我、黒い犬の伝承を覆し、真犯人とともに自分の過去と対峙する

グレルサブの黒犬編

第7話-① 悪役令嬢は依頼を受ける



■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階にあるファルラの部屋 ノヴバ小月(11月)21日 7:00



 震えている彼女を見て、「こちらへ」と水色の小さなソファーへ座るように促す。つらそうにそこへ座るの見届けると、ユーリスに声をかけた。


 「何か温かいものを持ってきてくれますか?」

 「うん、わかった。お茶淹れてくる」


 ユーリスが奥へ駆けていくのを見届けてから、丸い小さな椅子を持ってきて彼女の前に座った。彼女は両手を握り締め、恐怖と戦っているようだった。私は落ち着かせるようにゆっくりと話し出す。


 「だいぶ恐ろしい目に会われたようですね。朝一番の列車にひとりでは心細かったでしょう。ああ、ご婚約されているのですか」

 「はい……。でも、なぜそれが……」

 「かなり王都から離れたところからいらしたのだと思います。北方からの寝台列車はアヴローラ中央駅に少し前についた時間です。駅から馬車を飛ばすと、ちょうど今頃につきます」

 「婚約はなぜ。指輪もまだですのに」

 「階下でお待ちのようです。せわしない男の人の足音が聞こえる。あなたはしっかりとした家柄の方のようです。一緒に来られなかったということは、ここで相談することが彼との関係に影響を与え兼ねないのと思われたのかと」

 「はい、何もかもその通りです。これからお話しすることは、彼には聞いて欲しくないお話しでしたので」

 「それはそれは」


 持ってきたカップをユーリスが彼女に手渡す。「ありがとうございます」と言って、彼女がカップにゆっくりと口をつける。お茶に北方の香りのよいお酒を少し入れたのだろう。濃く甘い香りが私と彼女の間に漂い出した。

 やがて彼女に温かみが戻ってきた。カップをそばの低いテーブルに置きながら、彼女は自分のことを話し始めた。


 「ありがとうございます。少し落ち着きました。私はセレーネ・ルドルファスと申します。父はダートムの領主をさせていただいています」

 「ルドルファスと言えば魔族討伐で武勇を上げた男爵ですね」

 「はい、曾祖父であるガルナ・ルドルファスがアシュワード家をお守りして奮迅したとか」

 「そのご令嬢がなぜここまで?」

 「昨日、兄が殺されました。喉笛を食いちぎられて、無念の表情を浮かべて……」


 思いだしてしまったのだろう。そう言ってうなだれる令嬢を見つめながら、私はやさしく先をうながす。


 「詳しくお聞かせください。何時ごろにどちらで、お亡くなりになられたのです?」

 「昨日のお昼のことです。兄は朝から馬をかけて、屋敷の周囲をめぐるのを日課にしていました。いつもならお昼ご飯より前に帰ってくるのに、なかなか戻ってきません。いやな予感がして、家の者に命じて屋敷の周りを探させました。

  執事のアルフレドが兄の無残な姿を見つけたのが夕方ごろでした。うちから少し離れた高台の影に、兄は伏せていました」

 「どんな状態でしたか?」

 「首は噛まれて半分無くなっていました。赤黒い血が周囲の下草に飛び散っていました。大きな魔物が首を加えてふり回したのではないかと下男が……」

 「ほかに変わったところは?」

 「いえ、とくに何も……」

 「兄上が乗られていた馬は?」

 「そういえば……。動転していて馬まで気が回っていませんでした。まだ家へは戻ってきていないはずです」

 「ふむ……。興味深いです」


 彼女がこぶしを握り締めて、抑えきれない感情を吐き出した。


 「信じられません! 父はあの惨状を見ても「死んだか」としか言いませんでした。兄を屋敷に運ばせて、とくに何もしていません。何もです。恐ろしくなって、王都にいる婚約者のところに逃げてきました。あれだけやさしかった兄なのに、父は……、なぜ……」


 ハンカチで目を抑えながら、令嬢は泣き出した。ユーリスが彼女の隣に座り、「大丈夫だから」と背中をさすり始めた。

 私はそれを気にせず、事務的に質問する。


 「あと少しだけ質問を」

 「はい……」

 「なぜ黒い犬に襲われたと?」

 「ルドルファス家は魔族を屠って家を興しました。そのときから我が家にだけ伝わる伝承があります」

 「伝承とは?」

 「ガルナ・ルドルファスは武勇に長けた人だったそうですが、人としては最悪で……。悪行の限りを尽くしていたある日、月夜にきれいな女を見つけて、これを犯そうとしたところ、それは魔族だったそうです。彼女に呼び集められた黒い犬によって食い殺され、生涯を閉じました。これまで組み伏せてきた魔族に、力ではなく知恵と勇気で負けました。これはまだ婚約者には話していません。我が家の恥辱ですから」

 「それで黒い犬と?」

 「はい。首は獣が歯で食いちぎったようでしたし……。それに兄の体の周りには、兄の血で、大きな犬の足跡がつけられていました」

 「周囲を取り込むように? ぐるりと?」

 「はい、その通りです」

 「父上と兄君以外にご家族は?」

 「母は昨年長患いの末に亡くなりました。妹がひとりいます。そちらは下男に警護をお願いしました」

 「それが良いでしょう。下男は獣の習性にお詳しそうです。こちらにはどうして?」

 「話を聞いてくれた婚約者から紹介してもらいました。きっとファランドールさんが助けてくれると」


 そこまで聞くと、私は人差し指を唇に当てながら考え出した。ソファーの前をゆっくりと何度も歩き回る。


 犬だとしたら、なぜ殺した後、ぐるぐると遺体の周りを歩いている?

