第5話-⑦ 悪役令嬢は起訴事実の質問に耳を傾ける
うなだれていたユーリスが、ぴくりと動いた。
絞り出すような細い声で、ユーリスはコーデリア先生の質問に答える。
「……魔王アルザシェーラ様のご下命により、ギルファ・ウェアデラ殺害の任についていました」
「ほう」
いちばん話したくないことをユーリスは話している。先生達の騒がしい声が聞こえなくなっていく。
――憎めばいい、ってユーリスは言ってた。お母さんを殺した自分を。そんなことはもうできない。だって、ユーリスは……。
コーデリア先生はずっと質問を続けていた。
「君は魔族なのか、それとも私と同じ魔族の血が流れている人間なのか?」
「……はい。私には魔族の血が混じっています」
「ユーリス、私は魔族側とも顔を合わせていたが、その際に君を見かけたことがない。君の名を聞いたこともないが」
「私は特別で……」
「特別とは?」
「私の生まれのことです。アルザシェーラ様自らが害と判断したものを直接排除する役割を持って生まれました。そのため、どの魔族よりも強くある必要がありました。だから……」
「だから?」
「私の血の半分は魔族最強であるアルザシェーラ様のものです」
先生達が一斉にどよめいた。鎖に繋がれた怪物を観察するように見つめ、「やはり水晶に閉じ込めるべきでは」「調査研究すべきだ」とか勝手なことを言いだす。
ユーリスが私へ振り向いた。その顔は「割った花瓶を謝る」ような贖罪の意思を込めた表情をしていた。
――すべてを話すつもりなら、このゲームに勝てる見込みがない。
私は懇願するようにユーリスを見つめたが、彼女は首を横に振った。それから自分の話を淡々と続けた。
「このことを他の魔族に知られるわけはいけませんでした。魔族は力社会で序列があり、それで秩序を保っています。私の存在はそれを乱す恐れがありました」
「なるほど、興味深い。確かにどの家にも属さないやたら強い者が生まれたら、皆びっくりするだろうな。これを知る魔族は?」
「……アルザシェーラ様とその後ろ盾になっている大公閣下のふたりだけです」
「であれば、私が知らなかったのをも道理だな。君が我々のたくらみに気づいていたのもうなづける。お前は監視していたのだな?」
ユーリスが顔を上げる。
懇願するように学園長に訴える。
「これを聞いたあなたたちもただでは済みません。魔族は秘密を破った者を許しません。秘密ごとなかったことにされます」
学園長はそれに答えず、ただ黙って見ていた。
法廷に風が吹く。閉めきられた法廷には吹くはずがない冷たい風が吹く。
ユーリスは話してしまった。仮にこの裁判で無罪放免となったとしても、何かしらの刑罰は免れない。
そもそも先生達は一刻も早く票を投じて、危険なユーリスの自由を奪いたいはずだ。
ひとりの先生が手を挙げた。
「話しについていけないのだが、質問は良いか?」
「はい。サイモン先生」
魔族のことを調べることが専門のサイモン先生は、これまでの話は大変興味深かったのだろう。こめかみを押さえながら、少し早口でユーリスに魔族のことを問い質した。
「魔王アルザシェーラとは何なのだ?」
「1000年前は、ただの人であったと聞いています」
「いまだに生きているのか?」
「はい、ずっと孤独であられます」
「ふむ……。そもそもの話だ。何がしたいのだ、アルザシェーラは」
「それは……」
コーデリア先生が「待て」と鋭く言う。
――遮った。コーデリア先生にとってもこれは不利な話なのか。なるほど。良いカードをもらえた。
「話を戻そう。君はギルファ・ウェアデラを殺害したのだね」
「はい、コーデリア先生。殺害しました。この手で」
「惨劇とどのような関係が?」
そんなことはどうでもいいのに……。
ユーリスはそのことで、すでに押しつぶされている。
手を下した人の子供、つまり私のそばにいることで、自ら贖罪を果たそうとしている。
反省や刑罰など、私達には関係がない。過去を誤ったと勝手に思う大人達が、ただ自分たちの安堵のために求めているだけだ。
……仕掛けるか。
「異議あり。学園長。この件は本件とはなんら関係ありません。証拠もない」
「却下する。ファルラ・ファランドール、座りなさい」
「自白だけで、証拠もないのに人殺しを認めるつもりですか。学園長がそんないい加減な人だったなんて。これには幻滅です」
「なに?」
「サイモン先生はどのようにお思いです?」
「ああ。実地を見たとき、ギルファ・ウェアデラの遺体は見つからなかった。遺体がなければ殺人とは言えないだろう」
コーデリア先生がこれを聞いて歯噛みをするかと思った。
それを裏切るように、自信たっぷりな声を上げた。
「ならは問おう。ギルファの研究は魔族と人類の血の融合であった。魔王アルザシェーラという人から魔族になった先例もある。そして生み出した。そうだね?」
「はい」
「あの惨劇の場に何があった?」
「それは……」
そこをつつかれたら、まずい!
