第5話-終 悪役令嬢は助手の手をつないで歩く



 学園長が法廷の机に手をつく。颯爽とそれを乗り越えて、学生の前にすとんと降り立った。


 「ほう。反対だとしたら、どうするのです?」

 「こうだ!」


 体格のいい学生が怒りに任せて、法廷の傍聴席へ、持っていた剣を叩きつけた。何度も何度も憎しみをぶつけるように叩きつける。椅子は無残な形に変わっていく。

 どうだと言わんばかりに、その学生は学園長をにらみつけた。


 「なるほど。学生にしては、なかなかいいやんちゃぶりです。でも」


 それは瞬時のことだった。

 暴れていた学生の頭を学園長が片手でつかむ。ようやく気がついた学生が、両手でその手をつかんで引きはがそうともがく。でも、学園長の腕は動かすことはできない。


 「いたずらというには度が過ぎている。教育的指導が必要ですね」


 学園長が力を込めた。

 くちゃり。

 頭が吹き飛ぶ。

 辺りに緑色の血が飛び散る。

 学生達から短い悲鳴が上がる。あとずさる。


 「どうやら良くないものが混じっているようです」


 緑色に染まった手を振り払いながら、学園長が叫ぶ。


 「クリュオール先生」


 老婆がうなづく。

 その手から下げていた水晶が、激しく揺れた。


 「左から2番目、奥から3列目」


 そうクリュオール先生が静かに言うと、その場所にいた学生があわてて逃げだした。まわりの学生をとっさにつかんで、学園長に向けて放り投げる。足を滑らしそうになりながら、廊下へ戻ろうとする。


 パギャン!

 耳と目がはじけた。

 至近距離で雷が落ちたとわかったのは、彼女の授業を受けたことがあったから。

 私はその人の名前を叫んだ。


 「ハルマーン先生!」


 少し乱れた金髪をなでつけ、その女教師は詫びだした。


 「時間がかかりました。申し訳ございません。学生達がこの裁判をつぶそうとしていると連絡があったもので、隠密に対処していました」

 「では、この事態は?」

 「『見えない魔物』とは、こいつらのことです。うまくあぶりだせました」

 「なるほど。さすがは『雷光』です。仕事が早い」


 学園長が背広のすそを直す。片手を下に振り抜くように下ろす。とたんに黒い稲光をまとう魔法の剣が伸びて、その手に収まっていた。


 ほかの先生たちも法廷から傍聴席へと降りてきた。

 その目つきはみんな鋭かった。


 「ひ、ひぃ」と短い悲鳴を上げながら学生たちが逃げていく。手にしていたものを放り出し、足をもつれさせ、ぶつかりよろけながら逃げていく。

 ハルマーン先生がそれを見て走り出す。


 「良い。追うな」


 その大きな黒縁メガネに手をかけて直しながら学園長は言った。


 「誰かが片付けてくれる」




■王立魔法学園 特別法廷建物内の渡り廊下 オクディオ大月(10月)21日 14:00



 雨上がりの済んだ日差しが、渡り廊下を明るく照らしている。ここは法廷より暖かだった。その中を私とユーリスは手をつないで歩いている。先を行くイリーナと生徒会長を追いかけるように歩いていく。


 学生に乗り込まれた騒動のあと、学園長から「お前たちがいるといろいろ面倒になる」と、嫌そうに言われて追い出された。

 そのせいで、こうして法廷がある古い建物を抜けて、隣の講堂を目指していた。


 私は整った背中を見せているその人に声をかけてみた。


 「ありがとうございました、生徒会長」

 「君がいなければ私は贖罪の機会を失うところでした。助けるのは当然です。それにもう元生徒会長です」

 「いえ、私にはまだ生徒会長ですよ。この後はどうされるのですか?」

 「来月には国外追放になるようです」

 「残念です」

 「僕は人を殺めました。罰は受けないと」


 そう言う生徒会長をユーリスがじっと見つめていた。それに気がついた私は、ユーリスの手を少し強く握りしめる。

 生徒会長が立ち止まって、そんな私達へと振り向いた。


 「この手で誰かを助けられたらと思います。それがいま僕ができる贖罪ですから」


 品行方正。成績優秀。みんなに慕われる、そんな生徒会長。

 愛する親友のためにその兄を殺した男。


 やさしい眼差しでそう言う生徒会長に、私は複雑に思いながら、こう言うほかなかった。


 「立派ですよ、生徒会長は。まあ、昔からですが」


 それを聞いて生徒会長が微笑んだ。


 「ありがとう」


 後ろで人影が揺れる。私達が目指す方向から、学生たちが姿を見せた。5人ぐらいだろうか。みんなお揃いの深紺のベストを正しく着ている。「やっぱりここだった」「生徒会長!」とそれぞれが声を出す。それから私達へと駆け寄ってきた。


