第7話-③ 悪役令嬢は少女と出会う



 王都の駅とは違い、家の形をしたものを3棟ぐらい組み合わせて増築したような無造作な駅舎だった。寒い北方の気候に合わせてか、窓は小さく、屋根は鋭く、灰色の壁と相まって小さな要塞のように思えた。

 北国特有の深いひさしの下に入り、もこっとした駅員に切符を渡す。「明日から雪が降るそうです。よい旅を」と言われて、そういえば温かい下着を持ってこなかったことを思い出す。


 駅舎から出ると、いくつかの店はあった。みんな戸を閉めていて、人がいるのかすら、うかがい知れない。

 いっしょに降りた3人の客達は、迎えが来ていたらしく、それぞれの馬車に乗ってそそくさと去っていった。


 取り残された私達は、さてどうしようかと駅の前で悩んでいた。


 「ユーリス、ひとまずルドルファス家に手紙を出してみます」

 「駅員さんに聞いたら少し先に町があるみたい。馬でも借りれないか聞いてくるよ」

 「お願いします」


 空気を蹴りながら元気に駆けていくユーリスを見送ると、旅行鞄を引っ張って駅舎の待合室に入る。使い込まれた長い木のベンチがあり、少しくすんだ布のクッションが敷いてあった。壁際にある暖炉の中では、薪の上で小さな炎が揺らいでいる。

 駅員からペンと紙を借りて、待合室のベンチに座り、手紙を書いていく。書き終えたら紙をぷらぷらと振ってインクを乾かし、小鳥の形に折りたたむ。窓を開け、魔力を込めて息を吹きかけると、それは羽を何度もばたばたとさせながら、青い空へと飛び立っていった。

 少し寒い。窓を閉じて暖炉に当たろうとしたとき、女の子が待合室へ入ってきた。12歳ぐらいだろうか。あどけなさが残る顔と金色に光る長い髪が、白いフードからのぞいている。暖炉の前に来ると手袋を外し、小さな手をわずかな炎にかざしていた。それを見つめていたら、ふいに少女から話しかけられた。


 「お姉さんは王都から来たんですか?」

 「ええ、そうです。着いたら迎えがまだ来ていなくて」

 「このまま帰るんですか?」

 「そうもいかないのです」

 「残念。王都に帰るようなら連れてってもらおうと思ったのに」

 

 少女がすねる。それからつまらそうに言う。


 「家出しようと思ってて」

 「次の王都へ向かう列車は夜中に近いです。帰ったほうが良いと思いますよ?」

 「家は息が詰まりそう。ずっと部屋にいなさいって言われて、逃げて来ちゃった」

 「それはそれは」

 「ねえ、何か話して」

 「何をですか?」

 「面白いこと」

 「イリーナみたいですね」

 「イリーナってどんな人?」

 「そうですね。絶対に信頼している人でしょうか」

 「そうなの? 裏切られたりしない?」

 「裏切られたら、それは私が私でなくなったときです。彼女は私自身を面白がってくれますから」

 「ふーん。その人のこと好き?」

 「二番目ですね」

 「じゃ、一番は?」


 息を飲む音がした。

 振り向くと、戻ってきたユーリスがどうにもならないような複雑な表情を私達に向けていた。


 「どうしたのですか、ユーリス?」

 「いえ、その……。貸してくれそうな馬がいなくて、困って……」


 少女はユーリスに近づくと、首をかしげてのぞき込むように見上げる。


 「この人があなたの一番?」

 「ええ、そうです。私の大好きなユーリス・アステリスです。みんなには内緒ですよ?」

 「始めまして、アステリスさん。私はアゼリア・ルドルファスと申します」


 少女は白いフードを脱ぎながら、ユーリスを見つめ、そう挨拶をした。

 反射的に手を胸元に置きながらユーリスがお辞儀をする。


 「ありがとうございます。ユーリス・アステリスです」


 私はほっとして少女へ話しかけた。


 「ああ、それはよかった。ルドルファス家の方でしたか。お姉さんと王都で会いました」

 「ええ、私、妹なの。姉は平気でしたか?」

 「はい、いまは王都の安全なところにいます」

 「良かった。姉はずっと泣いていたから。兄のことを尊敬していたし」

 「この度はたいへんなご不幸を」

 「ありがとう。兄も喜ぶと思う。でも、どうなのかな……」

 「どうとは?」

 「うちって、魔族の恨みを買っているから。ああなるのは、もうあきらめているというか……」

 「アゼリアさんも、伝説に殺されたとでも?」

 「わからない。でも、そう思ってたほうがみんなには都合がいいみたい」

 「もし犯人がいるとしたら?」

 「そうなら捕まえて欲しい。兄をあんな目に合わせたのを謝って欲しい」

 「心得ました。そうさせましょう」

 「そんなことできるの?」

 「ええ。探偵ですから」


 馬車の蹄鉄の音が近づいてきた。馬のいななきが聞こえる。


 「たぶんうちの。……帰るしかないか」

 「もう家出はよいのですか?」

 「ええ、いいわ。兄もいないし姉もいないし。私が見届けてあげる。あなたがこの事件を解き明かすのを」

 「それはそれは」

 「だって面白そうだし!」


 少女がうれしそうに笑う。

 手綱から手を離し、体格がいい色黒の男が駆け寄ってきた。


 「ファルラ・ファランドールさんですか? ああ、アゼリアお嬢様まで。アルフレドさんが探していましたよ」

 「それは悪いことをしちゃった。手紙置いてきたんだけどな」

 「あとで一緒に謝っておきますから。俺、下男のマルケスと言います。ルドルファス家の何でも屋です。荷物はこれだけですか?」

 「ええ。お願いします」

 「夜は冷え込みます。早く馬車でお屋敷まで行きましょう」

 「どれぐらいかかるのです?」

 「30分ほどです」

 「歩こうと思わなくて良かったですね、ユーリス」

 「はい、ファルラ様」


 ……様?

