろう。それでも食べられる程度の物にしているのは、貴族の誇りなのだろうか。ここより少し先では、発酵もできず、薄い板のようなものが出てくると聞いている。
ひととおり食べたあと、ずっと喋らないでいるユーリスに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「はい、ファルラ様。お食事をいただいたら、多少よくなりました」
おでこを叩こうとした手を止める。さすがに弱っているところを責める気にはならない。
「ずっとメイド口調になっていますよ、ユーリス」
「すみません。ここでは人の目がありますので……」
「ファランドール家にいたときのことを思い出してしまいますか?」
「はい。申し訳ございません」
すっかりしおらしく受け答えするユーリスを、私は衝動的に抱きしめる。
「まったく、いつもは私を笑顔にと言ってる癖に、自分が笑顔でなくてどうするのです」
「ごめんなさい、ファルラ……。怖いんです」
「怖いとは?」
「……このまま抱きしめてもらったままでいい?」
「もちろんですよ。落ち着くまで横にいます」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「謝るよりありがとう、でしょう?」
「うん……、そうだね……」
力なく笑うユーリスの頭をそっと撫でてあげる。ふとんをかぶせてやり、すぐそばで私も体を横にして、ユーリスが眠るまで頭を撫で続けた。そうしていたら、つい私もうつらうつらとしてしまう。
……ん?
なんでしょうか?
光?
窓辺の奥に暗闇の中でまたたく光がちらりと見えた。
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作者が悪魔の手毬歌を歌いながら喜びます!
次話は2022年11月6日19:00に公開!
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