 「大丈夫、みんな生徒会の人間です」


 生徒会長の声で、ユーリスが上げかけていた手を降ろす。


 「どうしたんだい?」と生徒会長はたずねると、それぞれが言い出した。


 「私達、聞いたんです」

 「学園裁判に生徒会長が参加してるって」

 「だから心配になって……」

 「私達が何とかします」

 「辞めないでください」


 そう生徒会長へ熱っぽく話したあと、その人たちは私を冷ややかに見つめた。


 ……うーん。なんででしょうか?


 明るい茶色の髪を束ねたひとりの女子には、見覚えがあった。私は気軽に挨拶をした。


 「やあ、リディアさん。もうお悩みは解決されたのですか? あー。生徒会内部の風紀の乱れは、まだ続いているようですね。あなたも」


 そう言われたリディアは、とてもわかりやすく顔を赤くして怒り出した。


 「お前がいなければ!」

 「んー。なぜです? 逆恨みというものですか? だいたい生徒会長は、あなたにはなびきませんよ?」

 「嫌われ者のくせに!」


 彼女は持っていた袋を取り、床に捨てた。すでに手に握ってた黒い刃のナイフが、そこから現れる。

 素早かった。魔法で加速させているのであろう体の動き。私は弾む足と伸ばされる腕の動きをじっと見つめていた。

 まっすぐ飛び込んできたナイフをとっさに右腕で払いのける。


 ツッ……。

 痛みが走る。血が飛び散る。


 一閃!

 私のすぐそばに来たユーリスが見事な回し蹴りを決める。それを受けたリディアは吹き飛んだ。生徒会の学生たちがとばっちりを受ける。みんなリディアの下敷きになってしまった。

 痛みでうめいているリディアへ、ユーリスは泣きながら怒鳴りつけた。


 「お前達にファルラの何がわかるんだよ! 私達の何を……」


 体を起こしながらリディアがつぶやく。


 「わかるわけ、ないでしょ」


 リディアはナイフを探すが見つからない。

 彼女は仕方なしにベストの裏側からもうひとつ黒いナイフを取り出した。


 「早く殺さないと」


 「まあまあ」と言いながらイリーナが歩いてきた。

 ユーリスと私と、殺気立っているリディアのあいだに、割って入った。

 あいかわらず花を散らしたような笑顔で、リディアに話しかける。


 「ナイフをおしまいなさいな。あまりいい恰好ではありませんよ?」

 「イリーナ・ユスフ。なぜ、かばう」

 「だって。そのほうが面白いからですわ」

 「面白い? これが? あはは。死ねばいいのに」


 ゆらりとナイフを構えたまま、リディアは近づいてくる。


 「ナイフを私に向けているということは、我がユフス家に盾つくと言うことです。リディア・ロスティカさん」

 「それがなんだというの?」

 「あなたの家への融資総額は30億7000万ギアル。それに3000人の技師や作業者、ふたつのダンジョン発掘権利。すべて引き上げますが、よろしいのですか?」

 「……は?」

 「明日からあなたは路頭に迷います。あなたのご両親も妹も。本当にかわいそうです」


 それはユーリスに体を吹き飛ばされたよりも効いたようだった。

 手からナイフをぽとりと落とす。


 「……はは。子供の喧嘩でしょ? なぜ親が関係するのよ?」

 「子供? 私達は子供なんですか? 力を込めれば人殺しすら叶うのに」

 「……それが、どうした。お前だって親の下でぬくぬく暮らしているくせに!」

 「勘違いされていますわ。私はすでにユスフの家督を継いでいます。私にとってあなたへの脅しは、たんにいくつかの書類に署名して、一緒に切り盛りしている叔父様に『あの家はダメでした』と、笑いながらお茶を振る舞うだけで済みますわ」