 人がいるとすぐユーリスはメイド口調に戻る。

 あとでおでこをたくさん叩かないと。




■連合王国領ダートム ルドルファス家へ続く道 ノヴバ小月(11月)21日 16:00


 荒涼とした風景が続いていた。背の低い下草が、燃えるように色づいている。ところどころ白い石がのぞいていて、より寂しさを添えていた。なだらかな起伏がどこまでも続き、風に細いススキのようなものが揺れていた。

 何にもない。何にもできない。

 畑にも向かないと聞いている。人々は細々と暮らすしかない厳しい世界がそこに広がっていた。


 ユーリスは隣に座り、ずっと黙って私の手を握っている。その手は寒さのせいか少し冷たい。

 ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていたら、私の前に座って私と同じようにしていた少女がぽつりとつぶやく。


 「もうすぐ雪が降るわ」

 「雪、ですか?」

 「ええ、何もかも覆い隠してしまう。深々と降り積もるの。白い冷たいものが、たくさん。とても。色も音も消えて、汚いものはみんな隠されてしまうわ」

 「それはとてもきれいでしょうね」

 「そうね、ずっと隠されたままなら」

 「春はお嫌いですか?」

 「うん。嫌い。私は冬が好き。あなたのことも好きよ、たぶん」

 「たぶんですか」


 あのときもたぶんそうだと私は思っていた。




■回想 ファルラ8歳の時 グレルサブのファランドール家の屋敷 地下研究室 デケンブリ大月(12月)28日 12:00


 あの頃の母は、2階の寝室と屋敷の地下にある研究室を毎日行ったり来たりするだけの日々を過ごしていた。口癖は「ごめんね。お母さん、時間がないの」だった。

 私はそんな母を誇らしく思っていた。魔族研究で人の役に立とうとしていた頭の良い母。暴力を振るう父を退けた母。だから、たまに寂しくなると、こうしてしゃがみ込み、椅子に座っている母の足に抱き付いていた。それで十分に思っていた。


 「寂しいの、ファルラ?」

 「ううん。こうしていたいだけ」

 「困ったわね。いまちょっと手が離せないの」

 「このままでいい」


 書き物を続けながら、母が私の頭を撫でようと手で探る。私のその手を両手でつかむと、自分の頭の上にぽすりと置いた。ぐにぐにと撫でられる。それだけなのに、すごく嬉しい。母が私のことに関心を持ってくれている。ほんの少しでも、それが嬉しい。


 「ファルラ、勉強は終わった?」

 「うん」

 「n個のコインを円周上に並べ、連続するk個を裏返す操作を続けるとき、初期状態によらず全コインが裏返った状態に到達できるためのnとkに関する必要十分条件は?」

 「2nとkが互いに素」

 「良くできました。さすが、私の娘」


 母がペンを置くと立ち上がった。

 不思議なことが起きた。母が私を抱き寄せる。それからやさしくぎゅーっとされる。昔はよくそうしてくれたのに、グレルサブで暮らすようになってからは、そんなことを一度もしてくれなかった。


 「頭を使いなさい、ファルラ。女はそうしないと生き残れないわ」

 「……明日、お父さんとこに帰らないとダメ?」

 「ごめんね、仕方がないの。あの人にとって自分の血を継いだ子供は手元に置いときたいようだから。それを条件にお母さんはお金もらっているの」

 「私、お母さんの役に立っている?」

 「うん、役に立っているよ。とっても」


 母が書いていたものを、母の肩越しに見る。

 数式、推論、予想する答え、そして「愛している」と最後の言葉。

 毎日のように、それを書いているのは知っていた。そしてそれがたいせつな人に向けた手紙であることも。


 その人はどんな姿をしているのだろう。

 私より、母に愛されているのだろうか。

 たぶん、ただの友達。母にはきっとそう。だって、いま抱きしめられているのは私なんだから。




■連合王国領ダートム ルドルファス家本宅屋敷 ノヴバ小月(11月)21日 16:30


 夕闇に溶け込むようにルドルファス家の屋敷は立っていた。背後の大きな木々は赤く色づき、ツタが絡まる屋敷へその影を落としていた。

 馬車から降りると、老執事に迎えられた。


 「ようこそルドルファス家へ。執事のアルフレドと申します」

 「急に押しかけてしまい、申し訳ございません」

 「いえ、お話しはセレーネ様よりうかがっています。真相が明らかになれば亡くられたマクナビス様も無念が晴らせましょう。真相があれば、ですが」


 執事はにこやかな顔を私に向ける。あまり歓迎されていないのは、すぐにわかった。


 「アゼリア様はお部屋でお待ちを」

 「悪かったわ、アルフレド」

 「お気持ちはわかりますが、もう少しご自身の命をお考えください」

 「兄を殺した何かが、まだその辺にうろついているとでも?」

 「ええ、そうです。まだ、わからないのですから」




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次話は2022年11月5日19:00に公開!

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