第6話-③ 悪役令嬢はワイバーンで馬車を追いかける
■王立魔法学園 西方ロマ川沿い 連合王国各地に向かう馬車駅 上空 ノベム小月(11月)3日 14:20
青い空をまっすぐに飛んでいく。手綱を右に引くと、ワイバーンが体ごと斜めになる。落ちないようにしっかり足を締めると、地上が見えてきた。馬車がたくさん止まっている。ここは魔法学園と連合王国の主要な都市を結ぶ駅のような役割をしていた。そのままワイバーンを旋回させながら、地上に並ぶ馬車の動きを見張る。
何度かそうしていたら、ロマ川沿いの道を一台の馬車が通っていくのが見えた。
「ユーリス。いました。あの黒い馬車です」
「うん、あれって北方でよく見かけた葬儀用の馬車です」
「出発時刻が少し遅れたようで助かりました。ユーリス、お願いします」
「いま認識阻害魔法をかけるね」
ユーリスの指先から零れ落ちた魔力が魔法陣を形作る。それをえいと前方に投げる。ワイバーンが少し顔を傾けて目をつむり、投げられた魔法陣へ突っ込む。それは粉々となり私達にまとわりついた。残った白い光が後ろへと流れていく。
「行きます!」
私は手綱を引き、強引に急降下させる。
身をすくませるほど重力が消える。
黒い点が形になっていく。みるみる馬車へと迫っていった。
走っている馬車を完全にとらえた。
手綱を引いて、ぴったりと後ろについていく。
手を伸ばせばつかめそうなぐらいの位置につけた。
「ファルラ! 横につけて。御者を狙う」
「正確に狙えますか?」
「私のこと、信用していないの?」
「いいえ、ちっとも。私のユーリスですから!」
ユーリスはにししと八重歯を出して男の子のように笑った。
手綱を少し動かすと、馬車の横に出る。風で気がつかれないように慎重に近づく。
馬車には2人の男がいた。ひとりは手綱を握り、馬車を走らせていた。もうひとりの黒づくめの男は、腰を浮かして怒鳴っているようだった。いまにも殴り掛かりそうな剣幕で、男に指図している。
「ファルラ、なんだか喧嘩してるみたい」
「そのようです」
「どっちを狙えばいいの?」
「すぐ、わかります」
手綱を握っていた男が頭を2回振った。とたんに長い髪が風にたなびいていく。
「女優さんだ!」
「私がお願いしました。もうひとりのほうを狙ってください」
「任せて!」
手綱を操ってどんどん馬車に近づいていく。翼が触れそうなぐらい近づく。
男の「お前は誰だ!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
ユーリスが立った。
不安定なワイバーンの背の上で、強い風が吹き荒れる中、微動だにせず立っていた。
ぐっと弓を引くような動作をする。
すぐに白く光る魔法の弓が現れた。
一撃必中の矢。ディバインアロー。魔族が使う勇者殺しの矢に対抗すべく、人類が作り上げた絶対的な破魔の矢。普通の人であれば生涯にたったひとつだけ作れる魔法の矢。
「いっくよー!」
放つ!
耳元で轟音がうなる。
すさまじい音を放ちながら、矢が駆けていく。光るしぶきを上げながら渡っていく。
黒づくめの男の耳の上へと当たる。嫌な音を立てながら、矢がじわじわとめりこんでいく。
ぱすん!
