第5話-⑧ 悪役令嬢は法廷で反撃を始める



 コーデリア先生が悔しそうに自分の席へと戻っていく。

 私はその代わりに法廷の真ん中へのんびり歩いていくと、ユーリス、それから学園長と順に眺めた。


 「まずは、んー、そうですね。うふ、ふふ」


 挙動がおかしい私を見て、学園長が不審がる。


 「どうしたのですか?」

 「ええ、すみません。こういう場に慣れていなくて、つい笑いが」

 「早くなさい」


 そう叱られるがどうにもできない。私は笑いを抑えるために、クリュオール先生へおおげさにたずねてみた。


 「ああ! この水晶はすごいですね。嘘を見抜くなんて。どんな魔法なのです?」

 「水晶は純粋なものでね。だから嘘のような不純な感情が近くにあると、混じり合って不順なものに変わろうとする。その性質を利用しているんだよ。授業で教えなかったかい?」

 「不出来な生徒だったもので、本当にすみません。こちらは、その、試してみても?」

 「ああ、いいよ」


 転生前の記憶にあったマイクへ話しかけるように水晶へ向けて言葉を出す。


 「私はバカだ」


 反応しない。続けて言ってみた。


 「私は天才だ」


 水晶は微動だにもしない。


 「どういうことです、クリュオール先生?」

 「様々な面、多角的に見れば、お前さんは天才でもありバカでもあるということだよ。かっかっか」

 「なるほど、これは興味深いですね。では生徒会長。こう言ってみてください。『僕はハロルド殿下を殺していない』と」


 生徒会長が恐る恐る「僕はハロルド殿下を殺していない」と言うと、水晶が飛びつくようにピンと生徒会長のほうに向いた。


 「これはいいですね。とてもいい。私もひとつ欲しいぐらいです。量産されたら探偵は失業しちゃいますね」


 いらいらした声をコーデリア先生があげる。


 「異議あり。この審理とはまったく関係のないことです。

 「異議を認める。ファルラ・ファランドール。以降、審理と関係のないお前の発言を認めない」

 「これはこれは」


 怖い先生に叱られた生徒のようなしぐさをおおげさにする。

 それから、人差し指を口元に当てた。それは考えるときのいつもの癖だった。


 「んー、そうですね」


 さて、どのカードを切るのがいいのか……。

 まずはこれかな。


 「始めに私の出自を明らかにしましょう。ファルラ・ファランドール元侯爵妃である私は、ギルファ・ファランドール侯爵夫人の娘です。つまり私の母は旧姓で言えばギルファ・ウェアデラです」


