第5話-⑩ 悪役令嬢は先輩に泊めさせてくれと頼む


■王立魔法学園 学園大通り「静かな娘の通り」 オクディオ大月(10月)18日 22:00


 夜の魔法学園は、冷え冷えとしていた。魔法による街灯が、行き交う人々を青白く照らしていて、余計に寒そうに感じられた。

 何か羽織るものを持ってくれば良かったと後悔していた。ユーリスがいてくれたら「今日は寒くなるから、この花柄のストールを持っていったほうがいいよ」と笑いながら持たせてくれたはず。そんなことを考えていたら、心まで冷えていることに気がついた。


 大通りをまっすぐに歩く。イリーナに誘われて行った市場と違い、学生向けのジャケットとか、授業で使う文具とか、そんなちゃんとしたものを並べている店が多い一角だった。

 すっかり冬物ばかり並ぶ服屋の角を曲がると、その人は腕組みをして壁に寄りかかりながら、私を待っていた。


 「生徒会長、お待たせしました」

 「今日はどうしたのです? 法廷から急にいなくなって」

 「ちょっと用事があったのです」


 連れていくことはできなかった。

 私がどうやって先生を篭絡しているか、知られたくなかったから。


 「……その恰好、寒くありませんか?」

 「いえ、おかまいなく……、って、あれ、あ、大丈夫ですよ?」


 着ていた長めのコートを脱いで、生徒会長が私にぽすっとかぶせた。


 「風邪をひかれたら、ユーリスに怒られてしまいますから」

 「そう、ですか」


 コートをぎゅっと握りしめる。


 暖かいな……。


 いけません。

 ユーリスがいないと、心が弱りますね……。


 「ファルラさん、歩きながらでいいですか?」

 「はい。その。見張りの方は?」

 「30分ぐらいは、なんとかなるでしょう」

 「悪い人ですね」

 「ふふ、まったくです」


 表通りから一本外れた、小さな川沿いをふたりで歩きだした。黒い流れに月の光が流れていく。人はまばらに通り過ぎ、みんな少し急いでいるように思えた。


 「先ほど、無事に生徒会長を辞めさせられました。学園裁判終了と同時に、私の学籍ごと剥奪されます」

 「おめでとう、というべきですか?」

 「わからないですね。ただ、みんなの目がおびえていました」

 「何しろ人殺しですから」

 「僕のことは怖くないのですか?」

 「ちっとも。昔より親近感が湧いています」

 「うん? どうしてですか?」

 「いまユーリスに対して私がやっていることは、生徒会長がジョシュア殿下を思ってやってしまったことと、本質はそう変わりませんから」

 「好きなんですね」

 「ええ」


 川の流れと同じように歩いていた。

 ときおり冷たい風が吹く。貸してもらったコートを引き寄せながら、私達はただ歩いていく。


 「生徒会長。サイモン先生とクリュオール先生をこちらに引き込めました」

 「残りは5人ですか」

 「いえ、そのうち2人はおそらくコーデリア先生の手の内です」

 「誰です?」

 「ミュラー先生、そしてゼルシュナー先生」

 「ゼルシュナー先生? あの場では証拠の不全性を指摘しているだけに思えましたが?」

 「だからですよ。揺るぎようがない証拠をコーデリア先生から提示されたら、それで終わりです」

 「そんなものをコーデリア先生は用意できるのですか?」

 「しますよ。私が必殺のカードを見せたのですから、隠していたものを出すでしょう」

 「当時の研究レポート?」

 「そして母からの手紙です。法廷で開示してくることでしょう。私を追い詰めるために、手紙の内容を抜き出して、ユーリス、そして私がやったことに仕立てるはずです」

 「そうであっても、私は君の味方です」

 「ええ。そうしていただければ」


 歩きながら指で数を数え、それを生徒会長に見せる。


 「いまの票は、こんな感じです。

  私達のほうには、イリーナ、生徒会長、サイモン先生、クリュオール先生。

  コーデリア先生のほうは、ミュラー先生、ゼルシュナー先生、コーデリア先生。

  残りはドーンハルト先生、ハルマーン先生、そして学園長」

 「まだ、ひとり勝っているね」

 「いいえ、ひとりしか勝っていないと見るべきです。誰かが寝返ったらそれで終わりです」

 「ハルマーン先生とドーンハルト先生を引き込めたら、少しは安心できるのだけど……」

 「むずかしいです。ハルマーン先生は学園長の片腕として動いていますし、学園のために働く人ですから」

 「うん。知っているよ。生徒会でもお世話になっているから。実質的に学園を動かしているのはハルマーン先生だろうね」

 「だから、どちらに票を入れるかわかりません。どんな工作をしても、学園のためにならないと先生が判断したら、それまでです」

 「ドーンハルト先生は?」

 「よくわかりません。裁判では一言もしゃべりませんでしたし。つかめないです」

 「生徒会の人間に動向を聞いたら、最近王都に行ってたそうです」

