第6話-終 悪役令嬢は幸せをつかむ



■王都アヴローラ 王宮 翡翠宮 第3喫茶室 深慮の部屋 ノベム小月(11月)8日 19:30


 扉を開けると、暖かい空気と薪が燃える匂いが流れてきた。そこは小さな部屋だった。何の変哲もなく華美な装飾もなく、真ん中にそっけない黒い丸テーブルが置かれ、そこに3人が座っていた。


 アシュワード連合王国国王。

 ロマード・ルーン・アシュワード。


 王立魔法学園学園長。

 アドラス・グリュフォール。


 そしてアシュワード連合王国宰相。

 カールフ・ルナイゼン。


 連合王国を差配している男たち。

 その3人はちらりと私を見たが、興味なさそうにしていた。


 ……呼びつけておいてそれですか。

 私は嫌味のように言った。


 「このような矮小な者をお招きいただき、ありがとうございます。国王陛下。そして宰相閣下。学園長まで。たいへん恐悦至極でございます」


 そう言って私は空いている席につく。

 3人はそんな私をあっさり無視した。


 「始めからこうしておけばよかったのでは?」と宰相がモノクルを直しながら言う。


 「こやつに誰が首輪をつけるのかね。首輪をつけたとておとなしくなるわけではなかろう」と国王陛下が顎をさすりながら言う。


 「そうかもしれないですが。野へ放ったらこうなってしまった。やはり首輪は必要でしょう」と学園長はきっぱりと言う。


 やれやれという顔をそれぞれがする。

 しばらく言葉が途切れていたら、何かを思いついたように国王陛下が話し出す。


 「そうだ、ルナイゼン。北方の貴花酒が手に入った。30年ものだそうだ。このあとどうだ?」

 「ああ、陛下。このままでは気が滅入るところでした。うちのものに何か作らせて持って来ましょう」

 「よいですな、それは」


 3人がにやりと笑い合う。


 私はがまんならなかった。

 何を言っているんだ。ジョシュア殿下だって、イリーナだって、ユーリスと私だって……。

 コーデリア先生は、お前たちの援助と指示で狂わされた。どうして止めなかった。

 そのせいで母は……。


 怒りを込めてバンと机を叩く。


 「人はすべからく上から腐ると言いますが!」


 3人が一斉に私へ振り向く。私は構わず言葉を続ける。


 「その甘えた姿勢が、その関心を払わない気持ちが、困窮する民を生み出し、混迷とする時勢を作り、魔族に付け入る隙を与えているのでは?」


 それを聞いた宰相が私を苦々しくにらみつけた。


 「お前、何を言っている? 批判するというのか。我々が言葉ひとつあげるだけで死ぬというのに」


 陛下がのんびり言う。


 「よい、元気があるのは良いことだ。たとえ蛮勇であっても、余は褒める」


 学園長がそれに軽くうなずくと、私に低い声でたずねた。


 「お前が人を殺すほど憎まなくなったのは、ユーリスのせいだな?」

 「はい。そうですが、それが?」

 「ユーリスをお前から取り上げたらどうなる?」

 「わかりません。ですが。こちらにいらっしゃるお三方は、ディムトリム刑務所より悲惨な最期を迎えるかと」


 宰相が真剣な顔をして学園長にたずねる。


 「やはり水晶刑にしとくべきでは?」

 「宰相。我らを脅すような奴が、おとなしく閉じ込められてくれるはずがないでしょう」

 「あっはっは。それもそうか」


 剣呑な言葉が出ているのに、この人たちはまるで……。

 楽しんでいる。


 陛下が立ち上がる。すぐそばのサイドテーブルに置いていた小さな黒い木箱を取り出す。蓋を開けると、その中身をばさりとテーブルの上に広げた。


 「ジョシュアとアーシェリからの嘆願書だ。当然ユスフ家からも。お前が助けた貴族たち。救い出したその子息。王国劇場の看板女優からにはいささか参った」

 「陛下が美人に弱いのは昔からですな」

 「ルナイゼン、仕方がなかろう。余は愛でたいのだ。人というきれいな宝石を。あの女優は、お前の命が尽きたとき、隠蔽した男爵の事件を公表して、我が王家を追い詰めるそうだ。実にきれいな宝石ではないか」


