第4話-⑧ 悪役令嬢は笑い合った助手の手を離してしまう



■王都アヴローラ近郊 元ディムトリム重犯罪者刑務所があった場所 オクディオ大月(10月)1日 5:00


 目を開けた。

 朝焼けが見えた。

 青と黒と赤の色が混ざり合っている。

 そこを小さな点がいくつか横切っている。あれは鳥なのかな……。


 風か過ぎる。

 少し寒い。

 でも、握りしめていたユーリスの手は暖かった。


 「ユーリス?」

 「生きてるよー。ファルラは?」

 「生きてますよ。ええ」

 「はは……」

 「うふ……」

 「あはは、あははははは」

 「ふふふ、ふふふふふふ」


 何がおかしいのかわからなかった。

 だけど、私達は地面に寝たまま笑い合った。

 それでも、その手は離さなかった。


 「生きてるね」

 「生きてます」

 「すごいや」

 「すごいです」


 私はぴくりと手を動かす。

 それ以上動かそうとすると、特有の鈍い痛みが全身に走った。


 「ふふふ。久しぶりに魔力が尽きました。ぜんぜん体が動きません」

 「もう、ファルラ。あとで、むっちゃちゅーちゅーしてあげる」

 「そんなこと言って。ユーリスも動けないんじゃないんですか?」

 「残念でした。少しは残したんだよ。こうなるだろうと思ったから」


 ユーリスが体を起こすと、私の体に覆いかぶさる。

 私を少しだけ見つめる。

 耳元から垂れる髪をかき分け、目をゆっくり閉じ、そのまま唇を重ねた。


 「んっ……」


 小さな舌先を感じる。漏れ出す吐息が私を包む。

 ユーリスはただ魔力供給しているだけ! 魔力供給しているだけ!

 そう何度も言葉を心で繰り返しても、体が反応してしまう。


 ふと目を開ける。

 先生が私達を見下ろしていた。


 「……最中に悪いが、起きられるか?」


 私はユーリスの肩をつかんで、よいしょっと体をどかす。

 「ええーっ」という残念がるユーリスを、「ほら、あんたも立って」と女優が起こす。「無茶して、もう」とパタパタとはたかれるのを横目で見ながら、自分はひざをついてどうにか立ち上がる。


 「ユーリスとは魔力供給しただけです」

 「そうか」

 「だから、こうして立てるようになりました」

 「そうだな」

 「決して情欲を交わしていたわけではありません」

 「そういうことにしておいてやる」

 「あのですね、先生……」


 先生が手を上げて遠くを指さす。


 「みんな。景色がすごいぞ」


 そこは、なんとも殺風景だった。


 「何にもありませんね」

 「さらさらとした砂しかない。岩のかけらすらないな。10リギュ(約1300メートル)四方はこんな感じだろう」


 薄暗いなか、わずかな光に照らされて、崖のようなものが少し遠くに見えた。

 ぐるりとまわって見渡してもそれしか見えない。

 先生はぽつりとつぶやく。


 「お椀の底に私達はいるようなものだな」

 「登るのは、一苦労しそうですね」

 「お前は……」


 先生はため息をつくと、宿題を忘れた生徒を叱るような声を出した。


 「何をしたのか、わかっているのか?」

 「流星を召喚しました」

 「さらりというな。人類における最大の質量兵器だぞ。対魔族の切り札を……」

 「その上の方が見ていても問題になりませんよ」

 「なぜだ?」

 「実用的ではないからです。全人類の魔力を合わせてもせいぜい2回。そして条件が整えば耐えられることを証明しました」

 「その問題にならないことを問題にしているのだ」

 「それはそれは」


 遠くを見つめると先生が、何かすっきりしたように話し出した。


 「生きている間に、この魔法が見られるとは思わなかった」

 「良かったですね、先生。少し楽しそうです」

 「ふふ。そうか?」

 「さて、先生はどうされます? しばらく私達がかくまうことはできますが」

 「少し寄りたいところがある」

 「なんです?」

 「私の生涯の研究テーマだった。人生をかけたものでね。ずっとわからなかったが、ようやくすべてがひとつに繋がった。素晴らしいよ。実に素晴らしい。捕まって待っていた甲斐があった」

