第5話-⑥ 悪役令嬢は法廷での闘争を開始する
扉が開く。きしむ重い音がした。そこからユーリスが現れた。剣を下げた2人の学園の刑吏が、彼女を連れ歩く。
ユーリスはとても疲れているように見えた。
銀色の髪はまとめることもなく乱れていて、その細い手首には枷と魔法を封印する文様が光ってた。
久しぶりに会ったのに、感激や心配とかそうした感情は消えてなくなった。「ユーリスをこうしたのは自分だ」という自責の念だけが私を締めつける。
「ごめん……」
口の端から漏れ出した、そんな言葉を聞いて、ユーリスは力なく微笑んだ。
「ファルラ、ご飯ちゃんと食べてる? 寝ている?」
まるで道でばったり会ったように、ユーリスは気軽に私へ話しかけた。
そのなんでもない感じが、私をさらに苦しめる。
「……ばか。なぜユーリスがそれを言うのです」
「私はいつでもファルラのことが心配なんですよ?」
八重歯を出してにししとせいいっぱい笑うユーリス。
私は気が狂いそうになって強く叫んだ。
「絶対に助けます!!! だから! だからっ!!」
ユーリスは、あいまいな表情を浮かべて、そっと私から目を背けた。
学園長が私をにらみつけて、すぐに低い声で言う。
「ファルラ・ファランドール。おとなしくしなければ、法廷からつまみだす」
イリーナは心配そうにそれに続ける。
「ファルラちゃん。気持ちはわかります。でも、いまは……」
ユーリスがまるで自分に言い聞かせるように私へ訴える。
「ファルラ。私はここにいます。だから大丈夫。きっと大丈夫」
その声で私の衝動が収まっていく。
いつのまにか浮いていた腰を、ゆっくりと椅子に下ろした。
「ええ、そうですね」
私は両手を組む。痛くなるぐらいそれを強く握る。
冷静にならないと……。
冷静に……。
私は探偵。そうでしょう、探偵なのだから……。
学園長がたしなめるように話し出した。
「この学園は1000年前、アルザシェーラ家を打ち破ったアシュワード家が、次なる勇者を育てるために設立された学び舎だ。学生の自立を促すため、連合王国とは別に学園独自の自治を任せられている。ゆえに学園での揉め事は我々で解決を計る」
法廷に光がまっすぐに差し込んでいく。
「それが本法廷の目的であり、歴史ある理念だ。そのことを皆忘れないように」
学園長の低い声が法廷に響く。
先生達は、少し憮然とした表情を浮かべて、私達を値踏みするように眺めていた。
少し間を開けてから、学園長がユーリスをまっすぐ見つめた。
「被告。ユーリス・アステリス」
「……はい」
「法廷で嘘をついてもよい。ただし。クリュオール先生」
フードをかぶった老婆が、金の鎖に繋がった細い水晶を取り出す。それを魔法陣が書かれた紙の上に垂れ下げると、水晶がゆらりと動き出した。
老婆はニヤリと言う。
「この水晶がお前を指したら、お前の言葉は嘘だということだよ。せいぜい気を付けるんだね」
ユーリスがこくりと小さくうなづく。
それを見届けたあと、学園長がユーリスへ諭すように言う。
「我々は嘘を見抜ける。嘘をついてもよいが、我々への心証はよくなくなるだろう。そのことを肝に銘じたまえ。良いな、ユーリス・アステリス」
「……はい」
「この裁判では、被告ユーリス・アステリスが『グレルサブの惨劇』を引き起こした犯人かどうかを裁定する」
学園長がさっと左手をコーデリア先生へ向けた。
「では原告、コーデリア先生から論旨を」
始まる……。
いつまで手を握りしめているんだ、私は……。
そっと手を開く。それから私はコーデリア先生の一挙手一投足すべてを見ようとにらみつけた。
ゆっくりと席からコーデリア先生が立ち上がる。どこか自信に満ちた歩き方で、ユーリスと学園長の間に立った。
「『グレルサブの惨劇』とは何か」
そう静かに語り掛けたコーデリア先生が、くるりと私のほうを向く。目を細めて私を見つめると言葉を続けた。
「北方の要衝であるグレルサブ。およそ5万人が暮らしていたそこに魔族が襲い掛かり、悲惨としか言いようがない事態となった。ただ殺戮をしたのではない。彼らは街を焼くと同時によみがえらせるという相反する魔法をかけた。すると、どうなったか?」