 サイモン先生が「なるほど、それで……」とつぶやく。

 クリュオール先生の眼光が一瞬するどくなったのを感じた。

 なぜなら水晶が揺れなかったから。


 ゼルシュナー先生が自分のじょりじょりしそうな顎をさすりながら言う。


 「あの場で叫んでいたのはそれか。本当の実子なのだな? なぜ一介の研究者がファランドール侯爵の元へ行った?」

 「お金がなかったからと聞いています」

 「あの屋敷はファランドール侯爵のものだな? 所有者がわからなかったが……」

 「そうです。ファランドール家には、ああいう隠れ蓑のような家がいくつかあります。だいたい父の趣味のせいですが」

 「趣味?」

 「女性方面の」

 「ああ、なるほど」

 「グレルサブの屋敷には、子供の頃、母を訪ねによく行きました。夏の終わりぐらいには、あちらで過ごすのが毎年のことでした」


 サイモン先生とゼルシュナー先生がお互いに顔を見合わせる。

 ふたりは思案しているのだろうと思った。水晶は揺れていない。しかし、言葉通りには信じられない。母は研究一筋で男気がなかった。なのに子供とは……。とか、なんとか。


 「髪の色が違うな。ファランドール侯爵には会ったことがある。ギルファとも違う」

 「さすがゼルシュナー先生。意地が悪い。あ、いや。遺伝的なことをよく知ってらっしゃる」

 「当たり前だ。それが私の専門だ」

 「元は母譲りのきれいな黒髪でした。今の髪の色は後遺症です」

 「何が言いたい?」

 「私はあの場にいたのです。グレルサブの惨劇の渦中に」

 「なんだと……。では、なぜ、お前は生きている?」

 「それを知りたいのですか?」

 「むろんだ」

 「だそうです。どうですか、コーデリア先生?」


 にっこりと微笑むと、大げさな仕草でコーデリア先生に手を向けた。

 ドラゴンの胆嚢をうっかり噛みしめたような顔をして、コーデリア先生は私をにらみつけてきた。

 そんな先生へ学園長がきつく言い放つ。


 「コーデリア、いつから知っていた?」

 「……ずっと前からだ」


 古い木の床を歩く。静まり返った法廷にその音が響く。みんなが私を目で追いかける。

 コーデリア先生の前に立つと、私はぐいと顔を近づける。逃げることができないように。


 「そうですよね。おそらく私の入学前から知っていましたよね? なぜです?」


 その人は私から目を背けた。


 「答えないのですか、コーデリア先生? まあ、答えない理由は知っていますが」

 「知るわけがない」

 「一方的に知らされていたのですよね、母から」

 「な……」

 「手紙です。そう、手紙。母はせっせと毎日のようにあなたに送っていました。あなたから返事はありませんでしたが。さて、その内容は?」

 「……言えるか」


 さて、この突きつけたカードに、コーデリア先生はどう反撃してくるか。

 そう思っていたら学園長のほうが反応した。


 「コーデリア、どういうことだ? 追放後もギルファ・ウェアデラとお前は通じていたのか?」


 学園長から怒気を含む詰問をされるが、コーデリア先生は口を開かない。

 拳を向けながら、ミュラー先生が静かに言う。


 「最初の話と違うぞ。どういうことだ?」

 「……黙れ、ミュラー」


 「むう」と一声上げて、ミューラー先生は腕組みをしながらいらいらと私を見た。


 ふふ、そうですか。

 やはりコーデリア先生に抱き込まれている先生がいる。

 もしかしてここまで一言も話さないあの人も……。


 私はもうひとつのカードを切ることにした。そうすればいろいろとわかるはず。


 「まず論点を整理してみましょう。よいですか、コーデリア先生?」

 「ああ」

 「ユーリスが私の母を殺し、それが『アルザシェーラ様の血を分けた者』の暴走を招いた。ユーリスがそれを抑えるために街を焼いた。証拠として、先日私達がやらかした流星召喚の魔力量が、グレルサブの惨劇が引き起こせる相当量でもあると」

 「その通りだ」

 「なるほど。では、私はこう言いましょう」


 息を吸い込み、大きな声を出す。


 「私はユーリスに魔力供給をしていません!」


 「バカな!」とコーデリア先生は叫ぶ。

 「クリュオール先生」と冷静に学園長はたずねる。

 「水晶は嬢ちゃんを差していない。嘘ではない」とクリュオール先生は慌てて言う。

 「では、どうすれば……」とサイモン先生は考え出した。

 「面白い」とゼルシュナーは顎をさすり、イリーナは面白いものが見れたと喜び、生徒会長は呆れていた。

 ドーンハルト先生はそう言う私をただ見つめているだけだった。


 私は芝居かがった仕草で手を広げ、聴衆たちに問いかけた。


 「そう。私の魔力は使っていません。いくら半魔であってもユーリスだけの魔力ではむずかしいですよね、コーデリア先生?」

 「それはそうだが……」

 「証拠が崩れましたね」

 「では、誰があんな巨大な魔法を使ったのだ?」

 「さあ」

 「さあだと?」

 「魔族のことなんか知ったことじゃないです」

 「魔族は関係ない」

 「やっていないことを証明するのは『悪魔の証明』と言います。この場合、さしづめ『魔族の証明』ですか。魔族が『膨大な魔力を供出しなかった』という証拠は何一つありませんよ?」


