第5話-⑬ 悪役令嬢は法廷でむせび泣く
学園長はそれの姿を見て、怪しむように言う。
「部外者は立ち入り禁止だが?」
ドーンハルト先生が手を上げ、どっしりとした声をあげた。
「ワシが呼んだ」
「困りますね。事前に言っていただかないと」
「事前に言うと、問題が起きそうだったのでな」
「問題とは?」
「いろいろじゃよ」
「いろいろですか」
お互いが不思議そうに見つめる。
そこにはまるで感心がないように、ギュネス=メイは肩にかかった雨粒を払っていた。
苦々しく見つめていたコーデリア先生が、ついに我慢できなくなったように声を上げる。
「どういうことだ。ギュネス」
「いろいろありまして。ああ、それと。たいへん言いにくいのですが、今日でちょうど18年目でございます」
「そうか。案外早かったものだ」
18年目? 私が生まれる1年前から?
それはなんだ……。
ぽすりという音を立てて、コーデリア先生は席に着く。その姿は落ち着いているように見えた。
歩くギュネス。私はそれを目で追いかけていく。学園長の前に来ると、それは丁寧にお辞儀をした。
「申し遅れました。フォンクラム伯爵の家令をしております、ギュネス=メイと申します。ドーンハルト先生からご相談をいただきまして、コーデリア先生の助っ人を引き受けたく思っています。ミルシェ殿下からもそのようにと。こちらが、その書面にございます」
ふところから折りたたまれた紙を取り出し、それを学園長の前に差し出した。受け取って広げると、難しい顔をして学園長が悩みだした。
「しかし……」
ドーンハルト先生が言う。
「証人枠ということなら、なんら問題はなかろう」
「……そうですね。仕方ありません。良いでしょう。原告の介添えとして認めます」
王都にドーンハルト先生が出向いた用件は、これだったのか。
もし、コーデリア先生の味方であるとしたら、これで恐らく票は同数……。
学園長の差配で決まってしまう。
でも、本当に味方なのだろうか?
コーデリア先生は知らないようだし。
いったい何を考えて……。
激しい雨音が私の考えをかき乱していく。
いつのまにか目の前にギュネスがいた。立ったまま呆然としていた私に、とてもやさしい声を出した。
「不思議ですね。不思議と言わざるを得ません」
「どこかです?」
「人造神様が暴走したとき、ユーリス・アステリス、そしてファルラ・ファランドール様のふたりがいらした。最初の強力なヒール魔法は、人造神様がファルラ様の魔力を吸って放った。生命力を燃やす魔法はユーリスが発動させた。こちらで認識はあっていますか、ファルラ様?」
「ええ。その通りです」
「では、生命力を燃やす魔法の魔力はどこから?」
私は黙ってしまった。
それを見て彼は後ろにふりかえる。
「コーデリア先生、『発動した魔力の総量』とは、このふたつの魔法を足してのことですか?」
「……そうだとしたら?」
「ファルラ様だけの魔力があれば、じゅうぶんふたつの事が成せるということです。違いますか?」
「それは……」
「ああ、失礼しました。こんなものは簡単に聞いてしまえばいいのです」
ユーリスのほうへ歩き出す。前に立ち止まる。うつむいているその顔をのぞき込むようにして、ギュネスがニタリとたずねた。
「ユーリス・アステリス。お前は人造神様を経由して、ファルラ様の魔力の使ったな?」
嘘がつけない。
小さな声で、そう返事するほかなかった。
「はい……」
ユーリス……。
私はいらいらとこぶしを握り締める。
「もっと法廷に大きな声で! ファルラ様も共犯であるという自白ということで、よろしいのですか?」
私がはぐらかしてきた真実を、この魔族は……。
「さあ、言うのです。生命力を燃やす魔法とは殺意に他ならない。お前とファルラ様で人間どもを皆殺しにするため、力と魔術を使ったのだと!」
とっさにユーリスへ声を上げた。
「ダメです。いけません。私がなんとかします、ユーリス」
そう口に出した私を学園長が叱りだした。
「ダメということはどういうことです?」
「いえ……」