 「なるほど。それは、なんでしょうね……」


 足を止める。

 入り組んだ暗い建物の谷間に、遅れて別の足音が聞こえてきた。


 「つけられていますね」

 「だから、こうして歩きながら話しています」

 「それでも、あまりよくはないでしょう」


 ふいに気配を感じた。

 近づいてくる。


 「誰です?」


 そう言いながら振り返る。


 「よっすー、ファルラ―」

 「なんだ、先輩でしたか」


 暗闇の中から這い出るように先輩が姿を現した。


 いつものようにジャケットを着こなし、すらりとした姿だった。

 夜なのに愛用の黒い丸眼鏡はそのままかけていた。

 そんな姿とは裏腹に、先輩は困ったように私達へ話しかけた。


 「仕込みはしたんだけどさ。これはなかなかむずかしいな」

 「先生達のことですか?」

 「うん。それでもさ、ひとりの先生はたぶらかせたよ」

 「たぶらかしたって。どんな手を使ったのです?」

 「教えない」

 「ひどいですね、先輩」

 「先輩という生き物は、すべからくそんなもんさ」


 んふふ、と先輩が笑う。


 この人は……。

 でも頼れる人ではある。


 私の顔を見ると、少し真剣さを取り戻して先輩が私に聞く。


 「ユーリスを取り戻したいんでしょ? かわいい後輩の頼みだ。なんでもするさ」

 「……ありがとうございます」

 「いいよ、私は。対価が得られたらそれでいい。でさ」

 「なんです?」

 「聞きたいんだ」


 先輩は丸眼鏡を少しずらすと、その金色の瞳で私を射るように見る。それから興味深そうに私へたずねた。


 「お前とユーリスの仲はなんなの? ただ、好きなだけじゃないよね、それ」

 「好きなだけですよ」

 「あのやんちゃしかないメイドの、どこが好きなんだよ?」

 「何かやらしては笑ってばかり。どや顔して失敗ばかり。私におでこを叩かれてばかり」

 「それって恋愛の感情じゃないよね」

 「私にはよくわかりません。この感情はとても複雑なものです。それでも一緒にいたいのです。離れることは許されません」

 「そうかい。まったく……」


 生徒会長のほうをじろりと見ると、先輩はずらした丸眼鏡を元に戻しながら言う。


 「そういやイリーナはどうした? 君らいつも一緒じゃん」

 「ああ。そうですね。そうなんです。先輩、3日ほど泊まらせてもらえませんか?」

 「はあ? どうした、急に?」

 「イリーナと微妙にぎくしゃくしてしまいまして」

 「なんだいそりゃ」


 生徒会長が心配して声をあげる。


 「何かあったのですか?」

 「ええ、ちょっと。意見の相違というものです」


 頭を掻きながら先輩は言う。


 「うち狭いよ? ほかの人のところがいいんじゃないのか? それこそハルマーン先生とかクリュオール先生に泣きつくとかさ」


 月明かりに照らされながら、私は人差し指を口元に当てると、こう言った。


 「いえ、先輩のところがいいのです」



■王立魔法学園 学生寮3号棟「アンダーダック幽水荘」209号室 オクディオ大月(10月)19日 0:00


 「なんですか、ここ」


 箱だらけだった。


 何百年前に作られたのか、わからないような古い学生寮。ほぼ打ち捨てられたようなその古い部屋には、いろいろな木箱が天井まで大量に雑然と積まれていた。

 呆れていた私に、先輩はむすっと言う。


 「人に寝かせろって言って、それかよ」

 「おしゃれ番長なのに、こんな部屋だったとは」

 「仕方ないだろ。いろいろ取引した結果なんだよ。私にとっては勲章みたいなもんさ」

 「じゃ、これは不良在庫品の山なのですね」

 「不良かどうかは、人によりけりさ。ま、入んなよ」


 そういうと先輩は、体を横にして、わずかに入れるほどの箱の隙間を先輩は通っていく。


 「入んなよ、って言われても……」


 私も先輩に習って隙間に体を滑り込ませる。「胸がつかえる」と言ったら、先輩は怒るだろうか。


 「先輩、このままだと床の底が抜けますよ」

 「建物は石造りだから大丈夫じゃないかな」

 「そういう問題じゃ……」


 箱に囲まれた小さな空間に私達は出た。前には少し大き目の窓があり、その下には布団ぽいものが落ちていた。

 その上には瓶のふたやら、よくわからないものが、ごちゃごちゃと落ちていた。


 「ここで寝るんです?」

 「そうだよ? だから、言ったのに」


 私は、その布団のようなものに、すとんと座った。ほこりがぱっと舞う。

 けほんけほん。

 口を押えながら思う。

 さて、どうしたものか……。



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 次話は2022年10月22日19:00に公開!

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