第5話-⑫ 悪役令嬢は法廷で恩師を追い詰める


 驚いた先生達が、サイモン先生のまわりに集まりだした。大柄なミュラー先生が見下ろし、サイモン先生の肩を手でつかみながら言う。


 「いないって、どういうことだ、サイモン」

 「今朝から行方不明らしいです。教師寮に行ったのですが、扉をノックしても反応がなくて。念のため寮母に扉を開けてもらいましたが、どこにもいませんでした」

 「研究棟や職員棟は回ってみたのか?」

 「ええ。その場にいた何人か聞きました。誰も見ていないそうです」


 「それは困る。彼女の能力がなければ学園の統治は難しい」とドーンハルト先生が険しい顔で言う。

 「205校舎の水道栓の形など、誰がわかるものか」とゼルシュナー先生がうなだれる。

 「駆け落ちでもしなさったかね」とクリュオール先生が少し笑う。

 「彼女に依存していたツケがまわったのだ」とミュラー先生が少し怒ったように言う。


 悩み出す先生達と、その輪から一歩遠のいて眺めている学園長。

 雨音がどんどん強くなってくる。


 私は先生たちに聞こえるように声をあげる。


 「見えない魔物にやられたのでは?」


 先生たちが一斉に私のほうを見る。

 イリーナが興味深そうに私を見つめる。

 私と反対側の原告席にいたコーデリア先生は、そんな先生たちを立ったまま無表情に眺めていた。


 最初に口を開いたのはミュラー先生だった。


 「あれは『雷光のハルマーン』だぞ? 条件次第では私すら負ける化け物だ」

 「でも、実際にいないのです。ハルマーン先生が遅刻するのはとてもめずらしいことです。何かはあったのでしょう」

 「何かとは何だ? 魔族か?」

 「さあ。でも、ここにいないのは事実です」

 「ぬう……」


 学園長が静かに口を挟んだ。


 「クリュオール先生」

 「占いで居場所がわかっていれば、とっくに言っておるわ」

 「どういうことですか? 先生の占術で引っかからないとは」

 「何かが妨害している。自分で痕跡を消してるかもしれんがの」


 近づいてきた生徒会長が「学園長」と声をかけると、険しい表情で事実を伝える。


 「このまま欠席で同票となれば、学園長が決を取らざるを得ません。日程をずらすべきでは?」

 「いや。裁判の妨害が目的としたら、私達が負けるわけにはいきません。この後は、各自で身辺警護を強めてください」


 8人と学園長がユーリスの未来を決める……。


 票をどちらに投じるか読めない人が減れば、未来を見るのはたやすくなる。

 でも、揺さぶることができない学園長の裁定にもつれこむ可能性が高まる。


 ――さて。コーデリア先生はどんなカードを切るのでしょうか。


 ふふ、うふふ。


 学園長が手を上げ、扉に向けて強く言い放つ。


 「開廷します。被告人を連れて来なさい」




■王立魔法学園 特別法廷「天秤の部屋」 オクディオ大月(10月)21日 10:30



 学園長が木づちを2回叩く。激しい雨の音がそれに混じる。

 私は顔を上げ、席を立つ。


 「それでは弁護人ファルラ・ファランドール。被告に質問を」

 「ありがとうございます」


 歩きながらユーリスのそばに行く。このまま抱きしめたくなる衝動をぐっと手を握ってこらえる。

 私は何でもないようなおだやかな表情を作って、ユーリスへ質問を始めた。


 「ユーリス、体調は大丈夫ですか?」

 「あまり寝られないぐらいです」

 「そうでしたか。私も今朝は寝られませんでした」

 「同じですね。私達は」

 「そうですね。同じですよ」


 苦々しげに私達を見つめている先生たちに、手を広げて私は訴える。


 「そうなんです。同じなんです。私達は全員同じ罪をそれぞれ背負っています。でも、それでも、です。この中で明らかに殺意を強く持って、すべてを操っている方がいます」


 みんなに聞こえるように、私はやさしくゆっくりと言い始める。


 「まず、わかりやすいように、事件の構造を雷銃のように思いましょう。

  実際に母達を殺めた実弾がユーリス。

  銃を作ったのが母と魔族。

  銃を作らせたのは学園と連合王国。

  では、引き金を引いたのは?」


 先生や生徒会長、イリーナが私を注目する。

 射るような探るような視線をとても深く感じる。


 ……良いですね。推理ショーはこうでなくては。


 口元に人差し指を当てながら、私はその先を言う。


 「それはですね……」


 ふふ、うふふ。


 「コーデリア先生しかいないんです」


 机をドンと叩いて、烈火のごとくコーデリア先生が怒る。


 「異議あり! 特定の人間を証拠もなく犯人に仕立てようとしている!」

 「半魔のあなたが何を言うのです?」

 「なんだと! 半魔であろうと罪がない者には罪はない」


 ふふ、言質を取りました。

 ユーリスが半魔であることは罪と関係ない。

 私はわざと怒ったようにわめく。


 「私を殺そうとしてたくせに。殿下たちに手をかけるようなことして、『グレルサブの惨劇』にはかかわっていないと?」

 「かかわるわけがない! かかわっていたら、私は……」


 カッカッ。

 裁判長が木づちを叩く。


 「異議を却下します。話を聞きましょう。ファルラ・ファランドール、続けなさい」