 今まで笑っていた陛下が、私を見下ろすとすごく嫌そうにため息をつく。


 「まったく。我が王家はお前の命と引き換えに、何回滅亡せねばならんのだ」


 みんな……。ありがとう……。

 心の中で手を握り、したこともない祈りをささげた。


 陛下はテーブルの上の書状を乱雑にかき集め、それを箱の中へと戻す。


 「さて。余はこれを暖炉にくべて見なかったことにする」


 暖炉の火の中へ、箱の中身をぶちまけた。

 ぽんぽんと底を叩き、最後には箱そのものを火の中に落とした。


 「な……。なんてことしてくれるんです!」


 腰を浮かして抗議する私を、陛下は面白そうに見つめた。


 「ただ、お前が我々の役に立つであろう、ということは一致した」

 「……その代わり、何を?」

 「ああ、わかっているではないか。そう、対価はいる」


 陛下の目が細くなる。


 「ひとつを得て、ふたつを与えよ。何事も対価だ、ファルラ・ファランドール」




■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階にあるファルラの部屋 ノヴバ小月(11月)21日 7:00


 窓からの温かい朝日が壁をなぞるように照らしている。

 その光が、壁にかかった書状に当たり、きらりと輝かせていた。そこにはこう書かれている。


 ――王室御用達 ファルラ&ユーリス私立探偵事務所


 メイド姿のユーリスが、少し傾いたそれをそっと直す。

 何か嬉しかったらしい。そのまま踊るようにくるくるとまわりだす。

 ソファーでお茶を飲んでいる私へと近づいてきたと思ったら、すぐ横にぼふんと勢いをつけて座った。


 「ユーリス。お茶がこぼれます」

 「だって、また、こうして暮らせるんですよ? 嬉しくてしょうがないです」

 「それはよかった」


 窓から街並みを見る。灰色の薄汚れた街並みが広がり、そこへ平等に朝の陽が当たっている。その中では大勢の人間が、愛し、憎み合い、日々を暮らし、そして謎を生み出している。


 いつのまにかそれを好奇心に満ちた目で見つめていた。


 むに。

 むにむに。

 ユーリスが私の頬をつまむ。


 「もっと喜んでください」

 「喜んでますよ。ユーリスだってわかっているんでしょう?」

 「ええ、もちろんわかっちゃってます。たまにファルラから鼻歌が出てますし。でも、もっと笑顔で笑って欲しいんです」

 「こうですか?」


 私は笑う。とても笑えないのに、笑う。


 代償は払った。この暮らしを取り戻すためには必要なことだったから。

 それが命よりも重く、ひとりでは到底払いきれないものでも。


 ……本当にどうでもいい。私にはユーリスがいればそれでいい。


 私は立ち上がった。座ったままのユーリスが、私をきょとんと見上げる。

 うやうやしくユーリスへ手を差し出す。社交界で相手をダンスに誘う正式なマナーをなぞりながら。


 その手を取ってくれたユーリスに、私は語りかける。


 「踊りましょう。この世は舞台、人はみな役者。なら、踊らないと」


 ユーリスを引き上げるように立たせると、そのまま抱きしめた。


 「もう放しませんよ、ユーリス」

 「私もです。ファルラを笑顔にするんです。それが私の償いだから」


 そのまま私たちは回りだす。手を握り、慣れたステップで踊る。ユーリスがふふーんふふーんと曲を口ずさむ。とてもうれしそうに笑うユーリスを、息がかかりそうなくらい近くで見つめる。


 私には幸せは何だかわからなかった。

 それでも、この手には握れている。

 いま、そう感じている。


 ヂリリンと下の呼び鈴が鳴った。


 お互い少しがっかりとした笑みを返すと、ユーリスが私から離れていく。


 「はい、ただいまー!」


 ユーリスは元気よく階段を駆け下りていった。

 やがて扉が開いた。

 ユーリスに促されながら入ってきたその人に、私は声をかける。


 「さて、どのようなご用件で?」


 それは若い女性だった。とても青ざめていて気分が悪そうにしている。

 高価なスミレ色の帽子と品の良いドレスから貴族の娘だとは思った。でも、王都の流行から外れているところを見ると、少し遠方から来ているのだろう。

 その人がかすれた小さな声を出す。


 「兄が……、兄が殺されたのです。私もすぐに噛み殺されます」

 「噛み殺される?」

 「ええ。あの黒い魔犬に」



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次話は2022年11月2日19:00に公開!

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