 馬はどこに行っている?

 令嬢の父はなぜ悲しまない?


 すがるように見つめる令嬢に言葉を出した。


 「んー、そうですね。むずかしいところなのですが……。正直に言えば、もし本当に黒い犬が兄君を殺害したとしたら、これはきっと魔術士とかそうした手合いがいる話です。でも私は、これを事件と考えます。人が成した犯罪の可能性があります」

 「それでは……」

 「引き受けましょう。いまからすぐダートムへ向かいます。お屋敷に手紙をお願いできますか?」

 「はい! もちろんです。ありがとうございます。 どうか、兄に真実と安らぎを与えてください」

 「承りましょう。では、婚約者のオルドマン衛士長さんによろしくお伝えください。そちらなら絶対安心です。どうかあなたに月のともしびと安寧を」


 令嬢は「ありがとうございます」と何度も礼を言う。ユーリスがそんな彼女に手を差し伸べながら下へと送っていった。


 ついさっきまで令嬢が座っていたソファーに、ぽすりと座る。窓からパンが焼けるいい香りがしてきた。ふいに遠くを見つめる。


 「黒い犬、ですか……」


 転生前の記憶をさかのぼる。死の先触れ。死神。妖精の一種。墓守犬。女神ヘカテーの猟犬たち。そして……。

 この世界では魔族が使う。


 ふいにしたユーリスの声が、もつれた私の思考を遮る。


 「ほんとにオルドマンさんだったよ。なんでわかったの?」

 「ああ、ユーリス。それはですね。足音です。あの重そうな足音は劇場の事件で聞いたことあります。それに剣の音が独特でした。細いけど、やたらがちゃがちゃ言うんです。あれは威嚇なんでしょうか」

 「それだけ?」

 「よく考えてください、ユーリス。婚約者がそんなことを言ってたら衛士のところにでも訴えへ行くのが普通でしょう?」

 「まあ、そうだね」

 「それができないということは、衛士そのものと関係があり、衛士が扱えないこともわかってて、私のことを嫌がっていても私の仕事は信頼しているという人です。衛士の知り合いで、衛士の姿のまま、婚約者のために飛んできて、ここを紹介する。しかも介添えをせず、私なら大丈夫と信頼している。そんな人はオルドマン衛士長しかいませんから」

 「なるほど、そうかも……」

 「さあ、支度しましょう。いまからなら9時の列車には間に合います。よいですか?」

 「もちろんだよ!」




■王都アヴローラ アヴローラ中央駅 ノヴバ小月(11月)21日 8:30


 赤いレンガ造りのその厳めしい建物は、両脇に大きなドームをたたえ、どっしりとそこにあった。

 建物の真ん中は王室や貴族専用の乗降場とされ、私達庶民は左右のドームのほうから入らなくてはいけない。それでもその荘厳さは同じように私達にも与えられた。


 明るい黄色の壁に、奇麗なアーチを描いた白いレリーフが重なる。8羽のグリフォンの彫刻が、それぞれの柱の上から飛び立とうと羽を広げていた。アシュワード王家の紋章が頭上の至る所に置かれている。

 ドームの天井近くの窓から、陽の光が差していた。神々しい光の束が、それらの裏と表を照らしていた。


 アヴローラ中央駅。

 おもに北方への兵站輸送、南方で生産された物資を受け入れる場所として開設された。いまでは王都への玄関口になっていて、それにふさわしい駅となっていた。


 ユーリスが大きめの旅行鞄を、そんな片隅にぽすんと降ろす。


 「切符買ってくるね」

 「お願いします」

 「ねえ、ファルラ」

 「なんですか、ユーリス」

 「ダートムって言ったら……」

 「グレルサブとは目と鼻の先ですね」

 「いいの?」

 「いいですよ。いまはユーリスと一緒なんですから」

 「そっか。うん、わかった」


 彼女がにししと笑う。おでこがきらりと光る。


 「荷物見ててー」


 青いコートをひるがえしながら彼女が切符売り場へと駆けていく。

 私はぼんやりと行き交う人たちを眺めていた。


 北方はもう冬になっている。コートを着込んで暖かそうな帽子をかぶっている人々は、これからみんな北方へと旅立つはずだ。

 それぞれにはどんな人生があったのだろう。どんなものを抱えて、どんなものを捨てて行ったのだろう。

 私はそれをぼんやりと見つめていた。


 ふいに黒づくめの集団がやってきた。背も年齢も違うが、黒いコートは皆同じだった。凝った金細工の金具でコートを止めているところから、なんとなく貴族だろうとは思った。


 どこの貴族だろうか。

 どうして庶民用の乗降場から?


 「ファルラ、買ってきたよ。13番線だって。……どうしたの?」

 「何でもありません。行きましょうか」



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次話は2022年11月3日19:00に公開!

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