 「ありがとうございます、学園長」


 私は優雅に会釈をし、コーデリア先生のそばにゆっくりと歩いていく。


 「さて、動機です。さかのぼれば薔薇園を追い出したときからコーデリア先生には動機があった」

 「そんなものはない」

 「母からの手紙をお持ちですよね」

 「それがどうした」

 「持ってきていますか?」


 コーデリア先生がかばんを机の上でひっくり返す。どさりと手紙の束が何個も落ちてきた。


 「これはユーリスが有罪である証拠でもあるぞ。ユーリスが作られた過程が書かれている。そしてもうひとりの娘のことも」

 「なるほど、母はそんなものを送っていたのですね」

 「知らなかったのか?」

 「いえ、中身までは。ほぼ毎日のように母が郵便を送っていたのは見ていましたが」

 「憶測で、手紙のことを話していたのか?」

 「いえ、推理です。事実を元に導き出した答えです。ほら、だいたい当たっているでしょう?」

 「ああ、そうだな。そうだとも。そして、書いてあったよ。ここには」


 先生の焦った顔を見て、私は少し嬉しくなってきた。

 ……やっと本当のことを話してくれそうです。コーデリア先生は。


 「ファルラ、いいか? 手紙の文面にはこうあった。あの娘には、さほど魔力はない。人並みに近い。願いを叶わせるには莫大な魔力が必要だと」

 「なるほど」

 「お前はユーリスではなく、災害を引き起こした娘のほうに魔力供給をしていたな!」

 「ええ。それが?」

 「は……。それが、だと?」


 ぽすっとコーデリア先生が席に力なく座る。


 ――最強のカードはこれでしたか。ふむふむ、なるほど……。


 私はしたり顔で説明をゆっくりと始める。


 「今回の魔法は2種類がありました。最初は強力過ぎて体がおかしくなるヒール。そして、過剰過ぎた生命力を燃やす魔法。私は最初の強力なヒールのほうに魔力供給しました」

 「なんだと? お前は罪を認めるというのか?」

 「まず、母は神様を作りました。人造神様と呼んでいたそれです。これは私が生まれる前のことです。

  なんでそんなものを作ったのか、母にたずねました。『ふと思ったの。どうして魔族と人は仲良く暮らせないのかなって。そんな願いを聞き入れてくれるのは神様しかいないよね』とにこにこしながら答えてくれました。そこで地上に神様を作り出し、『みんな仲良く』と願うことにしたそうです」


 先生たちがぼやきだす。


 「ああ、あれはそういう奴だ」とミュラー先生。

 「脳みそに花が咲いてるとか言われとった」とゼルシュナー先生。

 「わかります……」とサイモン先生が苦笑いする。


 わかる……、みんなわかるよ……。

 母はそういう人でした。


 私はそれを言葉に出さずうなづくと、コーデリア先生に顔を合わせた。


 「さて、コーデリア先生。ここからは推理です。考えをお伝えしても?」

 「ああ、無論だ」

 「生み出されたもの。人造神様。それを見てコーデリア先生は怖くなった。すさまじい化け物だった。ついていけなくなった。違いますか?」

 「違う……」

 「だから追い出した。でも、母は思い違いをした。その一方通行のラブレターのようなものには、きっと『研究をまた一緒にやりたい』『よりを戻したい』的なことが書かれていたことでしょう」

 「それは……」

 「あなたはさらに怖くなった。そして魔族の力を借りた。魔王アルザシェーラに伝わるように魔族へ言ったはずです。地上で神様を作っている奴がいると。アルザシェーラは信じた。その成果はユーリスを見ても明らかでしたし」


 コーデリア先生がユーリスをちらりと見た。


 「結果的にユーリスにそれを殺させようとした。母は死に、人造神様も殺そうとしたが生きようと自分自身に願って惨事が起きた。私は人造神様に魔力を吸われて一度死にました。まあ、それをユーリスが助けてくれましたけれど」


 うつむきだしたコーデリア先生を見ながら、私は声を上げる。


 「いいですか。あなたが犯人なんです。

  あなたが引き金を引いたんです。

  怖かったから、すべての引き金を引いたんです。

  違いますか?」


 何も答えない。


 「コーデリア先生。本当のことを言ったほうが良いのでは?」


 コーデリア先生は下をうつむいたままでいた。

 これ以上痛い腹を探られたくはないはず。

 母とコーデリア先生がどんな関係にあったかなんて知ったこっちゃない。


 私が目指していたのは、コーデリア先生が訴えを取り下げ、この裁判自体を無効化すること。

 そしてユーリスが半魔と知られても、罪がなければ裁けないという事実を作ること。


 もう少しで、コーデリア先生は折れる。

 もう少しで……。


 突然、重い木の扉が音を立てて開かれた。

 思わず振り向いた。見つめた。


 足音をコツコツと響かせて、それは言った。


 「それは、いささかフェアではないのでは?」


 にやにやとするその顔に、私は呆然と言葉を漏らした。


 「ギュネス=メイ……。なぜここに……」



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次話は2022年10月24日19:00に公開!

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