パンとコーデリア先生が手を叩く。低い声で悲しそうに言う。
「焼き殺されては生き返ることを未来永劫繰り返す地獄が生まれた。人々は苦痛にあえぎのたうち回るが、我々には強力な魔法を解くことができず、どうすることもできない。いまだにあの地は燃えてはよみがえっている。このことに人々は恐怖した。いまや『グレルサブの惨劇』と言えば魔族の残虐非道さを表す言葉だ」
先生たち皆に端から端へ手を差し出すようにして、コーデリア先生が歩く。
「だが、真実は違う。ここにいる皆が、それを知っている。違いますか、学園長?」
「ああ、違わない。続けたまえ」
「なぜなら、あれは。元魔族学筆頭ギルファ・ウェアデラによって引き起こされたからだ!」
みんながコーデリア先生をただじっと見つめていた。
まるで自分たちの罪をそこに見るように。
「彼女は505号研究棟、通称『薔薇園』にて、魔族の研究をしていた。ご存じの通り『薔薇園』は魔族そのものを研究する機関で、連合王国とも太いつながりがある」
ああ、確かにそうだった。
母の周りには、役人や軍人が多かった。子供の頃、そうした大人たちを遠くから眺めていた記憶がちらつく。
「彼女はある日思いつく。魔族と人の混血を作れるのではないかと。それは魔族への強力な兵器と成し得るのではないかと。それから彼女は研究成果はめざましいものがあった。だが、それはとても非人道的な行いの上で完成されたものであった。あろうことか魔族と結託し、私ですら、このような体に改造されてしまった」
すべてを母のせいにしたいのか、コーデリア先生は……。
思わず言ってしまった。
「ご自身が好きで、そうされたのでは?」
学園長が私をまたきつくにらむ。
「私語を慎みなさい。発言は許可を求めるように」
私はしぶしぶ「はい」と答える。
「コーデリア先生、続けなさい」と学園長が言うと、コーデリア先生はうなづき、手をさっと上げながら強い口調で話す。
「我々は学園十傑裁判を開き、彼女を裁き、そして追放した。その後彼女は当時援助していた貴族のひとりに取り入り、そこで研究を続けた。その結果、起きたのだ。『グレルサブの惨劇』が!」
こんな話を始めて知っただろうイリーナと生徒会長は、顔を白くさせていた。
「事件発生から10日後に、サイモン先生とゼルシュナー先生、そして私がの3人が現場を密かに見分している。彼女がいたグレルサブの屋敷が災害の中心であり、彼女の研究成果の応用と見られる痕跡がいくつも発見された。だから、私達はこう断定した」
コーデリア先生の目が細まる。
「ギルファ・ウェアデラは何らかの実験に失敗。それは魔族の手で隠蔽されたが、すべてを消すことができず不完全に残された。そのためいまだに街が燃えている。これが我々が知る『グレルサブの惨劇』の真相だ」
腕組みをしながらミュラー先生が「そんなことは知っている」とつぶやく。
サイモン先生はため息をつく。
この人たちは、こうしてみんな母に押し付けたのか。責任と罪と罰を……。
都合の良い嘘を真実だと自ら信じ込んで。
「ところが、私はいくつかの疑問を持つようになった。どう考えても魔族だけでは発動した魔力の総量を満たせない。仮に魔族が発動した場合、ひとりではできない所業なのに大人数が動員された形跡がない。踏み荒らされたり何かの痕跡が残るはずだが、それらは見つけられなかった。では、この膨大な魔力はどこから来たのか?」
先生方は一様に押し黙った。
……なるほど。魔力量が高い者を犯人に仕立てたいのか。
それなら、なぜ私を直接の犯人にするのではなく、ユーリスなのだろう……。
「さて。ここまでは良いですか、皆さん。そして、学園長も」
「続けなさい」
「では、たずねましょう。被告人ユーリス・アステリス、あの惨劇が起きた夜、君は何をしていた?」
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次話は2022年10月18日19:00に公開!
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