第6話-② 悪役令嬢は狩りを始める
「そんな顔してもダメだぞ。まだ学園裁判のときの対価を貰っていないし」
「グリフィン先輩。こんなにもかわいい後輩の頼みですよ?」
「どこが。生徒会との大立ち回りとか聞いたんだけど」
「ああ。あれは先輩を見習っただけです。相手に怪我はさせていませんでしたから」
「悪い先輩を見習うなよ」
「悪いと自覚があるんですか? ええ。びっくりです」
「お前は……」
先輩は頭を掻きながら、嫌々と言った。
「話を聞くだけは聞いてあげるよ。かわいい後輩のためだからな」
私は、ふふと口元で笑う。
どかりとソファーに座った先輩へ、ユーリスがお茶を運んでいった。
「お、ありがとうな、ユーリス」
「お久しぶりです。グリフィン先輩」
「元気そうじゃないか」
「はい、おかげさまで」
先輩はお茶をひとすすりする。顔がほころんでいく。
ユーリスが嬉しそうに言う。
「それ、コーデリア先生が好きなお茶でした。先輩も好きだったなって思い出して」
「ああ、それでか。なんだか懐かしい気がしたんだ。おいしいよ」
「ありがとうございます」
私は先輩の隣にぽすんと座った。カップを持ったまま振り向いた先輩に、私はこれからいたずらをするように話しかける。
「さて。お話です」
「ん?」
「行方不明になっている学生達を調べて欲しいのです」
「ああ、あれ?」
「何でもいいのです。姿が消えた状況、それより前に不審なところがなかったか、そして生きている痕跡」
「それはたいへんだよ。新聞は見たけどさ。あんなことしたら魔法学園にいるみんなが調べて始めると思う。ほっといても、そのうち何かわかるだろうさ」
「先輩なら、みんなが調べられないところも知っているのでは?」
「そーだなー。まあ、なくはないけど……」
先輩が何かを考えているように、遠くを見つめだした。
それを引き戻すように、先輩が興味があると思う言葉を口に出す。
「対価ですか?」
「ああ、そうだね。ファルラはもう何も払えないんじゃないの?」
「いえ、まだあります」
「へえ。それは何?」
「『見えない魔物』の真相」
先輩の頬がピクリと動く。反応があった。ちょっと私はうれしそうに話しを続ける。
「なんなら前払いでもいいですよ?」
「それは私の流儀に反するから」
「先輩。それを言ったら、たぶらかした先生はいたのですか?」
「あはは、バレてたのか。いやー、まいったね」
「ドーンハルト先生の行動は明らかに自分の意思でした。あれで魔族が学園内に潜伏していること、その親玉の姿を先生方に見せつけましたから。あの様子では学園長やほかの先生ではないでしょう。それに」
「それに?」
「ハルマーン先生が裁判に遅れたのは私が渡した情報のせいだからです」
「え、情報?」
「ここから先は有料です」
「ええー。困っちゃうな」
おどけた先輩が、すぐに真剣な表情へと変わる。
「いいよ、前払い。ただし、前の契約も有効だよ」
「割に合いませんね」
「合わせるようにするさ。そこは信じて欲しい」
「信じるのはなかなか難しいです。嘘をつかれていますし」
「それでもさ」
「いいですね、そんな先輩の顔。かまいませんよ、それで。今回はそういうことにします」
立場が逆転したことを感じながら、私は微笑んで言う。
「『見えない魔物』は私の創作です」
「は?」
「でたらめなんです」
「どういうこと?」
「1年前ぐらいです。イリーナに依頼された青い犬を探すために必要だったのです。『見えない魔物』が魔法学園をうろうろしている。それを探すといいことが起きる。そんな噂を流しました」
「ああ、確かにあの頃からだった」
「噂に尾ひれがつくと、みんなこの入り組んだ魔法学園を隅々まで探すようになります。おかげで青い犬はすぐに見つかりました」
「でもさ、それとハルマーン先生はどんな関係が?」
「ハルマーン先生には、最初にこの嘘を流そうとしたときに相談していました。学園中を知ってる人でしたが、どうしてもわからないところは出てくる。先生にとってそんな抜け漏れをふさぐ、なかなか有用なアイデアでした。だから喜んで噂の維持に努めていただけました」
「ああ、それで。ファルラはそれを使ったんだ」
「その網にひっかかったと、ハルマーン先生に伝えました。なかなか信ぴょう性が高く、動かざるを得なかったでしょう。そうして実際に調べたら、学生の裁判妨害の動きを捕まえられました。私からしたら、あれは棚ぼたでしたが」
「棚ぼた? 知らない言葉だな。まあ、いいや。確かにこの話は対価にはなる。私も使わせてもらえるだろうし」
「では、前払い分は働いていただけますか?」
「いいよ。すぐにやる」
先輩が持っていたカップを、そばで立っていたユーリスに「おいしかったよ」と言って手渡す。そうして立ち上がると、パタパタとズボンをはたいた。
「ファルラ、今晩また連絡するよ。何かわからなくても、どんなことをしたかは話す。それでいいかい?」
「ええ、じゅんぶんです」
別れの言葉を言いながら、部屋から出ていく先輩を私達は見送った。
ばたりと扉が閉まる。
ユーリスはカップを片付けず、そばのテーブルにそのままことりと置いた。
私はふたりに言う。
「時間がありません。いいですね?」
イリーナとユーリスはただ「うん」とうなづいた。
■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」屋上 ワイバーン乗降場 ノベム小月(11月)3日 14:00
少し広いその屋上では、ばさりばさりと一頭のワイバーンが翼を羽ばたいていた。
すさまじい風が巻き起こる。
ユスフ家の御者が、その手綱を取りながら、果敢にもなだめようとしていた。
分厚い革の手袋に手を通しながら、風に負かされないように声を張り上げる。
「イリーナは後から追いかけてください。ユーリス、私が手綱を取ります」
「大丈夫?」
「乗竜の試験点数は、100点でしたよ」
「それってもう1年も前だし」
「体が覚えているでしょう。それではイリーナ、あとをお願いします」
「はい。気をつけてね、ファルラちゃん」
私はワイバーンに駆け寄る。暴れる鐙に足をすぐかけて、ワイバーンの首にかけられた鞍にまたがる。
おとなしくしない。翼をばたつかせて嫌がっている。
私は声を荒げた。
「時間がないのです。困ったことをすると、私はどうするかわかりません」
それを聞いたワイバーンがとたんにおとなしくなる。
あわてて御者が手綱を私に渡してくれた。
同時にユーリスが風を蹴って、私のすぐ後ろに座る。腕を回して私にぴったりと抱きついた。
「ユーリス、魔法管制はお任せします」
「うん、わかった」
「何があっても殺さない程度に」
「ファルラ、怒ってる」
「ええ、思った通りでしたから」
私は手綱を思い切りよく引く。
ワイバーンが首を上げる。大きな翼を広げると、何度も羽ばたいた。そのたびに突風が屋上に吹き荒れる。
御者が身をかがめながら、腕を上げて飛び立てと合図を送った。
私がさらに手綱を引くと、ワイバーンは力強くその翼を一振りさせ、その大きな体を浮かせた。それから私とユーリスを乗せ、空へとまっすぐ上がっていった。
「さあ、スナ―ク狩りです」
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次話は2022年10月28日19:00に公開!
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