我、失踪する生徒の行方を突き止め、探偵としての名誉を賜らんとす

生徒失踪編

第6話-① 悪役令嬢は推理で暇をつぶす




■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」イリーナの部屋 ノベム小月(11月)2日 15:05


 イリーナが持ってきたのは、学園の生徒達が自主的に発行している新聞だった。


 「なるほど……。見知った顔もいます。いつも猫話しか載せない猫の寝込み新聞が一面で扱うんだなんて、いよいよ大事のように思えますね」

 「そうでしょ、ファルラちゃん。毎日2人、この10日で20人いなくなっているとか」

 「ほかの新聞はどうです?」

 「同じなのです。『デイリー魔法学園』『魔導学徒新聞』『真実と正義』『学生の友』……。もう、この話題しか載っていないのです」

 「ネタ被りは仕方がないとしても、これは騒ぎすぎですね」


 『深遠なる闇の中新聞』の一面の囲み記事を、イリーナが指さしながら言う。


 「これは騒ぐと思います」

 「失踪した生徒を探し当てたら、ひとりにつき1億ギアルですか。お金はどこから出ているのでしょうね?」

 「それはですね。いなくなった生徒は貴族の子が多くて、親御さんを中心に集めた寄付金からのようです。私も少し出しました」

 「なるほど。それはみんな探し始めますね」

 「というわけで、この謎を解き明かすには、探偵の出番だと思うのです」

 「なぜです?」

 「だって、退屈なのでしょう?」

 「それはそうですが……」


 確かに暇ではあるけれど、誰がやっているかはわかっている。

 でも、まあ。

 イリーナの言うとおり、退屈過ぎて脳みそがとろけるところだった。


 私は、ソファーの上であぐらをかいて座り、新聞を広げて眺め始めた。

 そんな私をユーリスがのぞき込む。


 「ファルラ、これって魔族のしわざ?」

 「そうです。法廷で見たように、学生に魔族が混じっているのでしょう」

 「なぜ行方不明になるの?」

 「それは、きっと先生たちが魔族を狩っていて……、あ」

 「学園長は追いかけるなと言ってたよ? たぶんこれ、魔族が自分で証拠隠滅しているのかも?」

 「そうですね……。だとしたら、もっとまとめて処分してくると思います。なぜ1日2人だなんて、こんなめんどくさいことを?」


 たくさんの新聞を抱えて持ってきたイリーナが、それをばさりと絨毯の上に広げた。


 「10日ぶんのいろいろな新聞を持ってきました」

 「さすが、イリーナです。手分けして探してみましょう」


 新聞を手に取り、失踪事件を扱っている記事のところを丁寧に広げて並べていく。


 「まず失踪した日時と場所を集めます。ユーリス、魔法学園の地図をお願いできますか?」

 「うん、わかった」

 「地図にそれを書いて行きましょう。それから失踪した学生に共通点があるか調べてみます。通っているゼミ、受けている授業、日頃行く飲食店、スポーツ、趣味、とにかくなんでも。イリーナもお願いします」

 「わかりました、ファルラちゃん。ふふ、面白くなってきました」


 私達は絨毯の上に座り、広げた新聞と地図の上で、捜査を始めた。




■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」イリーナの部屋 ノベム小月(11月)2日 20:00


 大貴族の令嬢とは思えない格好で、イリーナは絨毯の上に大の字で寝そべりながら、呆然とつぶやいた。


 「量が多すぎです……」


 20人×20人×調べる要素。

 まあ、そうなるだろうとは思っていた。


 私とユーリスは、黙々と新聞を読んでは気になるところを紙に書き留めていく。

 書き込みすぎて字が読めなくなっている地図をちらりと見ながら、私はつぶやいた。


 「だいたい夜の20時から翌朝までに失踪。そのときは誰も見ていない。住所に偏りはない。住んでいるのは学生寮。置き手紙もない。直後に不思議に思う行動もない。年齢は24から18歳。男女問わず。ユーリスのほうはどうですか?」

