第5話-③ 悪役令嬢は懐かしい先輩と心から語らう


 店に入るなり、私達を見つけたグリフィン先輩が、テーブルに飛び込んできた。

 少年のように短くした亜麻色の髪が少し揺れる。いつもかけている黒い丸眼鏡をずらしながら、先輩は懐かしい挨拶を続ける。


 「イリーナもちょいす!」

 「ちょいす! ですわ」

 「君らはいつもセットだね。うんうん、良いよ」


 ふと、テーブルの向こうを見て、ようやく先輩は言った。


 「お、気が付いてやれなくてごめんな、ゆーとうせい」

 「いえ、先輩はいつもそうですから」


 そう嫌味を言う生徒会長をまったく無視する。


 「あ、ニッコミーじゃん。ちょっとー、お、ね、い、さーん!」


 店員がカウンターの奥から少し顔を引きつらせながら、先輩のそばにパタパタとやってきた。


 「困ります」

 「えー、君と私の仲じゃないか」

 「いろいろ助かりましたけれど、無茶な要望には……」

 「ねえねえ、例の出してよ。ねっ」

 「あれは貴重なんです。私だって……」

 「じゃ、これ」


 先輩が透明なガラス瓶を、そばに置いていた布のカバンから取り出した。


 「これ、君が欲しがってたおいしい奴」

 「日本酒!」

 「北のほうで作ってるらしくてさ。どーする? いまなら味噌に醤油もつけちゃうよぉ」

 「……わかりました。時間かかりますよ?」

 「待つ待つ! んじゃ、よろしくー!」


 店員さんがまたパタパタと奥へと去っていく。

 私はどうにも抑えられず先輩に聞いてしまった。


 「醤油もあるのですか?」

 「うん、持ってるよー」

 「ください」

 「いいねえ、欲求に正直で」

 「なら……」

 「で、私には何がもらえるの?」

 「それは……」

 「『恋をしたければ、ひとつを得て、ふたつを与えよ』。みんな喜ぶし、私はご飯にありつけるしで、あちこち良し、だよ。ファルラだって、そうなりたいよね?」


 いじわるそうに、んふふと笑う先輩。

 私は手を広げて「何も持っていない」という仕草をした。


 「いまはとくにあげられるものがありません。でも、ください」

 「じゃ、ダメー」

 「……久しぶりなのに変わりませんね」

 「変わる必要ある? ファルラだって変わらないでしょ?」

 「変わりました。変わらざるを得なかったというか。いろいろありましたけれど……」


 ふと自分の手を見つめてしまう。

 うなだれてしまった私に、先輩は大げさに背中を叩いて、そのまま肩を抱き寄せた。


 「そう、それ! 私だけ仲間外れ、ずるくない?」

 「何がです?」

 「ほら、学園裁判するんでしょ? 君んとこのメイドの」

 「さすが先輩。何でもどこからか聞いてきますね」

 「この集まりってさ、それの秘密会議だったりする?」

 「それは……。いえ、その通りです」

 「やったー! ねえ、ファルラ、私も混ぜてよー」

 「いいですけど、先輩には何の得もありませんよ?」

 「あるよー。可愛い後輩の笑顔が取り戻せるんだから」


 生徒会長が私達のことを見つめると、深々とため息をついた。


 「魔法学園3大要注意人物と、こうして一緒に共闘するとは……」


 すかさず先輩がフォークを振り上げながら言う。


 「えー、私、ただのおしゃれ番長なのに」

 「なんですか、それは」

 「だって私、カッコかわいくない? このお気に入りのジャケット、どうよ?」


 また生徒会長が盛大にため息をつく。


 「ちょっと、ファルラ。このゆーとーせいの反応、私にはわかんないんだけど?」

 「私にもさっぱり。ということにしておきます」

 「えー」


 イリーナが不思議そうな声を出す。


 「私は危なくないですよ?」

 「イリーナは別の意味で危険です」

 「どんな意味?」

 「食べすぎです。そのうち、ぷよぷよとしますよ」

 「ファルラちゃんひどーい」


 私達が笑い合う。それを見ながら、先輩は少し声を落としながら聞いてきた。


 「それで? もう日がないと思うけど?」


 生徒会長が胸元から紙を取り出し、テーブルに広げる。

 そこには日付や名前が書かれていた。


 「日程が決まりました。説明します。今回の裁判は3回開かれます。

  起訴側口頭弁論。

  弁護側口頭弁論。

  そして結審。

  いずれも3日ごとに開かれます。あさってには起訴側口頭弁論が開かれ、主に事件の成り立ちや被告人の関わり具合が話されます」

 「学園裁判は、10人の代表が集まって、学園長から判決が言われるんだっけ?」

 「そうです。そのうちの2人は、私とイリーナさんです」

 「へえ、そーなんだ。コーデリア先生も10人の中に入ってるんでしょ?」

 「はい。起訴側の弁論も最初はコーデリア先生とのことです」

 「どーすんの、ファルラ?」


 ふふ。うふふ。

 思わずにやけてしまう。


 「すでに、いくつか手を打ちました」

 「ファルラが、とっても悪い人の顔してるー」

 「ええ、もう待っていられませんから」

 「もう仕込んでんのか。早いなー」

 「それでも手が足りません。コーデリア先生が何をしてくるのか、まだわかりませんし」


 生徒会長が、テーブルの上の紙を見つめながら言う。


 「味方は、イリーナさんと僕。向こうはコーデリア先生ひとり。残りは学園長含めて7人。この7人の心証で判決が変わると見ています。最初の弁論を迎えないと、それぞれの思惑は詳しくわからないですが……」