「答えなさい。私には『グレルサブの惨劇』を清算する義務があります」
「待ってください!」
「答えなければ、私にも考えがあります」
答え。答えね……。
ふふ、うふふ。
みんな間違っているのに。
なら、すべて間違えさせて決着をつけましょう。
クリュオール先生の前に私は歩み出ると、水晶を見つめながら話しかけた。
「ユーリスとファルラは、人類を皆殺しにしたかった」
水晶が揺れる。これは嘘。
「私は人造神様に吸収させた魔力で、強力なヒール魔法を使わせた」
水晶が揺れる。これは嘘。
「ユーリスは人殺しのために生命力を燃やす魔法を発動させた」
水晶が揺れる。これは嘘。
私は納得したように言う。
「なるほど。確かに聞いてしまえばよいですね」
ギュネスの顔がわずかに歪んだ。
学園長がじっと私を見つめる。
そう、これは正しい。そして一方では正しくない。
そうして私は、反撃の声を上げた。
「あ、そうです。そうなんです。いま気が付いたのですが、これはあきらかにおかしいのでは?」
「何がです?」
そう返事したギュネスをひょいと無視して、その向こうにいたコーデリア先生へと話かける。
「あなたはわりと魔族の味方です。これすら人類にあだなしているかもしれません」
「なんだと」
「すみません。コーデリア先生。教えてください。あなたは、なぜ、あの娘と?」
「……なに?」
「人造神様は人ではあったけれど、性別までは誰にもわからないんです。見ただけでは。そうですよね、サイモン先生」
私がサイモン先生に語らないようにとお願いしていたことを、いま話させた。
「直径1メートルほどのガラスの円管に入っている何かでした。中には、ほぼ人のものと思われる臓器が入っていましたが、性別まではわかりませんでした」
「なぜ、人だと?」
「魔力供給用に人の右手と思しきものだけ外に出ていました。だから私は、それは人だとは認識しました。コーデリア先生も見ているはずです」
「生徒会長、公判記録を貸してください。ほら、やっぱり。ずっとあなたは娘と言っている。どういうことなんです?」
コーデリア先生が立ち上がった。その怒声が法廷に響く。
「それがなんだと言うのだ!」
「なぜ、知っているんです、娘だと?」
「言い間違えだ」
「なぜ?」
「人だとみんなが言うから……」
「コーデリア先生にはお子さんがいませんよね。なぜ娘だと?」
コーデリア先生は焦った顔をしたまま、口を開こうとするが思い直して、また口をつぐむ。何度も繰り返す。そうして何も話せなくなった。
ふふ、うふふ。
「あなたが人造神様を産みましたね?」
それはまるでドラゴンにでも唐突に踏まれたような顔だった。
口を少し開いて、私を血走った目で見つめている。
動くのを忘れていたかのようだったけど、すぐに気が付いて怒声を放った。
「違う、断じて違う!」
水晶が揺れた。
先生たちが一斉にコーデリア先生へと目を向けた。
「ばかな! 違う、違うんだ……」
「お人好しな母に厄介事を引き取らせ、その成果を魔族に渡し、学園の先生に留まりながら、王族殺しに加担した。人類に仇なす『グレルサブの惨劇』を引き起こした動機は、じゅうぶんにあるのでは?」
「違う!」
「違うのですか。なるほど。では……。そうですね。あれは魔族の仕業だということですね」
「は? 待て、詭弁が過ぎるぞ」
私は腕組みをし、うろうろと歩きながら、コーデリア先生へと語り掛ける。
「そうですか? おかしいですよね。先生は犯人とは違うと言う。私やユーリスでもない。では、引き金を引いたのは、もう魔族しかいないのでは?」
「そうといえばそうだが……」
「人造神様を殺そうとしたら、ああいう惨事が引き起こされることは想定していた。だから、そのままユーリスに殺害をさせた。ほっとけば人類抹殺できたでしょうが、魔族領にも問題が起きそうになった。堰き止める意味でユーリスに生命力を燃やす魔法をかけさせた」
「でまかせを」
「そうですか? それほど矛盾はないように思えますが?」
くるりとその場を回り、ギュネスのほうへと振り向く。
