第6話-⑤ 悪役令嬢は権力へ決着をつけにいく
そろりと片膝をつく。そしてうやうやしく頭を垂れる。ギュネス=メイの顔は歪んでいた。
大公……。では……。
グレルサブの街を焼いたあの場にいたのは……。
先輩は……。そんな……。
永遠の闇の王。魔王を統べる魔王と呼ばれた伝説は、怒りを込めてたずねだした。
「さて、ギュネス=メイよ。先ほどの言葉はなんだ。お前は、我が君、我が魔王アルザシェーラ様に身も心も捧げて、何を教わった」
「人の泥を垣間見てございます」
「泥とは?」
顔を上げるギュネス=メイ。少し卑屈に微笑む。
「例えば、そこの探偵。真相をいたずらにあばき人を弄ぶ。憎しみに駆られ、愛するものひとりを救うために、どれだけの犠牲を強いたのか?」
私に向かって振り返り、その右手を何かを求めるように伸ばす。
「グレルサブの5万人。魔法学園の多数の生徒。コーデリア先生。そして、母親。その手は人の血で真っ赤に染まっている。これはもはや魔族」
何を……、何を言っている……。
目を細め、嘲り笑うようにギュネス=メイは私にたずねる。
「さあ、教えなさい。僕と君との差はどこに?」
右手を上げる。
指を鳴らす。
パチン。
「僕は、否定す……」
風が起きた。何かが壊れるすさまじい音がした。
先輩が上げた片足をゆっくりと降ろす。
音がしたほうを振り向く。
ギュネス=メイが漆喰の壁にめり込んでいた。身動きするたびに壁の欠片が落ちていく。うめくたびに、血が口からあふれていく。
先輩は丸眼鏡を直しながら言う。
「あるさ。その差は私が決めることだ」
私を見てふっと笑うと、いつもの先輩の口調で話し出す。
「私達、魔族も一枚岩じゃないんだ。だから安心しなよ。まあ、安心はできないか。それでもさ、私の言うことを何でも聞いてもらうからには、安心して欲しいな」
「対価……」
「そう。我々魔族は契約を重視する。ひとつを得て、ふたつを与えよ。この道理は変えられない」
ふふ、うふふ。
そう来なくては。
私はそんな気持ちを隠すように、怖がりながら言った。
「ああ、先輩は私に何をさせたいのですか? さらなる人殺し? それとも戦争?」
「それはあとのお楽しみ、という奴だよ。ファルラ」
「そんなことをしていては、いつか私は人の手によって殺されるでしょう。さて。私の命が危うくなれば、対価の取り立てに来てくれますか?」
「それは君を助けろということ?」
「ええ。私が死んでしまったら、先輩は対価が得られませんから」
「ファルラは頭が良いね。だから自分自信を私に差し出したんだ。いいね。いいよ。それでこそ人だ。そんな姑息なところが大好きだ」
先輩が黒い丸眼鏡を外す。金色の瞳がまっすぐ私を見つめる。
それは妖しく、艶めかしく、人は正気を保てなくなる。
拳を強く握って、何かが持っていかれそうになるのをぐっと耐える。
「ファルラ、君に何かあれば助けに行く」
「それは魔族の姫としてですか? それとも先輩としてですか?」
「んふふ、両方だよ」
■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」イリーナの部屋 ノベム小月(11月)3日 23:00
どうやってイリーナの部屋にたどり着いたのかわからなかった。
だから、ユーリスがそんなことを言っても、ちょっと意味がわかるまで時間がかかってしまった。
「顔、真っ青だよ」
「赤く塗ったら混ざって紫色にでもなるんでしょうか」
「もう。そうじゃないでしょ」
何度もそうしてきたように、ユーリスが私を抱きしめる。
いつもと変わらない暖かさに包み込まれる。
ああ……。
安堵する。泣き出しそうになる。
私はあの場を切り抜けられた。魔族の姫を出し抜いた。この暖かさは、その証拠。だから……。
「おかえり」とユーリスはやさしく言う。
「ただいま」と少し泣いた声で私は言う。
私とユーリスは、ずっとそうしていた。これからもいままでも、そうしてきたように。
■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」喫茶室 ノベム小月(11月)8日 14:00
この女子学生寮はいわゆる貴族でも、かなりの富裕層やそれなりの権力を持ったご令嬢が住まうようなところだった。自分も名のある侯爵家の出身ではあったけれど、いかんせん父にはそんなお金はなく、もっと外れの何でもないような寮にいた。さらに言えば、私はそんな寮の部屋に居つかず、もっぱらコーデリア先生やハルマーン先生の研究室に半ば寝泊まりしていた。ユーリスがいろいろ世話を焼いてくれるので、どこでも快適だった。
何が言いたいのかというと、場違いなのだ。
すっかりメイド姿に戻っているユーリスが、私と隣に座っているイリーナに、お茶を入れてくれていた。ポットからきれいな所作で、カップに注がれる琥珀色のお茶を見ながら、私は物思いにふける。
たとえばこのテーブル。
これひとつで小国の国家予算に匹敵すると言われている。見事な彫刻が施され、黒光りする天板には七色に光るドラゴンのウロコが花が散るように埋め込まれている。このカップですら……。
まあ、いいです。いまはユーリスとイリーナが、私のそばにいることがだいじなことなのだから。
ふんわりと甘い香りがする温かいお茶を飲むと、少し落ち着いてきた。
そうなると周りの声も聞こえるようになってくる。
遠巻きで見ている学生たちが、こそこそと声を潜めて言っていた。
……何で戻ってきたの?
