第6話-⑥ 悪役令嬢は王子に連れられ王宮へ参内する
「懐かしいですか? ハロルド殿下が亡くなって、すぐに王宮へ戻られましたし」
「感傷がないといえば嘘になる。でも、いまはそれを言える贅沢を持ち合わせていない」
「たまに贅沢なさっては? あなたはこの国の王子なのですから」
「王子だからこそだ」
振り払うように歩き出す。その手を私は引き留めた。
「急ぐのだが?」
「せっかくなので、中に入ってみましょう」
「しかし……」
「見納めになるかもしれませんよ」
私の言葉に思うところがあったのかもしれない。少しうなづくと、ジョシュア殿下は私の手を引いて、レンガ作りの研究棟へと入って行った。
■王都アヴローラ 中心部王宮付近 ノベム小月(11月)8日 19:00
いろいろな魚達が川を泳いでいるように見えた。
綺麗な鳥達が羽ばたいて逃げるように見えた。
動物達が目を剥いて襲いかかろうとしているように見えた。
ガラスの檻の中、たくさんの生きていたもの、今では骨だけを残すものがそこにあった。
1000年も学校を続けた成果なのかもしれない。そんな死んだ者たちの動物園は案外広く、私達はずっとその間をゆっくりと歩いていた。
ふと立ち止まったジョシュア殿下が、ツノがある小鳥の頭蓋骨を見つめながらつぶやく。
「骨格標本か。授業で使っていたな」
「それはオニサザイですね。昔は北方で春を告げる鳥だったそうです。捕まえやすかったせいか、今では絶滅しましたが」
「よくわかるな」
「殿下は勉強しなさすぎです」
「勉強は嫌いだ。でも、この部屋の雰囲気は好きなんだ」
「私もです」
ジョシュア殿下がふっと口元で笑う。
そろそろ話しておくべきなんだろう。それはわかっていた。今を逃せばこれを話す機会がなくなる。
私は前を歩くジョシュア殿下の腕をつかんで振り向かせた。
「お話しがあります」
「ここでか?」
「はい、ここが一番安全ですので」
「なんだ?」
「王家に魔族が接近しています」
「ミルシェのことか?」
「知っていたのですか?」
「幼いからな。近づく大人は制限している。が、いつのまにかミルシェ自身が人を集めている。魔族も混じっているはずだ」
「どういうことです?」
「わからない。父上はほっとけとおっしゃられている」
「ほっとけって……。私はそのせいで何度も死にそうな目にあっているのですが」
「では、今日の参内で父上に文句を言うのだな」
ジョシュア殿下が私を無視して歩き出そうとする。私はつかんだその手を離した。離したくはないのに、離してしまった。
アレな人ではあるけれど、それでも……。助けたくはあったから。
ジョシュア殿下が何かに詫びるように私へ話す。
「私は父上を継いだ後のことしか、考えないようにしている。いまは、それ以上はむずかしい」
「ご立派ですね」
「嫌味は聞き慣れているが」
「それはそれは。でも」
「でも?」
「そうやって未来ばかり見ていると、現実に足元をすくわれますよ」
それに答えないジョシュア殿下が、出口へと続く廊下を足早に行く。まるで無理矢理に未練を断ち切るように。
■王都アヴローラ 中心部王宮付近 ノベム小月(11月)8日 19:00
王家の馬車に揺られて4時間ほど。ようやく王都の中心に着いた。少し痛くなった腰をさすりながら、王宮に通じる大通りを眺める。夜の帳はすっかり降りているけど、それを拒否するようにさまざまな明かりが人々を照らしている。にぎやかだった。連合王国の、人類の栄華がそこにあった。
ぼんやりと明かりの先を見つめていたら、ふいに懐かしさが込みあげた。その店はユーリスに耳飾りを買ってあげたところだった。ユーリスは嫌がったけれど、その片方を私が貰う意味に気が付いてからは、何も言わなくなった。こうして自分の左耳につけたそれに触れると、心がじんわりして温かくなって、そばにユーリスがいるような気がして、それで……。
帰れるのだろうか? ここに。この王都に。ユーリスと一緒に。
――戦いのただなかにいるにも関わらず栄耀栄華を誇る連合王国。人類を抹殺しようと暗躍する圧倒的な魔族。双方とも決定的には動かない。そこに現れた私……。ま、私なら、早くこの世界からぽいってしますね、私を。私はどちらからも危険すぎます。
当たり前の結論に、私はため息をつく。
