第5話-⑪ 悪役令嬢は先輩の家で丸くなる
ふたりで座ればいっぱいになる、そんな小さな空間で、私はしばらく思案していた。
先輩はというと、立膝をついて頬杖をしながら、横にいる私をただむっつりと眺めていた。
少し寒かった。借りていたコートは生徒会長に返してしまったし……。
震える私に気づいたらしい。先輩は立ち上がると、手近な箱をごそごそと漁りだした。
「あった。よいっしょっと」
毛布を箱から引きずり出す。それといっしょにボールやら木彫りのドラゴンやらが飛び出して、ぽろぽろと落ちてきた。
「これ使って。柄が微妙だけど、あったかいよ」
「虫とかいませんよね」
「失礼だな」
先輩が後ろの窓をばたんと開ける。冷たい風が吹き込んできた。
外に毛布だけ出して、ばたばたとはたくと、先輩は「ほい」と毛布を手渡してくれた。
その毛布にくるまりながら、私は「ありがとうございます」と先輩にちょっとだけ礼を言う。
「こんなんだから一緒に寝ることになるけどさ。私はユーリスやイリーナみたく抱きごごちはよくないよ」
「それは求めていません」
「あはは、そうかい。傷つくぞ、それ」
その困っていた顔が、なんだか少しおかしかった。
ぷふと笑うと、私は先輩にたずねた。
「先輩はいつも理由を聞きませんね」
「聞いてどうするんだよ。お前たちの問題だし」
「そうですね……」
聞いて欲しくもあり、聞いて欲しくもなし。
どうしようかと思っていたら、先輩はこんなことを言った。
「ひとりごと、言えばいいんじゃないのかな」
「ひとりごとですか」
「うん。それなら聞いたり聞かなかったり、してあげるよ」
「いいですね。それ」
自分の手をじっと見つめる。それから思っていたことを話し出した。
「イリーナは、ユーリスに有罪の票を入れるかもしれません」
「お前なあ、親友だろ。信じてやれよ」
「あれ。ひとりごとに突っ込むのですか?」
「言われたら言うさ」
「ふふ、そんなとこが好きですよ」
「そうかい」
先輩が少しむくれている。それを気にせず、私は続きを話した。
「信じられないところが一点出てきました。手紙を受け取ったのです」
「そりゃ、来たら受け取るだろうよ」
「それは外部とも連絡できるということです」
「おいおい、亭主が浮気しているのを見つけたような口ぶりだぞ。被害妄想じゃないのか?」
「私は王国劇場の女優宛に一通の手紙を送りました。この文面のままこの宛先に送り返してほしいと」
「ああ、それで?」
「先生方がこういう動きをしているという文面に差し変わっていました」
「どういうこと?」
「誰かが手紙の中身を入れ替えています。もしイリーナがそれを読んでいたら。すでにもう読んでいたら。私は思います。イリーナはもう誰かのコントロール下にあると」
「はあ……」と、どうしようもない生き物を見たときのように、ため息をつく先輩。私に呆れたように言う。
「まあ、いいけどさ。イリーナは、たとえ恋敵であったとしても亡き者にするなんてことは、ないと思うぞ」
「彼女にとっては面白いことになればいいんです。うっかり有罪に票を入れてしまうことはあり得ます」
「友達が苦しむのを見ることは、イリーナにとって面白いことになるとは思わないけどね」
「イリーナだって変わるんですよ」
「そうかい。それなら私も変わってるかもしれないぞ」
「そうですね。私を襲わないようにしてください」
「バカいえ。寝ろ。いますぐ寝ろ」
「すみません。お借りします。対価は払います」
「つけとくよ。この裁判が終わったら、まとめて返してもらう」
「ありがとうございます。先輩」
「いい夢を見な」
「はい」
毛布をかぶって猫のように体を丸めると、目をぎゅっとつむる。
今日だけでいろいろあった。
疲れてはいるけれど……。
法廷の被告席にいたユーリスは、少しやつれていた。
ちゃんと眠れているのだろうか。
一緒にいたい。ずっと、一緒に……。
それだけなのに……。
どうしてこうも……。
寝てしまったら何か罰を受けるような気がして、なかなか眠れなかった。
うっすらと目を開ける。
先輩は窓際に腰かけて、外を眺めていた。
異国の歌を口ずさむのが聞こえる。この世界でも転生前の記憶にもない曲。聞いたこともない言葉。
それは私への子守唄のように聞こえた。
革袋に突き刺したストローのような細い筒に口を付けて、ときどき何かを吸っている。それから彼女は月を見上げては、少し楽しそうに微笑んでいた。
■王立魔法学園 特別法廷「天秤の部屋」 オクディオ大月(10月)21日 10:00
大雨だった。法廷の長い窓には、灰色の空が映し出され、そこに大粒の雨が降り注いでいた。ときおり遠くから雷鳴が聞こえる。
先生たちは少しあわてていた。時間になってもハルマーン先生がやってこない。この雨のせいだと思ったサイモン先生が、直接家まで迎えに行っていた。
ユーリスはいない。開廷されるまで法廷には連れて来られない。さて、どうしたものかと、なんとなく席に座って頬杖をついてるときだった。
「ファルラちゃん」
見上げたら、イリーナの心配そうな顔がそこにあった。
私はなんと言っていいのかわからず、その顔をただ見つめ返す。そうしていたら、イリーナが堰を切ったように話し出した。
「どこへ行ってたのですか? 心配したのですよ? 何人かの家の者と一緒に探したのに、見つからなくて。生徒会長は大丈夫としか言いませんでしたし。もし魔族と……」
「いろいろです。いろいろですよ、イリーナ」
「面白くありませんわ」
「そう言えばいいのは、さぞ楽でしょうね」
「ファルラちゃん、私は……」
雨に触れたコートをバサバサとはたきながら、サイモン先生がやってきた。
「いない、いないんだ。ハルマーン先生がどこにもいないんだ」
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次話は2022年10月23日19:00に公開!
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