……だってジョシュア殿下にふられたんでしょ?
……北方で魔族の餌にでもなっていればいいのに。
「嫌われていますね、私は」
「なんで、ファルラちゃんはそんなに嫌われているのかしら」
「あの子の恋人に浮気相手がいることを教えただけです。その浮気相手に自身も抱かれたことまで。あの人には、担任教師と関係ができたらしく、最近奥さんと言い争いをしていたようですし、それに……」
蜘蛛の子を散らすように学生たちが逃げていく。そして、イリーナに呆れられていた。
「ファルラちゃん、それでは嫌われるのも道理ですよ」
「そうですか? 人間らしくて面白いのですが」
「面白いと言えば、この猫の寝込み新聞とかどうです?」
――悪役令嬢、事件を解決! 魔族に囚われていた人質を華麗に救出する!
そう一面に大きく書かれていた。
「ファルラちゃんは、すっかりもう有名人です」
「そうですね。でも、悪役令嬢はないです」
「悪役なのです?」
「さあ。ユーリスはどう思います?」
「それを私に聞いちゃいます?」
「では、誰に聞けば良いのです?」
ユーリスは黙って紙面の囲み記事を指さした。
そこには見つかった人たちの声が載っていた。もちろん、あの茶色の髪の子も。
私はそれを読むと、ふふと少し笑った。
どたどたとした、せわしない足音が近づいてきた。
喫茶室の扉を開けると、相変わらずくしゃっとした金髪の髪をした、その人がやってきた。私は声をかける。
「お久しぶりです。ジョシュア殿下」
「ここにいたか、ファルラ。手紙は届いているな」
「はい、こちらに」
私は分厚い紙でできたそれをひらひらと見せた。
「本日、王宮に参内せよ。わかっていますよ」
「私がエスコート役だ。不満は言うな」
「いえ、不満などは」
ユーリスが椅子を引いてくれる。私は立ち上がると、そのまま後ろに立っていたユーリスを引き寄せて抱きしめた。
「ユーリス、今日の夕飯はなんですか?」
「ヤマウズラのローストかな。ファルラ、あれ好きでしょ? 朝はそれをパンに挟んであげます」
「いいですね。天気が良ければ庭で食べましょう」
そう言うと、私はユーリスからそっと手を離す。
イリーナは変わらず花が散ったような笑顔で、私達を見ていた。
ジョシュア殿下はようやく何か気づいたらしく、顔を赤くしていた。
「やりすぎだ、ファルラ」
「そうですか?」
「お前は……」
ため息をつくジョシュア殿下が私の手を取る。
「支度はしているな」
「はい。いつでも」
「借りるぞ、ユーリス」
「はい、返してくださいね」
「ああ、そのつもりだ」
私達はいつものと変わらないようにしていた。今日が運命の日だと知って、できるだけいつものように。それが私達にできる精一杯の抵抗だから。
「ユーリス、いってきます」
「いってらっしゃい、ファルラ」
■王立魔法学園 賢者の小路 ノベム小月(11月)8日 14:30
少し離れたところに馬車を止めたというジョシュア殿下に従うように、私達は落ち葉に埋められた小道を歩いていた。かさりかさりという音を立てながら進んでいく。ふと立ち止まって、上を見上げた。きれいに波打つ雲が青い空に広がっていた。
つられてジョシュア殿下も足を止める。殿下は空ではなく、校舎のひとつひとつをじっくりと眺めていた。
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作者がヤマウズラの冷肉をパンに挟んで食べながら喜びます!
次話は2022年10月31日19:00に公開!
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