我、法廷で突きつけられる真実へ異議ありと返し、囚われた助手を奪還せんとす

学園裁判編

第5話-① 悪役令嬢は魔法学園の中を徘徊する



■王立魔法学園 賢者の小路 オクディオ大月(10月)15日 16:00


 落ち葉を踏みしめると、かさりという乾いた音がした。

 古い石造りの校舎が立ち並ぶその小道には、少し冷たい秋風が吹いていた。


 「もちろん、私は助けます。裁判でもそうです。罪状など関係ありません。学園に囚われているユーリスは、ファルラちゃんのものなのですから」

 「ありがとう、イリーナ。でも、そんなことはしなくて良いです」


 私はイリーナを見ようともせず、ただ歩く。

 心配そうな声をイリーナはあげた。


 「まだ怒っているのですか?」

 「ええ、それは」

 「他に手があったとお思いなのですか? ファルラちゃん」

 「ええ。私とユーリスは、世界のすべてを敵に回せばよかったのでしょう」


 イリーナが思い詰めたように立ち止まる。


 「それは面白くありませんわ」


 その声で私は歩くのを止めた。ゆっくりと振り向き、うつむいたままのイリーナに私は感情を隠さず話しかける。


 「だから怒っているのです」


 置き場のない手を胸に当てると、イリーナはとても困った顔で私を見つめた。

 私は少しいたたまれなくなり、ぽつりと言う。


 「もっとも自分にですが」


 そう言ってからイリーナにやさしく微笑み、言葉を続ける。


 「イリーナには怒っていません。ふがいない私に怒っています。まんまと先生に乗せられました。これでは探偵失格です」

 「自分を責めてはいけませんよ?」

 「責めたくもなります。あの女優にも言われましたが、これは『私達には理解できない道理でみんなが動いている』というところに尽きます」

 「私は不思議に思ってます。先生はどうしてあんなことをされたのでしょう?」

 「愛ですよ、愛」

 「愛?」

 「憎しみながらも愛してしまう。私達の物語はすべてこれです。これなんです」

 「どういうことなんです、ファルラちゃん?」

 「んー。そうですね。イリーナは、これ以上は聞かないほうが良いですよ」


 イリーナはふてくされたように、道に落ちた落ち葉をふらりと蹴る。さわりという音を立てて、落ち葉が逃げるように落ちていく。


 「ファルラちゃんはいつもそう。こんなにも面白そうなのに」

 「面白くはないですよ、こんなこと」

 「いいえ、これは面白いに決まっています」

 「聞いてしまったら戻れないこともあります。私はイリーナにはそのままでいて欲しいと思っているんです」


 少しため息をつくと、イリーナが私の前に立つ。そのまま両手で私の右手をつかんだ。


 「もう、こんなに冷たくして」


 はああと引き寄せた私の手に息を吹きかける。イリーナの温かさ全部が私に伝わっていく。


 「変わらないものなんて、ないんですよ、ファルラちゃん。だから面白いんです」

 「それはイリーナもですか?」

 「ええ。私もいつかは」

 「それはそれは」

 「さあ、行きましょう。相手を待たせてしまいますよ」


 イリーナは私の手を取って、そのまま嬉しそうに歩き出した。


 崩れかけた旧221B校舎を過ぎ、占術学講堂の横の路地に入る。そこから苔むした階段でわずかに降りると、比較的新しい校舎達から、開校当時からあると噂されている古びた建物が連なる一角へと変わった。建物が複雑に交わる中を私達は歩いていく。空気がさらにひんやりとしてくる。巨木と渡り廊下がいくつもの重なるところを過ぎ、草がところどころに生えたレンガ壁を過ぎたところにそれがあった。


 「さあ、ここですよ、ファルラちゃん」

 「扉?」


 それは開けたら掃除道具でも入っていそうな、小さくて狭い木の扉だった。


 「この扉の向こうから面白くなるんです」


 扉を開けるとイリーナは少し微笑んだ。

 中は真っ暗だった。そばに近寄ってみる。下から生暖かい空気が吹き上がっていた。


 「さあ、行きますよ」


 イリーナがライトニングを唱えて、指先に明かりをともす。

 照らされたその先を見ると、すり減った石の狭い階段が下へ降りていた。


 「こんなところに……」

 「私もここを先輩から教えられたときはびっくりしました」

 「グリフィン先輩にですか?」

 「ええ、そうです。とても面白い方です」

 「16年生という噂もありましたね。謎の多い人ですが、面白いということには私も同意です」


 私達は暗闇に続く階段を一歩ずつ注意深く降りていく。ときおり下から吹く風がイリーナの魔法の明かりを揺らしている。

 私は感心したように言う。


 「学園の中のくせに、迷宮化してますよね……。遠くのダンジョンに遠征しなくても、ここでじゅうぶんだったでしょうに」

 「1000年続く学び舎だそうですから、こうした隠し通路や未踏の部屋はたくさんあるようですわ」

 「勝手に通路や建物を建てる学生が後を絶ちませんからね。自由な校風というのも困ったものです」

 「でも、これは少しわくわくします」


 イリーナが嬉しそうに、何度も折り曲がった階段を降りていく。

 私達の行く手を石の壁が立ちふさがると、イリーナは手をかざす。すると隠し通路が私の横からあらわれた。


 ……まったく。魔法学園は面白いところです。


 再び歩き始めた私は、イリーナにふと声をかける。


 「そういえば、魔族学の研究室から逃げた『見えない魔物』が隠れているという話は、どうなりましたか?」

 「みなさん大騒ぎで探しに行きましたわ。ちょっとしたお祭りになって、たいへん面白かったのです」

 「それは良かった。まるでスナーク狩りですね。プージャムではないことを祈ります」

 「プージャム?」

 「いえ、架空の魔物の名前です。それで、結局見つかりましたか?」

 「私もペンキ片手に探したのですが……、どこにもいませんでした。誰も見つけられなかったようなのです」

 「それは面白くありませんね」

 「ええ、とっても」


 喧騒の音が近づいてきた。通路の付き当たりにある小さな石の階段を上がると、にぎやかなところに出た。

 とても大きな広さを持つ建物の中。そこに広がる少し狭い通路には、みっちりと店が立ち並んでいる。飲食店、洋品店、八百屋、魚屋、武器屋、そして何を売っているのかわからないような謎の店。そんな店々を学校の色である深紺のベストを着た学生や人々が大勢行き交っている。


 「変わりませんね、このパチカ市場は」

 「にぎやかで、毎日とても面白いのです」


 イリーナがスキップでもしそうな勢いで、私の手を引く。人の流れを縫うように進むと、どんどんお店の間口が狭まり、お店自体も折り重なるような複雑な形になっていく。そうして市場の最深部へと近づいていった。


 「このお店、お腹がつっかえて入れない人もいるでしょうね」

 「ファルラちゃんは大丈夫そうですね」

 「ええ、私はいつまでもそうしていたいところです」

 「ふふふ。さて、どうでしょう」

 「イリーナ、それはどういうことです?」

 「あ、ここですよ、ファルラちゃん」


 指さしたのは、人が横に2人並んだぐらいの小さな店先。そのさらに小さな窓から、とても食欲をそそる匂いが流れていた。



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作者がダンジョン飯の再現ご飯を食べながら喜びます!


次話は2022年10月13日19:00に公開!

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