 「先生?」

 「なぜ、あんなにも大規模な魔法が発動したのか。計算したら魔王が持つ推定魔力量の300倍もある。常人なら起動すら無理なはずだった」

 「……先生?」

 「レッスン2だよ。ファルラ・ファランドール」

 「たとえ信じられなくても事実こそが真実である」

 「そうだよ、我が愛弟子」


 先生の背後に黒い騎士が急に現れた。

 黒い鎧と黒い翼。


 「連合王国軍の空挺部隊!」


 空を見上げる。

 点だった物が大きく見えた。

 それは連合王国軍が誇る対魔族用の空中戦艦だった。そこから同じ恰好をした黒い騎士たちが、何十人もこちらに向かって落ちてきた。

 すばやく着地すると、詠唱済みの手や、雷銃と呼ばれる前世では短機関銃のようなものを私達に向ける。

 速かった。

 あっという間に取り囲まれた。


 「ファランドールさん、残念です」

 「ああ、その声はオルドマン衛士長さんですね」

 「ええ、ここが私の古巣でして」

 「私、何かやっちゃいましたね」

 「はい。刑務所は連合王国の所有物です。それが破壊されたのなら、それはもう国家の敵であるということです。それに王都にまで衝撃波や地震が伝わりました。もう看過できません」

 「困りましたね。それは」

 「……あなたは人類には過ぎたものです。水晶封印されます」

 「なかなか厳しい処断です」

 「当たり前です。人のように心が移り変わるものが、あれだけの巨大な魔法を扱えるのですから。封印していたほうが人類は安心できます」


 さて、ここからどうやって抜け出そうとしていたときだった。

 先生が私達の前に出て、腕を広げて楽しそうに言った。


 「私を捕まえるのはいい。でも、君たちにはもっと興味深い重大な犯罪者を紹介できる」


 「なに?」と衛士長が声を上げる。


 「こちらが『グレルサブの惨劇』の首謀者、ユーリス・アステリスだ」


 先生がユーリスを指さす。

 ユーリスはきょとんとして、「え、私?」という顔をしている。

 私はその場を静止するように声を上げた。


 「待ちなさい、そんなのは嘘です」

 「嘘のはずはあるか。流星召喚の魔力量、あれだけの魔法を起動させ、コントロールできる能力。証拠ならここにでっかく残っている」

 「先生は、それが目的だったのですね」

 「ああ、そうだよ。愛らしくも憎らしい、ギルファの娘よ」

 「母を……、母を知っていましたか」

 「ああ、私もそばにいたひとりだった」

 「おかしいですね。私は魔法学園に来るまで、先生の顔を知りませんでした」

 「そうだろう。愛するギルファを『薔薇園』から追い出したのは、この私だからね」

 「私を騙していたのはあんな魔族ではなく、先生でしたか」

 「騙してなんかいないさ。言わなかっただけだ」


 私は瞬時に駆けだした。


 「ユーリス! こいつです。こいつがお母さんを! お母さんを追い詰めた張本人です!」


 騎士は素早かった。すぐに私は地面に組み伏せられた。苦労して顔だけを上げると、憎しみに歪んだまま先生に叫んだ。


 「殺してやる!」


 先生は目を細めて私を見つめ、残念そうに言う。


 「どうした探偵? ファルラ・ファランドールよ。いつもの冷静さを欠いているぞ」

 「お前がいなければ、お母さんは! お母さんは、あんなことへ魂を売らずに済んだんです!」

 「自己責任という奴だ」

 「お前たちがお母さんを利用したのはわかっています!」

 「ああ。そうだよ。私やユーリス、アーシェリたちは、その最高傑作だからな」

 「黙れ! 殺す!」


 ユーリスがうなだれたまま、悲しそうな声をあげた。


 「ねえ、ファルラ。ファルラのお母さんを殺したのは、私なんだよ?」

 「わかってます。ですが……」

 「ファルラのそばにいられて幸せだったよ、私。だから……」

 「ダメです!」

 「もう私は罰を受けなくちゃ」


 何を……、言って……。

 手を握りしめる。その手にはもうユーリスの温もりが消えていた。


 ドゴンッ!

 私は上にかぶさっていた騎士を爆裂魔法で強引に跳ね飛ばすと、垂れる血も気にせず起き上がった。


 「やはり、殺さなくては。ユーリス以外、みんな、何もかも……」


 そのとき空から大きな声が響いた。


 「それは待ったほうがいい」



--------------------------------------------

いつも応援や感想をたいへんありがとうございます!

よろしかったらまた「♡応援する」を押してください。

作者が「北方名物グレルサブ音頭」を歌いながら喜びます!

ぜひよろしくお願いしますー。


次話は2022年10月11日19:00に公開!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る