第7話-② 悪役令嬢は北方の町に降り立つ
■王都アヴローラ アヴローラ中央駅13番線 ノヴバ小月(11月)21日 8:50
ちりんちりんとハンドベルの音が鳴る。
冬服を着込んだ駅員が「ダートム、ダートム行きは13番線、13番線ー!」と、ホームで声をあげていた。
この世界の列車は、馬車から進化したせいか、気品があるマルーンに塗られ、車体は丸みを帯び、何かの工芸品のように思えた。
それに乗り込もうとホームの上を、母に手を引かれた子供や年を召した夫婦といった、いろいろな人々が不揃いに行き交っていた。
ユーリスは大きな旅行鞄を両手で持ち、私はホームで買ってきた何紙かの新聞を手にし、切符に書かれた番号の客車を探して列車の横を歩いていた。
行く先から漂ってきた煙が、私達を包み込む。ユーリスが私へふと話しかける。
「少し甘い匂いがする。煙たくないね」
「燃料にしている竜核のせいでしょう。あれは力を出すとこんな匂いがします」
「木や石炭を燃やして走るんじゃないんだ」
「ええ。竜核を媒介にして蒸気を作っています。最近多くなりました」
「竜核ってドラゴンの心臓でしょ?」
「正確には心臓付近にある結晶化した魔素ですね。ほら、この新聞にあります。油を得ていた時代のクジラと同じ運命になりそうですね」
「そっか……」
「魔族との戦いだって、今ではきっとそんなところでしょう。資源の奪い合い。戦争なんてというものはどの時代も何かの奪い合いですから」
「私達は資源にされなくてよかったのかも」
「魔族にとってみれば、私達こそが何かの資源かもしれません。ああ、ここです、ユーリス」
私が客車の踏み台を上がり車内に乗り込む。通りががった車掌に切符を示すと、左の方へと促される。
磨かれた木の車内。ニスの匂いがゆっくり漂う。赤い絨毯の通路を歩くと、目的の個室があった。扉のノブを引っ張り、中へ入る。
向かい合わせの座席は、赤と金の柄が入り、少し高級そうな雰囲気がしていた。手で押さえてみる。王宮にある、やたらふかふかするソファーのようだった。二等車にしたけれど、これなら長旅もなんとかなりそうに思えた。
その席の上には、優雅な曲線の金具に支えられた網棚がある。それを見上げて、ユーリスに声をかけた。
「荷物を上へあげてください。ここから6時間かかりますから。……って、いつのまに」
「だって朝ごはんまだでしょ? パンに昨日のローストポーク挟んできたから」
「それはいいですが、飲み物は……」
「じゃーん。水筒に入れてきた。ほら、革袋に温かいお茶を入れるとおいしくないし」
「水筒なんていつの間に。スズで作ったものですか、これ?」
「こないだヨハンナさんがくれたんだ。旦那さんのものだって」
「なるほど。それでは大事に使うとしましょう」
ユーリスがバスケットに詰め込まれたパンと革紐でくくられた水筒を私に渡す。荷物をすっかり網棚に置くと、横に並んで座り、バスケットをひざ元に置く。それから、ふたりでパンをつまんではむはむとする。
「これはおいしいですね。野菜の酢漬けがよいアクセントです」
「良かった。ファルラ、こういうの好きだよね」
彼女がにししと男の子のように笑う。その顔ががくんと揺れる。列車が動き出した。
蒸気の脈動する音が上がっていく。列車はホームを離れ、線路だらけの地面を過ぎ、家々の間を抜けるようにかけていく。
「ふたりで旅行なんて、夢みたいだね」
そういうとユーリスは私にもたれかかり、私の手を握りしめた。
「そうですね……」
ユーリスが触れている。温かい。それまでずっとそうだったのに、いまでもそうされると嬉しさが込み上げる。
私はそんな感情を抱きしめる。とてもたいせつに。とても意外に。
こんなふうになれるとは思っていなかったから。
列車の揺れが、子供の頃、眠れるようにそうされたことを思い出させていた。
そう、あのときだって……。
■回想 ファルラ5歳の時 グレルサブ行き特急列車車内 エルタ小月(8月)5日 16:00
話し声がしていた。眠い目をこすりながら起きてみた。
貴族用の豪奢な一等客室。その揺れる列車の中で、父はいつもと変わらず母へ激しく怒鳴っていた。
「また無駄遣いを! 1億ギアルなど何に使う」
「魔素同位測定の装置にはそれぐらいかかります。試料だってやりくりしているのに」
「それが無駄だと言っている」
「無駄かどうかは私が決めることです!」
「違うぞ、ギルファ。なぜならこの金は私のものだからだ」
「あなたは私に愛でなく、お金を与えてくれればそれでいいんです。愛などあげるものですか」