コーデリア先生だって隠したいことのひとつだろうに!
「……ごめん、ファルラ」
「ダメです! それを言っては」
学園長の怒気を含む声が私に放たれる。
「いますぐ放り出しますよ、ファルラ・ファランドール」
それに気を取られた隙に、ユーリスは口を開いた。
「私と同じくアルザシェーラ様の血を分けた者がいました」
そのとたんに「バカな」「ありえん」「こんな厄介事をあの女は」と先生達の言葉が沸騰する。広い法廷に騒がしい声が響き渡る。
「それは本当かい? 嬢ちゃん?」とクリュオール先生がたずねると、ユーリスは「はい」と短く答えた。
ミュラー先生が我慢できなくなったように「もう一人いるだと。許さん!」と叫ぶ。
少し騒ぎが収まると、コーデリア先生が質問を続けた。
「その娘も殺そうと?」
「はい。でも、それはできませんでした」
「なぜ?」
「生きようとしたからです」
「生きようと?」
「はい。願ってしまいました。生き続けようと。自身の願いが魔法となり、それが体内で反射し、爆発的に高まってあふれ出しました」
「ほう、それはどんな影響を?」
「その魔法の制御下では、生き物は過剰に生きてしまいます。人や動物は肉塊に、木々はいびつに、無限に増殖する何かに変わり果てました」
あわててゼルシュナー先生が身を乗り出して聞いた。
「おい、待て。確かに現場を検分したら、ふたつの魔法がかかっていた。ひとつは激し過ぎるヒールともいうべきもの、もうひとつは命を吸って炎に変えるものだった。では、お前が……」
「はい、ゼルシュナー先生。私が生命を焼き尽くす魔法を発動しました」
机を叩かれた。ドンという暴力そのものの音が皆を黙らした。
ミュラー先生がその拳を開き、ユーリスを指さした。
「ばかな。それではお前のような半魔が世界を救っただと?」
「真実です」
「たとえそれが真実であってもだ。魔族は人類の敵なのだ。魔族は悪逆非道を遂げてきた。親を殺し、子を殺し、決して人など助けない。だからこそ魔族なのだ!」
蛇のように剣呑な目をしてミューラー先生は低い声で言い放つ。
「お前とて、人殺しではないか」
「……ええ」
ユーリスは泣きだした。泣きじゃくった。
拘束された腕を振り、体を震わせて懇願した。
「だから罰を! せめて、私が生きているうちに! 私が生きようなんて思わないうちに!!」
ここからどう挽回させればいい?
考えろ。
私は探偵だ。
冷静に観察して道理を組み立てられる探偵だ。
コーデリア先生からは、カードを何枚か見せられた。
なるほど。ユーリスを犯人に仕立てたのは、コーデリア先生自身が、あの惨劇がどうして起きたのか知りたかったからだ。
先生は見ていない。私とユーリスは見ている。
なら。
あの先生の言葉。
……嘘はついていない。話していないだけ。
ああ、そうか。
ふふ、うふふ。
コーデリア先生はまだ質問を続けていた。
「ユーリス、魔法を発動した娘は封印したのだね?」
「封印というより……。生命力と発動された魔法を削ぐため、ずっと焼き続けることになりました」
「サイモン先生、私と一緒に現場を見られているが、そのようなものはあったか?」
「ええ、そのような人だと推定されるものはありました」
「ありがとう。どうかな? あきらかに犯人だと断定できる。彼女がすべての元凶だ」
私は立ち上がった。そして、微笑みながら学園長をまっすぐに見る。
「異議あり。結論を誘導しています」
「結論? 何をバカな。これ以上の結論があるか」
「コーデリア先生、十分な証拠を集めてから検証しないと、物事を誤りますよ」
「何を言う」
そのときだった。
「異議を認める」
意外な声にコーデリア先生はあわてた。
「待て、学園長」
「待てとは何か?」
「い、いや……」
私は優雅に芝居がかったおじぎをした。
「ありがとうございます。学園長」
さて。
ここからは、反撃の時間です。
ユーリスは絶対に助けます。
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作者が弁魔士セシルのコスプレをしながら喜びます!
次話は2022年10月19日19:00に公開!
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