 「それでは遅すぎます」

 「いや、待ってください。今からでは……」


 生徒会長の言葉を遮り、静かに言う。


 「私の勝ちは2つあります。

  まず、ユーリスの奪還。

  そして社会的にも、合法的にも、ふたりで暮らせることです」

 「それはむずかしいと言わざるを得ません」

 「どうしてですか? 生徒会長?」

 「あなたたちは、あの刑務所を破壊した責もあります。学園で幽閉されて暮らすのなら、まあ……」

 「あれは不可抗力です。現に魔族からの攻撃も受けましたし」

 「そうは言っても……。王国法に照らし合わせれば、普通に死罪です。嘆願で助命はできますが……」

 「それでも私はユーリスと一緒にいます」

 「いや……」


 頭を抱えだした生徒会長に代わって、先輩が身を乗り出して聞いてきた。


 「なあ、ファルラ。そんなにあのメイドがいいの?」

 「ええ、もちろん」

 「恋愛的な意味で?」

 「そうですが、何か?」

 「即答かよ。ほかにもお前を好いてくれる奴はいるんでしょ?」

 「いますが……」


 イリーナのほうを見ないようにして言う。


 「ユーリスの代わりはいません」

 「そっか。まあ、応援はしてやるよ。よそでは言うなよ。お前たちみたいなのは月皇教会に目をつけられたら面倒だ」

 「先輩にしてはやさしいですね」

 「だって、また事件にするんだろ?」

 「ええ、何しろ探偵ですから」

 「んふふ。なら、楽しまないとな」


 店員が近づいてくる。手にしたお盆には、湯気が立っていた。


 「こちらです。今日だけのサービスですからね」


 お、おお……。

 炊き立てご飯!

 白い。つやつや。ほかほか!


 この世界で転生して以来初めて見るそれに、私は心が躍った。躍りまくった。

 先輩風というものがあるのなら、まさしくそれだというものを吹かせながら、先輩はにんまりとイリーナに言った。


 「さあ、本当の食べ方を教えてやる」

 「そんなのがあるのですか?」

 「ああ、あるとも。ご飯を少し窪まして、ニッコミーをかける。そして取り出したるはこの卵。割って、ぽいと黄身だけいれる。そこにこの醤油と北方産のピリリをパラっとかければ、出来上がりっ!」


 ……ああ、卵かけご飯!

 こんなのおいしいに決まってる。

 う、う。うー。


 「さあ、イリーナ、食べてみー」

 「はむはむ……。くふー! おいしいですわー。とろりとした黄身がニコミと合って最高のハーモニーです! 喉が震えてしまいます。体までとろけてしまいますっ」


 イリーナはいい食レポをする……。

 どうにも我慢できなくなって、私は先輩に言った。


 「私も食べさせてください」

 「だめ。イリーナからは、もう対価もらってるし」

 「先輩」

 「なに?」

 「青い犬事件の清算を今すべきかと」

 「ええーっ。いま、それ持ち出すの?」

 「はい。先輩への切り札のひとつです」

 「そんな切り札、何枚あるんだか。まあ、いいよ」


 ことりと醤油が入ったガラス瓶が置かれ、卵を手渡された。


 奪うようにそれをテーブルの端で割って、ご飯に卵をかける。醤油をとぽりと垂らした。


 「はむっ! ……くうう。おいしいです」


 そして懐かしい味だった。

 瞬時にいろいろ転生前のことを思いだしてしまう。思いっきり酸っぱい酢豚とか食べたくなる……。あれはおいしかったな……。


 私が感極まっていたら。いつまにか客が入っていたらしい。

 どかりと6人ぐらいの男子学生たちが、近くの席で騒いでいた。


 「王家は軟弱なり! 勇者は逃げ出したり! 我ら想いを同じくするもので結束し、ともに魔族をうちやぶろうではないか!」

 「そうだ! 我々が立ち上がるほかない!」


 拍手や口笛が吹かれる。テーブルを何度も叩く。

 明らかに酔っぱらっている。


 彼らを見ながらイリーナがとても嫌そうな顔をしていた。私も同じ思いでつぶやく。


 「盛り上がってますね。あれはなんです?」

 「最近増えてますの」

 「対魔族過激派ですか?」

 「少し違いますが、うるさいことには変わらないのです」


 生徒会長が少しうんざりしたように言う。


 「ある程度目立つものは、生徒会で対処してますが……」

 「思想信条宗教は縛ってはいけない、という学園法ですか」

 「ええ。歯がゆくは思いますが」

 「王家の一員たるジョシュア殿下が犯罪者をここで匿うように進言したと知ったら、彼らはうれしがるでしょうね」

 「……なるほど。それでさっき、たいへんだと」

 「ええ、いろいろと面倒になりそうです。煮えた油に水をかけるぐらいには」


 やたら叫んでた酔っ払いがテーブルの上にくにゃりとした動きをしながら乗り出した。酒瓶を片手に演説を始め出す。


 「王家や貴族の年寄りたちの搾取には断固として逆らう! 断じて否だ! なぜなら、我々こそが正義だからだ!」


 先輩が聞こえるように言う。


 「けっ、くだらない」


 当然のように、そのテーブルの男はこっちを向いて激高し始めた。


 「なんだあ、女ぁぁ!」

 「あん、私のこと?」


 ゆらりと先輩が立ち上がった。

 私は即座に言う。


 「イリーナ、手持ちでいいので会計を。生徒会長、逃げる用意を」


 その言葉の意味を生徒会長はわからなかったらしく、ぽかんとして私を見つめた。



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作者が卵かけご飯に唐辛子ふりかけをかけながら喜びます。



次話は2022年10月15日19:00に公開!

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