父が無表情に母の頬を叩いた。
それが当たり前だと言わんばかりに。
「つけあがるな。お前など、私のカフスボタン程度の意味しかない。ユフスの遠縁だからこそお前を娶ったのだ。私のアクセサリーならきちんとアクセサリーの義務を果たせ」
そういうと父は個室から出ていく。
その後ろ姿を母は怒りの中でにらんでいた。
「……お前などに何がわかる。時間がないのに……」
母をかわいそうに思った。まだつたない思い出の中で、父と母が仲良かった記憶はない。
このままでは母は父に怒られ過ぎて、壊れてしまうのではないだろうか。
言いようのない不安が、自分を襲う。
母にいつもそうされてきたように、私は母を小さな体で抱きしめた。
「お母さん、ぎゅーしてあげる」
「ファルラはやさしい子だね」
母に頭を撫でられる。少しくすぐったい。とてもやさしく何度も撫でられる。
「お母さんはね。ファルラのために研究をしているの。いつか魔族と人との争いがなくなれば、きっとファルラも安心して暮らせるようになる。私みたくこの世界に悲観しなくて済むようになる」
「そんなことしなくていい。それでお父さんと喧嘩するぐらいなら、やめてよ」
「そうもいかないの。これはたいせつな人との約束だから」
「お父さんよりも?」
やさしく私を見つめていた母の笑顔が、曇り出す。
「うん、そうかもしれない。ううん、そうだね」
母が窒息しそうなぐらい、ぎゅっと私を抱きしめる。
「グレルサブに行けばきっと変わるわ。何もかも……」
■ダートム行き特急列車 二等車12番個室内 ノヴバ小月(11月)21日 14:00
目が覚めた。とても寂しくなっていた。
わめきたい。
泣き叫びたい。
その衝動をユーリスの温かさが抑えてくれた。まだ私の肩に寄りかかって寝ている、そのあどけない顔を見つめて心を落ち着ける。
――大丈夫。私にはユーリスがいる。こうしてそばにいる……。
それからは、流れる車窓をずっと眺めていた。
その風景は荒涼としていた。赤や黄色に色づいた草原がずっと続いている。そのところどころに、白い巨石が顔をのぞかしていた。ときおり木々が通り過ぎる。その繰り返し。人の営みなど、そこにはなかった。
ユーリスを起こさないように片手で新聞を広げる。
とくにダートムの事件を伝える記事はなかった。ということは、まだ公表はされていない。ほかに拾えそうな情報はないか、記事を丹念に見ていく。
ふいに肩に寄りかかった温かさが離れていった。
「ごめんなさい。起こしましたか、ユーリス」
「うにゅ……。あ、ファルラがいる。ちゅーちゅーしよ……」
寝ぼけたユーリスに唇を奪われる。
一瞬おでこを叩いて起こそうかと思ったけれど、まあいいかと思い、そのままにさせた。
軽く唇を吸われる。くすぐるように舌先で唇を舐められる。くすぐったい感覚が、すぐに淫らなものへと切り替わる。
んっ……。
声が出ると、だんだんエスカレートしてきた。舌先で私の中に入れ、まさぐるように愛撫してくる。
ユーリスの手がお腹に触れる。ぴくんと私の体が跳ねる。その手が少しずつ胸へと伸びてきた。
ぺしぺしっ!
「い、痛いです! ファルラ、やめてください! おでこがぺったんこになっちゃいます!」
「ユーリス、起きてましたね?」
「なんのことでしょう?」
「もう。そろそろダートムに着きますよ」
「ええ、残念……」
「私達は事件の調査に来たのです。遊びではありません」
「でもさ」
「なんですか?」
「ファルラ、緊張してる。ずっと」
■連合王国領ダートム ダートム駅ホーム ノヴバ小月(11月)21日 15:00
客車のタラップを慎重に降りる。低いホームに降り立つと、小さな駅舎が少し遠くに見えていた。
耳と鼻が冷たい。じんじんと痛みがつのる。手がかじかむ。
「北方の寒さはどこも変わりませんね……」
それは少し懐かしかった。どこか暖かいところへ寄り添いたくなる寂しさも。
北方の町、ダートム。そこは冷たい風が吹き込んでいた。
空は濃い青色がどこまでも広がっていて、それが余計に寒さを強めていた。
周囲には主だった家屋がなく、荒涼とした草原の只中に駅があるように思えた。
私達はそんなところへ降り立った。
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次話は2022年11月4日19:00に公開!
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