何かが割れる音がしたら、男は全身が灰となって散っていった。
「ちょっと、ユーリス! やりすぎです!」
「大丈夫。もうひとり馬車の中にいるし」
「そうではなく。もう……」
馬車の速度がゆっくりと落ちていく。
私達はいったん馬車から離れてワイバーンを駆けらせる。
手綱を操り馬車が止まりそうなところにワイバーンを誘導していく。
ばさりばさりと何度も羽ばたき、ワイバーンは道の真ん中に降り立った。
そのまま私は鐙から足を外すと、蹴って飛び出した。立ち上がると、すぐ前に馬車が止まった。
「ありがとうございます。ベッポさん」
手綱を降ろすとその人は、少し嫌そうに言った。
「いいこと? これから私に何かお願いするときは、3日前に言って」
「なるほど。3日前なら何でもしてくれるのですか?」
「うーん、いや……。考えとく」
苦笑いしながら、女優は馬車を降りる。
「言われた特徴の馬車はこれぐらいだったわ」
「2人が横になって乗れるといえば、やはりこの葬儀用の馬車ですね。中は?」
「棺桶がふたつ。そして」
突然、馬車の横が開いた。中から冴えない感じの中年男が、ナイフを振り回して私達に飛び込んでくる。
女優は足をかける。とてんと盛大に転ぶ。道の真ん中に倒れ込む。
ユーリスが「シャドーバインド」と唱えて魔法を使うと、男の黒い影がぐにゃりと伸びて、手足を縛った。その男は、お尻をつき出して頭を地面につけた、なんともいえない格好になってしまった。口も縛られてしまって、むぐーむぐーという声にならない声が、地面からしていた。
「危険はないでしょう。とりあえず馬車の中を見ましょうか」
そういうと私は男が出てきた馬車の扉から中に入る。
微妙に薬のような甘い匂いがした。
狭いところを屈みこみながら中へ進むと、黒くて重そうな棺桶がふたつ並べて横たわっていた。
「ユーリス、蓋を開けるのを手伝ってください」
「うん。行くよ。せーのっ」
重い棺桶の蓋を、ふたりで横に跳ね上げる。
「……どういうこと?」
女優が驚く。
そこには枯れ木のような老婆が、目を閉じ腕組みしていて寝ていた。
私は悩みだす。
「おかしいですね……。ここに失踪した学生がいると思ったのですが……」
「ファルラー。この高さや奥行だと、ふたりぶんは入りませんよ?」
「うーん、そうですね……。フランシス・カーファックス姫のようにはいきませんか」
「あれは確か人を薬で眠らしていましたっけ」
「薬……。甘い匂い……。あ、ユーリス。先輩に飲ませたお茶は北方産のでしたね?」
「うん、そうだけど?」
「この中で同じ匂いがします。あのお茶は魔除けとして、魔族を気持ちよくさせて沈静化させる成分が入っています」
「どういうことです?」
「眠らしているのは棺桶のほうです」
私は思い切り棺桶を蹴った。
勢いでさっき開けた蓋がパタりと閉じる。
その蓋の上に、ふたつの目玉がぎょろりと現れた。
「ミミック!」
女優が叫び声をあげる。
ユーリスは素早かった。手をすぐに動かし、指先で魔法陣を作ると、それを拳で打ち抜く。そうして魔力を込めた拳で、棺桶の蓋をまるで空手の瓦割りのように叩き割る。
すかさず隣の棺桶が牙を剥き出しにして蓋を開けた。
その蓋を足で踏んで抑え込むと、私は叫んだ。
「後ろにもいます!」
ユーリスは振り向きざまに拳を蓋に打ち下ろす。かかと落としまで決めると、棺桶に偽装していたミミックは、たちまち木くずに変わってしまった。
「こんなものでしょうか。お疲れでした、ユーリス」
「ええーっ。暴れたりないんですけど」
「いつか暴れられますよ」
「そうなの?」
ミミックはしゅーという音を立てて白い煙を上げている。少しどろりとしたところから、さっき見た老婆がいた。やがてそれすらも白く溶けていく。
「北方に出る、たちの悪いミミックは、自分の舌を寝ている少女に擬態させて、冒険者を釣るそうです。同じ理屈なのでしょう」
そう説明すると、私はユーリスと女優に芝居かがった仕草で手を広げ、ふたりにこう言った。
「ご紹介します。失踪した学生の一人、リディア・ロスティカさんです」
溶けた老婆と入れ替わるように、明るい茶色の髪をした少女が現れた。
「あ、この人、生徒会の人!」
「そうですよ。昨日の新聞に失踪したことが載ってました。イリーナに見せてもらった猫の寝込み新聞です」
「ファルラに怪我させたんだから、助けなくてもいいのに」
「こら、ユーリス。それでも助けてあげないと。この人には未来がありますし」
女優が腕組みをしながら、私達にたずねた
「で、これ、どうするの?」
「私の親友が頼もしい助っ人を連れて来ます。ひとまず待ちましょう」
もうひとりの棺の方には、体格のいい男の学生がいた。飲み屋で先輩に絡んできた学生だった。
ふたりをどろどろの中から引きずり出す。拭いてやりたいがよい布がない。手でぬぐってあげて、それから馬車の脇に寄りかからせた。
いろいろ片付けて馬車から降りながら、私はユーリスにひとつ頼みをした。