保険はかけた。先輩という名の。
王家に殺されそうになったら、助けに来てくれるはず。
そのために、私は先輩を野放しにした。人の血をすする魔族を、人類の最悪を。
馬車が止まる。外で話声が聞こえる。窓からちらりと外を見れば、黒いランディーニ門が暗闇の中で浮かんでいた。広い王宮の中でも、王家の居住部分である翡翠宮に来ているとすぐに理解した。
外では数名の衛士たちが話している。警備はずっと厳重だった。いつからそうしていたのだろうか。衛士のひとりと目を合わせそうになって、私は顔をそむけた。
ずっと喋らないジョシュア殿下をどうしようかと考えていた。ようやく口から出たその言葉は、私に同情を求めているようだった。
「学園裁判の記録は読んでいる。魔族の血を持つ人は皆、コーデリア先生のようになるのか?」
「まあ、そうなるでしょうね」
「なぜ平気な顔をしている?」
「何がです?」
「ユーリスを亡くすことが怖くはないのか、と聞いている」
「さあ、どうでしょう。私は今をたいせつにしようとしています。できるだけふたりでいられるように」
「それは私にはどうにもならないな」
「そうなのです?」
「政務は多すぎるし、アーシェリは常に見張られている。朝しか会えない」
「それはおつらいですね」
「つらいと思うなら、ギルファの遺産を寄越せ」
「ああ、そこですか」
「アーシェリの延命が叶うなら何でもする」
「聞かなかったことにします」
子犬のような目をして、ジョシュア殿下が私を見つめる。
「ファルラ、どういうことだ?」
「どうにもならないのです。人造神様は必ずしも願いが叶うものではないですし、抜こうと思っても魔族の血は抜けませんし。コーデリア先生すら叶わなかったのですから、むずかしいのです。母の遺産を得たとしても同じことでしょう」
「魔族ならなんとかできるのか?」
「あなたは人類の希望たる連合王国の王子なのでしょう? 何を言っているのですか」
「アーシェリが生きられるなら、魔族に何を渡してもかまわない」
この王子はまっすぐすぎる……。やっぱりアレな人だ。
これ以上の問題発言をさせないために、私は口をつぐむ。
馬車ががたんと動き出す。王宮の敷地へと入ると、賑やかな大通りとは変わり、静かな暗闇が続いていた。本当なら見事なシルフィウムの林が続いているはずだった。夜の闇はそれを隠すように覆いつくしている。
ずっとお互いを見ることもなく、話すこともなく、そのまま頬杖をついて何も見えない外を見ていた。
やがて馬車が止まった。魔法による明るい照明が馬車の中まで照らしていく。
ジョシュア殿下が少し慌てて言った。
「嘆願書は父上に出している。お前の命が尽きたら、アーシェリも終わる」
「ジョシュア殿下、それでは女の人にもてませんよ」
「どういうことだ?」
「元カノに今カノを託すなんて」
「……カノ?」
王家に仕える老執事が馬車の扉を開けてくれた。
夜の冷たい風が私を刺す。
手を取ってもらい、踏み台に足をかけて、ゆっくりと馬車から降りる。
目の前の重い木の扉が開かれる。私とジョシュア殿下はその先へと歩いていく。
磨かれた木の壁には、品の良い絵が飾られ、あちこちに見事な細工の工芸品が飾られている。皆、ここに飾られることを名誉なこととして、持てる力を尽くして作っている。こうしてほんの一目しか見られないとしても。
ひとつの部屋の前にたどり着いた。
扉は他とは違い、薄青く塗られていて、なんとも場違いのように思えた。
ジョシュア殿下は私に手を差し出して、ここへ入るように促す。
「ここから先には行けない。お前だけだ」
「エスコートをありがとうございます。ジョシュア殿下」
「無事を祈る」
「言われなくても」
--------------------------------------------
いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!
「カクヨム金のたまご」掲載もひとえにご応援いただける皆様のおかげです。
よろしかったらまたぜひ「♡応援する」を押してください。
作者がシルフィウムの木の格好をしながら喜びます!
次話は2022年11月1日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます