第6話-④ 悪役令嬢は先輩と対峙する
「ユーリス、どういうことです?」
「私は魔王様の駒だったから、コーデリア先生の動きとか知っていたんです。ファルラに教えたのもそれだったし」
「ハロルド殿下殺害の一連の流れですね」
「そうなんです。魔法学園に関して魔族はあれぐらいしか動きがなくて。だから先輩が魔族として関わっていたのならわかるはずなのですけど……」
私は考え込んだ。確かにどういうことなのだろう……。
でも、状況的に先輩が魔族である可能性が高い。
私は思いついたことをユーリスに話してみた。
「こう質問してみましょう。ユーリスに知らない魔族はいるのですか?」
「うーん。最近生まれた高位魔族ならわからないです……。あと下の方は何万人もいるし……」
「先輩はずっと魔法学園にいるような人ですから、確かに違いますね。これだけのことを起こせるのですから、それほど下の魔族とも思いません。ギュネス=メイはどうです?」
「あまり知らなくて。あ、でも力の感じから高位魔族とは思いました」
「なぜ、知らないんです? なんとか元帥らしいですよ?」
「そうですね……。『グレルサブの惨劇』のあとに、魔族領へ来たのなら知らないかも……。ファルラと一緒になってからは魔王様のところにも戻っていないし」
「そういえば、勇者に違う世界へ飛ばされてこちらに戻ってきたと言ってました」
「いつ、戻ってきたんだろうね」
「……ああ。ギュネス=メイは最近この世界へ戻ってきた、としたら……」
ふふ、うふふ。
なるほど、そういうことでしたか。
何がモリアーティーですか。
「ギュネス=メイは、ハロルド殿下に対する企みも知っていたけれど、自分では手を下していないんです。『グレルサブの惨劇』のことは話したけれど、あの場にいたとは言っていませんでした。つまり、誰かが教えたのですね」
「誰って……、誰?」
私はユーリスの頭をくしゃくしゃと撫でた。
まったく、ユーリスはいつでもかわいいです。そして、いつも私に欲しいものをくれます。例えば謎を解くヒントとか。
「では、行ってきます。夕飯までにはイリーナのとこに帰りますから」
「だーかーらー。私も行くって」
「ダメです。イリーナのことを守ってくれますか?」
「それは守るけど……。でもさ。心配なんだ」
「さっき矢を射るとき、私はユーリスのことを信用していましたよ」
「うん」
「では、次は私を信用してもらう番です」
「うーん」
ユーリスの頬に手を添え、有無を言わさず唇を奪った。
ぱっと離れると、私はおどけて言う。
「いつかの約束の印をお返しします」
私がそう笑うと、ユーリスは少し赤い顔をくしゃっとさせてにししと笑う。おでこをきらりと光らせて、ユーリスは照れくさそうに後ろを向いた。
「……わかりました。帰ってくるって信じてます」
「はい、行ってきます」
私はユーリスから離れていく。歩いてワイバーンのところへ向かう。
ようやくわかった元凶へと立ち向かうために。
■王立魔法学園 203実験棟裏路地「嘆きの小道」 ノベム小月(11月)3日 17:00
夕陽がすべてを赤く染めていた。入り組んだ古い建物が影を作り、赤と黒が折り重なっている。
そこを縫うように通り抜ける。大きな木が漆喰の壁にへばりついて生えている。その先の曲がり角に先輩はいた。
「先輩。遅いので迎えに来ました」
「よっすー、ファルラ。もう、そんな時間?」
先輩は、手に持ってた革袋を慣れた動きで口に近づける。そこに付いていたストローから何かを飲み出す。
「残念ですが、イリーナの部屋には入れません」
「うん? またケンカしちゃった?」
「次の標的は、イリーナでしたね」
「なんのこと?」
「あのとき確証はありませんでした。だから、イリーナと離れたら何かが起きるはずでした。でも、起きなかった。何も。私がそばにいたから何もできなかった。そうですよね、先輩」
「どうしたんだよ、ファルラ。次は私を疑うのかい?」
「私は先輩が言うようにイリーナを信じています。私が面白いうちは、彼女は裏切らない」
赤い陽射しが先輩の黒い丸眼鏡に反射する。
ぞっとする笑みを浮かべていた。凄味のあるその顔に影が差していく。
「ねえ、ファルラ。いつから疑っていたの?」
「最初から」
「最初?」
「先輩は偶然を装いすぎます。あんな居酒屋に来るわけがない。喧嘩をしに行くようなものですし」
「思い込みはよくないな」
「先輩の最大の関心事は学園裁判だった。だから少しでも情報を集めたかった。違いますか?」
「うん、まあね。コーデリア先生がどうなるか知りたかったし」
「本当にそうですか?」
突然、激しい男の悲鳴が、先輩の後ろから聞こえてきた。曲がり角のその先から聞こえてくる。何度も何度も嗚咽と悲鳴が響く。
風に乗って匂いがした。
鉄さびのような、どろっとした匂い。
これは……。
血の匂い。
私は先輩を無視して、その先へ行こうとした。
先輩は「おっと」と言い、私の前に立ち塞がる。
「ごめん、ファルラ。この先は見せたくないんだ」
何かが飛んできて、足元にぽたりと落ちる。肉片? いや……。人の左手だ。肘より先。噛み切られたように乱雑な切断面。すべてが血に染まっている。
「あいつ、ちょっと荒れちゃってさ」
「荒れる? 証拠隠滅とは違うのですか?」
「どうかな」
「貴族だから行方不明としては学生に注目が集まったけれど、実際にはあの馬車の中にいた男のような協力者が何人もいる。それが最近いなくなっている」
「葬儀が増えているのは、その偽装。学生を北方に送り出すカモフラージュといっしょに、協力者の余計な死体を消すため。とか?」
「先輩……」
「あはは、そうだよ。さすが、ファルラ。察しがいいね。私のかわいい後輩だけはある」
いつもと変わらないその笑顔を見る。
なんで先輩は……。どうして……。
とても残念に思いながら、その言葉を口に出す。
「先輩は本当に魔族だったのですね」
黒い丸眼鏡をずらすと、少し微笑んだ先輩は、金色の瞳で私を見つめる。
「そうだよ、ファルラ。どう、幻滅した?」
「いえ、先輩は変わらず先輩ですから」
「そう、よかった。変わってしまうかと思ったよ」
ストローに口をつける。
「そんなことになれば、この人の血がまずくなってしまう」
……血?
日に何回、先輩はこれを飲んでいた?
ああ……。毎日、先輩は……。
「ファルラ、聞いてよ。あいつはさ、あの法廷の場で、ああなるとは思っていなかったらしいんだ」
「そうなんですか? 確かに自信たっぷりに見えましたが」
「何にも考えなし。いざとなれば否定すればいいとか過信していたんだ。せっかくいろいろ教えてあげていたのに。グレルサブでの出来事も、私達の計画も。裁判結果をひっくり返せば犯行は魔族のせいにされるとか、ハメ技食らってさ。とんだ笑いものだよ。おかげで、魔法学園に潜り込ましていた魔族はもう生き残れない」
「学園長を始めとする先生たちが気づいてしまいました。占いで探り当て、圧倒的な戦力で叩く。北方で先生方はそうしてあなたたちを狩り立てた。もうどこにも居場所はありませんね」
「そう? コーデリア先生のように、また魔族の血を餌に釣ればいいさ。学者というのはたぶらかしやすいし。虚栄心と好奇心を抑えられない哀れな生き物。覚えておくといいよ、ファルラ」
「そうやって私の母も?」
「もちろん」
また肉片が飛んできた。べちゃという音がして石畳にはじけ飛ぶ。血の染みが壁にも無造作に広がって夕陽と混じり合う。今の私の気持ちと同じように、それはどす黒かった。
「あー。あいつのことは気にしないでいいよ。私が何とかしとく」
「彼、または彼女のことですか?」
「あれがどっちかは、魔族でも話の的になっててさ。まあどっちでもいいよ。嫌な奴には変わりないから」
「それはわかります」
「たかだか小娘にしてやられちゃってさ。しかも人相手に憂さ晴らしするなんて。それに、なにあの名乗り。いつもするんだよ、あれ。古くさ。ぷーくすくすだわ」
先輩の顔が急に険しくなる。
「こんな奴らまでけしかけて」
大きい……。
曲がり角の向こうから重い足音を立ててやってきたのは、ダンジョンでユーリスが倒したサイクロプスだった。
ぐるるという低いうめき声を出しながら、先輩のほうへゆっくりと歩いていく。一つ目が先輩をとらえる。とたんに体中の目が開き、目玉をぎょろぎょろと動かして何かを探している。
「ねえ、ファルラ。小細工ばかりするような奴にはどうしたらいいと思う?」
「わかりません」
「いいかい、答えは」
速すぎてわからなかった。ただ、すさまじい爆裂音ははっきり聞こえた。
気が付くと、先輩は腕をまっすぐ伸ばし掌底をサイクロプスの腹に当てていた。
「力で圧倒すればいい」
バンッ。
弾け飛ぶ。
腹の部分がなくなり、向こう側の壁が見えた。
サイクロプスは膝を落として、すべての目を閉じ、それから大きな音を出して石畳の上に倒れた。
強い……。
魔王の血を持つユーリスですら、あれだけ倒すのに時間がかかったのに。
では、この人は……。
「ギュネス! これはどういうこと? 聞いているんでしょ?」
いつもの先輩の口調でぷりぷりと怒る。
サイクロプスが出てきた曲がり角から、その人が現れた。赤い陽の光を斜めに浴び、影の中から浮き上がる。その整った顔には、血しぶきが飛んでいた。
「おや、これは残念です。追い詰めて正体を話しやすく差し上げようと思ったのに、自らバラすだなんて」
「ギュネス。お前って昔からそうだね」
「あなたとは、僕が勇者にやられる前からの友達ではないですか」
「特務専門のお前は、とっとと闇に帰りな。しっしっ」
「僕は感想を言いに来ただけです。ファルラ・ファランドールに」
にやにやと笑っているギュネスへ、私は無表情に声をあげる。
「感想とは何です?」
「どうです? 人に騙されるのは? 名探偵さん」
「なんのことでしょう?」
「婚約者に捨てられ、恩師には殺されそうになり、すべての人はお前をだましてきた。さて、こちらの先輩とやらは、いかがでしたか?」
こいつ……。
人の気持ちを、なんだと……。
声が響いた。
「黙れ、下郎!」
屈服。屈従。
その透き通る低い声を聴いただけで、私も膝を折りたくなる。そうしなければならないと、心の奥底から思わせる。
いつもの先輩の声ではなかった。それはもっと違う王の声だった。
「闇の栄光たる私を前に、どの口をきいている。我が縁者への不遜な言葉。不快である。頭を下げよ」
ギュネス=メイは、とっさのことで理解ができないようだった。
「13家でも下のお前が、私と並び立ってよいと思っているのか?」
「いえ……、滅相も……」
「魔王アルザシェーラ様に禅譲したとはいえ、我は変わらず闇の王である。どうした。頭が高いぞ」
「これは申し訳ございません。姫様。ルドラ・グリフィン大公閣下」
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