いたずらをこれからしそうな微笑みを浮かべて、それに言った。
「さて、助っ人のギュネスさん。魔族について教えていただけないですか?」
「なに?」
「聞きたいのは魔族の目的です。なぜ魔族は人を襲うのです? あ、嘘はダメですよ。水晶が反応します」
「ハメたな」
「なら言いなさい。『グレルサブの惨劇』は魔族の仕業だと」
雨の音だけが、法廷を包んでいく。
トタトタという窓に雨粒がぶつかる音ばかりがする。
私が口を開こうとしたときだった。ギュネスは目を細めながら、それは低く、うめくように声を出した。
「我らが宿願は神殺し。あのふざけた女神どもを天界から一掃してやる。転生者はあの女神どもの仕業だ。まったく、どうしようもない。忌まわしき者どもだ」
「神殺しが願いなら、人を襲うのは筋違いでは?」
「神とは人が作り出し幻影。神に人が祈ると大概の者が思うがそれは違う。人が祈るから神が作られる。ゆえに神殺しとは、人類の抹殺にほかならない。……と、魔族は言うでしょうね」
「そんな真意を話したら、魔族はどうなってしまうのです?」
「死、あるいはそれと同等の刑罰」
「なるほど、なるほど。それはたいへんですね。なぜ秘密にしているのです?」
「人は祈るだろう。さらに魔族を退治しろと。神が殺されようとしていると。その祈りが余計に神を強くさせる。どんなことでもできるようにさせてしまう」
「いやー。それは本当にたいへんですね。でも、まあ。人は魔族に負けませんが」
悔しそうに私を見つめるギュネスを無視して、学園長に手を広げて訴える。
「どうです、学園長。『グレルサブの惨劇』は魔族が敵意を持って私達に行ったのです。ユーリスではありません」
学園長の険しい顔はそのままだった。
「それはどうだろうか」
「学園長、これまでも説明したように……」
「ファルラ。詭弁を弄するには、真実を理解しなくてはならぬ。お前はどこまでわかっている? そして、どこまで話している?」
「それは……」
甘く見ていた。
見抜いている。
「たとえ弾だろうが、銃そのものだろうが、私はすべてを罰せねばと思う。これまでの話を聞けば、ユーリス・アステリスが、その一部であることは揺らぎがない。ギルファ・ウェアデラ、コーデリア先生、ここにいる事情を理解していた先生たち、魔法学園、魔族、王家、すべてが等しく罰を受けるべきだ」
「はい、それは。でも、ですね……」
「そしてお前もだ。ファルラ・ファランドール」
学園長が刺すように私を見つめる。
「お前はなぜ人造神様に魔力供給をした? 何を願った? 母の何を見ていた? 何に絶望した?」
「それは……」
「殺意があったのは魔族ではなく、お前ではないのか?」
逃げ道がない。
私は目を脇に泳がせる。
「ファルラ……」
「情けない声を出さないでください、ユーリス」
沈黙が続くなか、私は必死に考えていた。
学園長との対峙。これを避けたかったのに……。これだけはしたくなかったのに……。
どうすればこれを切り抜けられる。
どうすれば……。
「待て、ファルラ。ひとつ聞きたい」
コーデリア先生が声をあげた。私は思考を邪魔され、面倒そうにそれへ応えた。
「なんでしょうか?」
「お前は死ぬ間際、どうしていたい?」
「なんです、急に?」
「いいから答えろ」
「……ユーリスの手を握っていたいです」
「良い。私も同じだった。それが成せぬと知って、代わりに何かを残したかったのだ」
「残すとは?」
「この公判記録は必ず残る。やがて公開されれば、多くの人に伝わり、消えることはない」
「それが動機でしたか。えらいもの騒がせな母への返事ですね」
「ああ、ずっと届かないが、この世界には残る。ギルファへの私の想いが。話せなかった真実が」
コーデリア先生の右手が崩れていく。
白い灰のようになって、上へと立ち上っていく。
「早かったな。今日できっかり18年だ。魔族の血を分け与えられてから」
「先生……」
「ユーリス、見とくがいい。お前の最後もこうなる。ああ、そうだな。あまり痛くはない」