 焦燥と困惑が入り混じった顔をしているコーデリア先生と、ふふと微笑む私。

 そんな私達に学園長が口を挟んだ。


 「待ちなさい。では『グレルサブの惨劇』とは何なのだ?」


 私は学園長へ指をびしっと向ける。


 「この剣と魔法の世界では、いかようにもトリックを作れますし、いかようにもトリックを破ることができます。もっと重要なのは『どうしてそれを行ったのか』。つまり動機です」

 「では、その動機とは?」

 「愛ですよ」

 「愛?」

 「そうですよね、コーデリア先生?」


 コーデリア先生は探るように私を見るだけで、何も返事をしなかった。

 私は畳みかけるように言う。


 「あなたは何かの事情で薔薇園から母を追い出した。母は追い詰められ、研究をあらぬ方向に加速させた。そのせいでユーリスは母を殺すことになり、私は一度死んだんです」

 「違う。私のせいではない」

 「あなたが本当の犯人では?」

 「違う!」

 「半魔には2種類います。

  魔王アルザシェーラの血が受け継がれたもの。これは卵の状態でなければ作用しない。つまり母体がいる。

  もうひとつは生きた人間の血を入れ替えたもの。だから半魔の年齢にばらつきがある。そうですよね、先生。あなたのような」

 「ああ。そうだ」

 「ユーリスや魔法が暴走したそれを作ったのは、誰の研究だったのです?」

 「ギルファの……」

 「違いますよ、先生。んー、そうですね。たとえば母はより強い血統にこだわっていた。最終的には魔族と取引して魔王の血を手に入れた。そこまでやった。なぜかわかります?」

 「いや……」

 「親友の寿命を延ばしたかったからと聞いています」

 「な……」

 「ふたりは競っていた。

  母は魔族の血を胎児以前から適用させようとしていた。

  あなたは後天的に血を適合させようとしていた。自らも実験台にして。

  だけどいずれも寿命が短い。とくに母はそれを克服しようと焦っていた。このままでは親友が死んでしまう。急がなければ。これを完成させればきっと許してもらえる。手紙の返事ももらえるようになる。昔と同じようにまた仲良く研究ができる! そうだ、きっとそうだ、そうに違いない!!!」


 呆然としていたコーデリア先生の胸倉をつかんで引き寄せる。その顔を私に近づけると、静かに言い放つ。


 「そして母は思いつくんです。そうだ、神に祈ろうと」

 「……神? 神だと?」


 つかんでいた胸倉をぽいと放した。どさりという音をして、コーデリア先生が椅子にへたり込む。


 「願いを聞いてもらえる存在を一般に『神様』と呼びます。母はそれを『人造神様』と呼んでいました」

 「では、娘が……。あれはそういうふうには作られていなかったはずだ」

 「ええ。だから先生の力を借りたのです。後天的に血をさらに加える技法を。そんな魔法を。そうやって濃縮された魔力の塊のようなものは、どんな願いをかなえてくれるのでしょうね?」

 「それは……」

 「さて。コーデリア先生。あなた、何を話していないのです?」


 コーデリア先生は何も言わない。ただ私を見つめるだけだった。


 とりあえずは、ここまでか……。

 反撃されたら、私にも話したくないことを話す必要が出てきてしまう。


 学園長へくるりと振り向くと、こう告げた。


 「私には新事実を提供する用意があります。ユーリスは決して裁かれるべきではないと、それでわかります」


 コーデリア先生が、ぼそりと言葉を吐き出した。


 「閉廷を要求する。こちらも証拠をそろえる事情ができた」


 静かに私達を見つめると、学園長はカッカッという木づちの音が響かせた。


 「良いでしょう。次は3日後に」


 大きく息を吐く。

 ……これなら。

 勝てる。


 後ろを振り向くと、ユーリスが刑吏に立たせられているところだった。私をちらりと見てから、ユーリスは歩いていく。その寂しそうな後ろ姿に、ただこう誓った。「絶対にユーリスを取り戻す」と……。



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次話は2022年10月20日19:00に公開!

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