第5話-⑤ 悪役令嬢は親友の想いに答えないまま法廷へ向かう
イリーナがせつなげに声を出す。
「謝られるぐらいなら抱きしめさせてくださいな」
彼女の吐息を耳元に感じる。
それを言ったらたいせつなものが壊れると思った。
でも、言うほかなかった。
「親友のままではダメなのですか?」
ゆっくりとイリーナの体が私から離れていく。
「ファルラちゃん、あなたの抱き枕になりすぎたせいです。寝る前に声を上げずに泣いてるあなたも悪いのですよ?」
「こんなにユーリスと離れたことは、今までになかったことですから。感情が揺らぐのは仕方がありません」
「いまそばにいるのは私です」
貴族らしい毅然とした声を上げるイリーナ。
私はそれに答えなかった。答えようがなかった。
ふたりの間に優しい風だけが通り過ぎていく。
思い出したようにイリーナの手が私の髪を触わりだす。少しくすぐったい。なめらかな指先が、私の金色の髪をゆっくりと編んでいく。
ようやく出たその声は、さっきの声とは違って、いつものやさしい親友であるイリーナの声だった。
「ユーリスのことが心配ですか?」
「そうですね。せめてちゃんと食べてるかどうかだけでも、わかると良いのですが」
「誰も会えないそうです。世話係も毎日違う人が選ばれるぐらいだとか」
「徹底していますね」
「コーデリア先生の指図なのかもしれません。他の先生方もピリピリとした空気を感じます。連合王国軍にああまで言った手前、何としても決着をつけたいのでしょう」
「ふふ。怖くてたまりませんね」
「もう、ファルラちゃんは。今晩も添い寝しないといけませんね」
「また叫んで起こしてしまうかもしれません」
「かまいませんよ、私はそれでも」
何をかまわないのだろう。かまってるくせに。
イリーナの指が私から離れていく。
シンプルな飾りつけがされた鏡台に手を伸ばすと、イリーナは少し大きい手鏡を取り、私に渡してくれた。
「ほら、かわいいですよ。ファルラちゃん」
そこに映っていたのは、両側の髪を三つ編みにしてうしろでお団子にまとめられた、年相応のかわいくてきれいで少しやんちゃそうな女の子だった。
私は目をそらす。
いまだにこんな自分に慣れない。そもそも転生前の私は……。
トントン。
ドアのノックに、イリーナが「はい」と短く返事をする。
扉を開けてイリーナ付きの歳を召したメイドがやってきた。銀のトレイに一通の手紙を載せている。
近くまで運ばれたそれを、イリーナはうっかり触ったりはしなかった。私の言いつけをずっと守っている。
メイドが少し困ったように言う。
「さきほど使者の方がこちらを」
「どこからですか?」
「それが……。王国劇場からとのことです。本日観劇の予定はありませんが……」
私は椅子から立ち上がった。メイドに近づき、ひょいとその手紙を彼女の後ろから取る。封蝋をぺりりとめくると、素早く中の内容を読んだ。
ああ、やっぱり……。
「ファルラちゃん、どうかしたのです?」
私は手先で手早く魔法陣を作り、小さな炎を出す。手にした手紙は、すぐに燃え散った。
「ふふ、義理堅いですね、女優さんも」
「女優さん?」
「イリーナ、あの刑務所から助かったもうひとりの方は、王国劇場の女優さんです」
「ああ、あちらの方……、って、もしかしてベッポ・アリスターナさんでしょうか?」
「そうですよ? 気がつかなかったですのか?」
「いえ、その……。あの方の声と演技は非常に面白くて……。まさか、そんな方があんなことになっているなんて……」
「前にちょっとした事件で助けたのです。私が無理強いしてあの場に連れて行きました」
「あの方は大スターですよ? 私ですらチケットが取れないぐらいなのに……」
「それはそれは。そんな方にまたスパイ間際のことをさせてしまいました」
「何をさせたのです?」
「先輩は学園内にいてもらわないと困ります。離れたことがコーデリア先生にわかると、何か手を打たれますから。だから、学園外の手助けが必要でした」
「そうなんですの?」
パンパンと手を叩く。
芝居がかった動きで、イリーナへ手を広げながら私は言う。
「これですべてのカードは揃いました。着替えましょう。とびきりの服を着て、礼儀正しく、悠然と華麗に。そして、向かうのです」
私は微笑む。
「ユーリスを賭けたゲームへ」
■王立魔法学園 特別法廷「天秤の部屋」 オクディオ大月(10月)18日 10:00
長い窓から陽の光が薄暗い部屋に差している。黒い桟からあふれたそれは、重厚な空気を照らし、私とコーデリア先生、それを見下ろす9人の裁定者を浮き上がらしていた。
なかなかやってこない学園長を待ちながら、反対側の席で目をつむって座っているコーデリア先生を眺めていた。
……コーデリア先生は意図は? 動機とは? 私を殺そうとし、私に魔法を使わせ、それを元に裁判へ。これで何がうれしいのか……。
バタという重々しい扉が開く音がした。
目をそちらに向けると、背広のような服を着こなした妙に色気がある男がそこにいた。
伊達男とか黒豹とか北方の戦役では呼ばれていたようだけど、本人はそう言われるのを心底嫌っていた。細身の剣と鋭い魔法の連撃で戦場を駆け抜け、魔族討伐数では有史以来誰にも抜かすことができない記録を立てた、そんな男。それが黒縁の大きなメガネを手で直した。
「学園長に礼を」
ハルマーン先生が凛とした声で告げる。
先生方はみんな立ち上がる。私もしぶしぶ立ち上がった。
学園長は、脇にある短い階段を上がると、先生たちの後ろを通り抜け、真ん中の席に座った。
その目がちらりと私を見る。その瞬間、細い剣が突き刺さったような感じに襲われた。
怒っている……?
学園長が手を小さくあげると、みんなは一様に座った。
それからわずかな間のあと、ゆっくりとその低く少し甘い声で皆に話しかけた。
「開廷する前にまず言うべきことがある。本来、こうした裁きの場はすべての学生に開かれるべきだが、内容を鑑みて今回は非公開とした。いずれ時を経て判決のみ公開とする。良いな?」
「はい」と私は無表情に言う。
「良い」とコーデリア先生はニヤつきながら言う。
学園長が少しうなずく。それから右側を向くと事務的に言う。
「公判記録はグリシャム生徒会長に頼む」
「はい。記述します」
背後から差し込む幾重もの光の中、学園長は黒縁のメガネを手で覆うように支えて、厳かに審理の開始を告げた。
「では、開廷しよう。被告を」
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次話は2022年10月17日19:00に公開!
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