雨は上がっていた。
窓辺から降り注ぐ柔らかい陽射しが、冷たい法廷を温かく照らしている。
寂しく笑うコーデリア先生にも、救いのようにそんな陽が当たっていた。
私に残っている左腕を差し伸べると、崩れかかった先生は私へ願った。
「抱きしめてくれないか。つらいときはぎゅーだろ。ギルファはそう言っていた」
とまどった。躊躇した。
だって、さっきまでユーリスを、私を……。
ユーリスが私をまっすぐ見つめて声を上げた。
「ファルラ。コーデリア先生をいま抱きしめないと一生後悔するよ」
そう、だね……。
もう時間はない。
私はうなづいた。
前に歩いた。
ゆっくりと抱きしめる。
その体は暖かだった。母と同じだった。
「娘がちゃんと人であれば、お前のように育ったであろうな」
「そんな目で私を見ていたのですか?」
「ギルファと私の子供なんだよ。そうずっと思っていた。ふたりとも」
「母を本当に慕っていたのですね」
「彼女は本物の天才だった。元々は逆だったのだ。お互いの研究を取り換えたのだ」
私を抱きしめていたその左腕がぼたりと落ちる。それは床に落ちる前に崩れて灰となり、ふわりと舞い上がった。
「莫大な支援の成果として、娘を衆目にさらすことはできなかった。ギルファが娘を引き取ってくれた。だから外へ出奔できるようにふたりで示し合わせた。追い詰められていたのは私とギルファ、両方だ。あとはお前が言う通りだ」
先生の顔が少しずつ崩れて灰へと変わっていく。
「これで私の授業は終わりだ。不出来なお前には宿題を出しておく」
「宿題?」
「ユーリスの命を繋ぎとめたければ、グレルサブへ行け。すべてはグレルサブにある。探すんだ、ファルラ。愛する人を守ってくれ。私が成せなかったことを……」
「先生……」
愛する子供へ向ける笑顔。やさしい眼差し。
それは、ひらひらと消えていく。
消えてなくなる。
「先生はバカです。大バカ者です。ほかに方法があったでしょうに……」
そのひとかけらが消えていく。天へと舞い上がっていく。
みんな押し黙っていた。
何かを振り払うように学園長が小槌を叩いた。
その乾いた音が冷たい法廷に響き渡った。
「原告死亡につき、学園裁判を閉廷する」
「……ユーリスは?」
「疑義不十分で解放する。もはや自由だ」
学園長がユーリスを指さすと、パチンと音がした。ユーリスの手首を縛っていた枷が床へと転がり落ちる。
手首を軽く擦ると、ユーリスは立ち上がった。私へと歩いていく。抱きしめる。そして、私の頭を撫で始めた。
「泣いていいんだよ、ファルラ」
「嫌です」
「ほら。意地を張らない」
「嫌ですっ!」
「もう、ファルラは……」
ユーリスにすがりついた。
がまんしようとした。泣くのは私と戦ったコーデリア先生に失礼だと思った。
でも、止まらなかった。
震える声を出しながら、私は泣き出した。
そんな私をユーリスは、やさしく何度も撫でていた。
「勝てる裁判だったよ」
ギュネスがくるりと法廷に背を向ける。ドーンハルト先生がそれを呼び止めた。
「待て、どこへ行く」
「当ててみたら、いかがですか?」
「せっかくワシが呼んだのに」
「ここに来るべきではありませんでしたね」
「それは申し訳ないことをした。ああ、そういえば。礼がまだじゃった」
ドーンハルト先生の低く重い声が響く。
「北方では世話になったな」
ギュネスは軽く手を上げ、立ち去っていく。
扉の前に立つ。少し躊躇した後、重い音を立ててその扉を開いた。
入れ替わりに大勢の学生が雪崩のように入ってきた。
皆それぞれ不揃いな兜をかぶり、粗末な剣や棒を振り上げて、大声を出していた。
「「「密室会議に我々は断固反対する!」」」
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作者が「コーデリア先生~!」と泣きながら喜びます!
次話は2022年10月25日19:00に公開!
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