 へたりこむ。「なんだよそれ……」とリディアがつぶやいた。

 生徒会長がナイフを蹴飛ばし、リディアを無言で立たせた。


 「人を殺せば後悔します。僕のように」


 それから生徒会の学生たちを起こして、叱責とこれからのことを指示していた。


 すぐそばでまだ殺気を立てているユーリスの手を引っぱる。


 「ほっときなさい」

 「でも……」


 イリーナが近寄って、切られた私の右腕へ手をかざす。


 「ファルラちゃん、大丈夫?」

 「少し痛いですね」


 ヒールの魔法を口に出すと、探るように何度か手の位置を変える。


 「呪いとかの付与はないようですわ」


 少し痛みが引いたところで、私は話しだした。


 「イリーナ。ああいう脅しはよくありません。もっと裏で手を回さないと」

 「もう、ファルラちゃんは。あの程度なら避けられたのに、どうしてです?」

 「彼女は痛みが想像できない人だと思いまして。私が痛がれば彼女はやってやったと胸をすくう思いに一生満たされるでしょうし」

 「お人よしすぎます」

 「それにユーリスとイリーナがいますから。怪我し放題です」

 「だめですよ。そういう無茶は」

 「無茶はします」


 無茶をしなかった結果が『グレルサブの惨劇』を引き起こしたのだから。




■王立魔法学園 賢者の小路 オクディオ大月(10月)21日 15:00


 落ち葉を踏みしめると、くじゅという水を含んだ音がした。

 古い石造りの校舎が立ち並ぶその小道には、いつかとは違う少し暖かい秋風が吹いていた。


 ずっとユーリスと手を握っていた。もう二度と放さないと思いながら。

 そのあとをイリーナが嬉しそうについてきている。


 うしろから呼びかけられた。


 「ファルラちゃん。結局『グレルサブの惨劇』とはなんだったのです?」

 「イリーナ、それはきっと面白くない話ですよ?」

 「ふふ。もう、それは言いません」


 イリーナも変わった。

 家督の話は私以外にしたことがなかった。

 その話を誰かにすれば、みんながすがりついてくる。あんな居酒屋なんか行けなくなる。


 少しせつない、もう取り戻せない何かを思いながら、ため息をつく。それから、ゆっくりと話を始めた。


 「イリーナは愛している人が人殺しを続けたり、ひどいことをしていたらどうします?」

 「止めますわ。すがってでも」

 「いいですね。それでこそイリーナです。私は母を止めることができませんでした」

 「お母さまは、そんな人だったのですか?」

 「少し雰囲気はイリーナに似ています。でも、目の前で連れてこられた同い年の孤児が、焦る母の実験で死んでいくのを何度も見ていたら、この子供と私の差は何なのだろうとずっと考えこむ羽目になりました」

 「グレルサブで、そんなことが……」

 「屋敷には地下牢がありまして。その挙句の果てに母はユーリスに殺されたのですが、そのときは正直ほっとしたのです。これで母は罪を重ねなくて済むと」

 「ファルラちゃん……」

 「さて、私も殺されようとしたら、ユーリスはかわいそうだなんだと言って私を殺してくれませんでした」


 ユーリスがぽつりとつぶやく。


 「だって初めてだったんだよ。自分から殺してくれって言われたの」


 ユーリスが私の手を少し強く握る。その気持ちが私を後押しする。


 「だから、人造神様に願ったのです。私を殺してくれと。ついでにこんな目に合わせた人々はみんな死んじゃえと。後で気が付きました。それは人類全体を意味していたんです。なにしろ人造神様を作らせたのは連合王国はじめ、魔族と対抗したい人類の意思でしたから」

 「待ってください。それなら違う魔法になったのではないのですか?」

 「ええ、そうなんです。みんな死んじゃえと願ったら、それは嫌だと拒絶されました。人造神様には自我と意識がありました。誤算でした。事故と言えば事故です。願いは爆発した。生き物は無限に生きようとした。ユーリスはそれを食い止めるため生命力を燃やす魔法を使いました。人造神様から魔力を奪いながら」