 「うーん。みんなバラバラという印象かな……。共通して受けている授業とかはないけど、多いのはサイモン先生関係みたい」

 「魔学ですか。まあ、人が多い学部だからかもしれませんね」


 寝たままイリーナが私のほうへ頭を向ける。


 「さすが、名探偵ですね」

 「何がです?」

 「ずっとそうやっていられるのですか?」

 「ええ。調べることは好きですから」

 「やっぱり名探偵です」


 飽きたのだろうとは思った。私はユーリスに声をかけた。


 「そろそろご飯にしますか。……ユーリス?」

 「あ、ごめん、ファルラ。たいしたことじゃないんですけど」

 「何かあったのです?」

 「訃報欄が毎日出てるみたい。ほら。少ないときは2人、多いときは5人ぐらいかな」

 「これだけ人が多くいるのなら、学校で死ぬこともあるでしょう」


 イリーナがむくりと起きる。


 「それは少しおかしいのです。学生主体の学園都市ですから、老人は少なくて。だから、他の地域と比べたらそれほど訃報はありません」

 「なるほど。行方不明の子息は、案外お葬式にでも行ってるかもしれませんね」

 「ファルラ、それ、よくわかんないです」


 人差し指を唇に当てる。私のいつも考えるときの癖が始まる。


 「ユーリス。こんなときは逆から考えろ、ですよ。レッスン4でしたか」

 「コーデリア先生の?」

 「そうです」


 考えながら思いついた言葉をイリーナがつぶやく。


 「逆、逆……。失踪の逆ですか? うーん。戻る、やってくる、入る、とか?」

 「ああ、良いことを言いますね」

 「そうなんです?」

 「失踪が露呈しているということは、元々実在している人物だったということです」

 「そうですけど……」

 「では、入れ替わったあとの人間のほうはどこへ?」


 ユーリスが座っている私の後ろから抱きつく。ふっと吐息を漏らす。

 そろそろ寂しくなってきたのだろうとは思っていた。


 最近のユーリスはしきりに甘えるようになった。イリーナを意識したのか、それとも自分の最後を見てしまったからなのか……。


 「魔族なら食べちゃうかもよ? かぷっ」

 「んっ……。こら。あとでおでこをぺしぺしです、ユーリス」

 「ええー、せっかくかわいくねだったのに」

 「魔族は人を食うかもしれないですが、それはあまり得策ではありません」

 「そうなの?」

 「動機から考えましょう。なぜ、魔族は学生と入れ替わっている? 社会情勢を混乱させたい? それなら王都のほうが影響力があります。魔法学園での研究を盗みたい? それなら生徒より先生やその近辺にいる人間のほうがよいはずです」

 「じゃ、なんでだろう?」

 「未来ある学生にはいろいろ使い道があります。人質として。影響力として」

 「影響力?」

 「貴族は血縁社会です。そこに食い込むのがたやすくなります」

 「そっか……」

 「もうすでに入っているようです。王家にも食い込んできていましたし」


 ギュネス=メイの後ろ姿を思い出す。

 私はひとつの推理を口に出した。


 「きっと生きています。入れ替わった学生は、生きているほうが使い道がありますから」


 ユーリスはまだ背中にひっついて、体をシーソーのように揺らしながら私におぶさっている。

 甘えている、というか、わざとイリーナに見せている?


 そんな私達を見ながら、イリーナが少しいらっとした声を上げる。


 「どうするんですの、ファルラちゃん」

 「いずれにしても、この部屋から出られないとしたら外の力が必要でしょう」

 「外、ですか?」

 「ええ。ここはひとつ、私達の先輩を頼ってみることにしましょう」



■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」イリーナの部屋 ノベム小月(11月)3日 13:00



 「すげーな、イリーナんち」


 先輩は部屋のあちこちを感心しきったように眺めていた。

 だいたい19世紀ぐらいの文化だと思えば、この部屋は確かにすごい。

 ふかふかとした深紅の敷物、座りごごちがよくてつい寝そべってしまうソファー。華美な装飾が施された机とベッド。壁絵は宮廷絵画士が描いたと言う、月と星がまたたく明けの空。

 さすがの私も、ここが学生寮の一室だとはとても思えない。


 「私の部屋と違いすぎじゃね?」

 「先輩の部屋は物置でしたね」

 「ファルラ。泊めてあげて、それかよ」

 「いえ、真実を言ったまでで」

 「そうだけどさ。私はそれで納得してんだけどさ……。うーん、でも、納得できないな……」

 「そうなんですか? あれはあれでいい部屋じゃないですか」

 「お前な……。で、その恰好もなんなの?」


 ユーリスとイリーナ、そして私は、お揃いのジャケットにズボン、キャスケット帽までキメこんで先輩の前に並んでいた。


 「おしゃれ番長である先輩を迎えるためには、正装が必要かと思いまして」

 「まあ、いいけどさ。ここなら使用人が見るぐらいだろうし」


 先輩が黒い丸眼鏡をずらしながら、私を細い目で見つめる。


 「で、私を呼んだのは何?」


 二コリと微笑むと、私は務めてかわいらしく言った。


 「お願いがあるのです。先輩」



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次話は2022年10月27日19:00に公開!

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