「あの男の口を自由にしてもらえますか?」
「いいけど、なんで?」
「事情を聞いてみます」
ユーリスが指先を動かすと、黒い影が男の口からするする抜けていく。
とたんに男はわめきだした。
「お、俺は知らない! 北方のグレルサブ近くまで持ってけって言われたんだ!」
「グレルサブ? ここからかなり遠いですよ?」
「金払いは良かったんだ。だからさ、立ち寄る町で食い物と女を買って、俺は豪遊するつもり……、もご……ぐごがっ」
振った指先を拭くようにするとユーリスが「もういいよね」と言いながら、うんざりしたような顔を向ける。
「ええ。もう話しても不快になるだけでしょう。それに」
空を見上げた。
一頭のワイバーンがこちらに向かって降りてきた。
「待ってた人がやってきたようです」
私達のワイバーンのすぐ隣にそれははばたきながら降りてきた。
ワイバーンの背から降りるふたりに、私は声をかける。
「イリーナ、ありがとうございます。ハルマーン先生。すみません、急に呼び立てて」
ハルマーン先生は険しい顔をしていた。
「この男は?」
「魔族にそそのかされたようです。グレルサブに向かうと」
「推理が外れているわ、ファルラ・ファランドール」
「申し訳ありません。やはり証拠をちゃんと揃えないと、推論は外れてしまいますね」
「しかも、悪いほうに」
「ええ。魔族はこうして学生たちをグレルサブへ集めています」
「わかっています。『グレルサブの惨劇』の再現をしたいのでしょう」
「あんなもの、二度は作れないでしょうに」
「そう思うのは浅はかです。人はそうした壁をいつか超えてしまう。良いほうにも悪いほうにも。魔族はそこを利用します」
先生のまとめた金髪がはらりとおちる。それを直しながら先生は言う。
「サイモン先生に近い学生が多い理由がそれだったのでしょう。教師には手を出せないから、こうして学生から集めている。ファルラ・ファランドール、あとは私達、教師の仕事です」
「それがそうもいかないようです」
「ふむ……。よいでしょう。ただし報告はなさい。あなたの未来がかかっています」
「はい。それはもうしっかりと」
私はイリーナを呼ぶと、そばにいた女優の肩に手をかける。
「イリーナ」
「なんです、ファルラちゃん?」
「紹介します。こんな格好をしていますが、こちら王国劇場で女優をしているベッポ・アリスターナさん」
「こんな格好は余計だわ。どうも、アリスターナです。私のファンだとか」
すごくわかりやすかった。イリーナは両手を口にやり、声も出ず驚いていた。
「ねえ、この子、黙っちゃったけど?」
「感激しているのでしょう。良かったですね、イリーナ。その口が開くようにしましょう。ベッポさん、私からの手紙は2通、受け取りましたね」
「ええ、そう。1通目は何? このまま送り返せだなんて」
「もう1通には?」
「送り返すときに受け取りに来る子を覚えとけって。あんた、いつも変なことを頼むよね」
「どんな子でした?」
「丸眼鏡をかけていたわ。少し男の子ぽいけど、ちゃんと女の子だったような」
イリーナがようやく声を出す。
「それって、先輩……」
「手紙を差し替えたのは先輩です。イリーナ。あなた、先輩に何を頼みました?」
「何って、ファルラちゃん。おいしいごはんと、学園裁判の情報集めと……」
「対価は?」
「10万ギアルぐらいですよ?」
「ほかは?」
「いえ、何も」
「良かった。イリーナはもう変な契約をしてはダメです」
「契約って……、先輩なのですよ?」
「それでもです」
私は「ユーリス」と声をあげて、地面に縛られた男をつついて遊んでいた彼女を呼び戻す。
「なに、ファルラ?」
「ここを任せます」
「え、ファルラはどうするの?」
「先輩と会ってきます」
「ちょっと待ってよ。私も一緒に……」
「ダメです。これは先輩と私の話です」
「ファルラ、まだ怒ってる」
「当たり前です。私の親友に手を出そうとしたうえ、ユーリスと私を引きはがそうとしたのですから」
「そうなの?」
「裁判に関心がある癖に、私達に利することは何もしなかった。逆のことはたくさんしたはずです。たとえばギュネス=メイの招致。ドーンハルト先生の一言ぐらいで王都からのこのこ来るはずがない。首尾一貫、ずっと先輩が動いていました」
「それじゃ先輩って……」
「ええ、魔族ですよ」
私の腕をユーリスがつかむ。
「行かせられないよ」
「別に私も丸腰で行こうとは思いませんよ」
「違うんです。もし先輩が魔族だとしたら」
「だとしたら?」
「なぜ、私が先輩を魔族だと知らないんです?」
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作者がワイバーンに乗りながら喜びます!
次話は2022年10月29日19:00に公開!
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