 嘘は「ユーリスとファルラは、人類を皆殺しにしたかった」。

 本当は「ファルラは、結果的に人類を皆殺しにしたかった」。


 嘘は「私は人造神様に吸収させた魔力で、強力なヒール魔法を使わせた」。

 本当は「私は人造神様に吸収させた魔力で、死を願った」。


 嘘は「ユーリスは人殺しのために生命力を燃やす魔法を発動させた」。

 本当は「ユーリスは厄災を食い止めるために生命力を燃やす魔法を発動させた」。


 本当は、あの場でユーリスを助けてくれた人がいた。

 本当は、私はあのとき記憶を取り戻した。探偵として思い出した。

 本当は……。


 「確かに私には殺意はありました。私をこんな目に合わせた人々、そして母を追い詰めた人々は死ねばいいのにと願いました」

 「ファルラちゃん……」

 「たぶん私はあの場で死ねばよかったのです。そうすればみんな幸せになりました。それがおそらく学園長の望みで……」


 ユーリスが手を引く。私を抱きしめる。

 唇を吸う。舌を入れられる。

 む、むふ?! むーっ!

 あわてて私はユーリスを引きはがした。


 「ぷはっ。な、なにを!」

 「そんなことをまた言ったら、ちゅーするぞ。むっちゃちゅーちゅーしちゃうんだから」

 「道端ですよ? 誰が見ているのかわからないのに」

 「お願いだから、ファルラは笑って。そんなこと言わないで……」


 私を抱きしめたまま、ユーリスは目を潤ませながら私を見つめる。


 「イリーナ、助けてください。すみやかに」

 「ファルラちゃん」

 「なんですか?」

 「票決になったら、私はどちらに入れると思っていましたか?」

 「今それを聞くんですか?」

 「ええ。ちょっと妬いているんです。だから、いじわるします」

 「ひどいですね、イリーナも。ああ。そうですね。決まってますよ、そんなの」


 私はふっと微笑む。


 「面白いほうです」


 顔がほころぶイリーナ。そして、私とユーリスの手を握る。


 「安心したらお腹がすきました。いっしょに何か食べましょう。そうですね。いい場所があります」

 「こないだのニッコミーの店は出禁になりましたよ」

 「ええっ! あれは先輩がやったことで、私のせいではないのですが……」

 「仲間だと思われているみたいです。ご飯をまた食べたかったですね」


 ユーリスが尻尾があればぶんぶんと振りまわすように、私にたずねた。


 「え、ご飯? 白い? あったんですか!」

 「ええ。しかも炊き立てでした」

 「ファルラ、ずるい! いっしょにピーマンの肉詰めが食べたかったのに!」

 「なぜ、ピーマンの肉詰め……。ここは酸っぱい酢豚一択です。そこはゆずれません」

 「ファルラはいつもそう。だいたいなんで酢豚なの?」

 「それはですね……」


 空には静かに高い雲が流れている。

 暮れかかる秋の陽射しの中を、私とユーリス、そしてイリーナが歩く。

 どうにもならない想いをそれぞれ抱えながら。

 それでも三人は笑いあって、しっかりと歩いていった。





■王立魔法学園 女子学生寮「赤薔薇のつぼみ荘」イリーナの部屋 ノベム小月(11月)2日 15:00


 ふかふかすぎる大きなソファーに腹ばいで寝そべりながら、部屋着のままで私はうめいた。


 「飽きました……」


 そんな私のお尻をメイド姿のユーリスがぺちんと叩く。


 「もう、だらしないです」

 「だって、ずっと閉じこもりきりなんですよ」

 「なかなか来ませんね。先生たちの決定」

 「そうなんですよね……」


 裁判が終わっても、学園外に出ることは禁止されていた。

 学園長は「少し待て」としか言わない。

 なら、ひさしぶりに学生生活を満喫しようと思ったら、「学園内をうろうろしていると、また襲われかねませんよ?」とイリーナが心配してしまい、結局こうして毎日だらけきって過ごしていた。


 ふう、というため息をつくと、これまた部屋着のイリーナが、一枚の紙を広げて見せた。


 「さあ、探偵さん。ちょっとしたお仕事をしませんか?」


 その無造作な紙に書かれた内容を目で追いかけながら読む。

 ……なるほど。


 私はようやく起き上がった。



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次話は2022年10月26日19:00に公開!

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