第4話-⑦ 悪役令嬢はダンジョンを破壊する
「ふっ、なかなかやるではないか」
「もう、よしましょう。何が目的かはわかっています」
「ほう? 聞かせてもらいたいものだ」
「復讐として私の殺害。違います。もっと楽に殺せる方法はあった。ダンジョンそのものの生成。違います。私以外の誰かが来てもダンジョンコア生成のきっかけは作れた。先生、私に魔法を使わせるのが目的でしたね?」
「ああ、よい見世物だったよ」
「見物客はギュネス=メイですか?」
「いや、もっと上の方だ」
もっと上って……。
それは、魔王アルザシェーラ、ただひとり。
「我が身は彼女のものだ。私は血のつながり以上に恩義を感じている。魔道の学徒として誰もが目指す、真理の探求、根源へ至る道を拓いてくれたのだから」
「アルザシェーラ家の復興はどこに行きましたか?」
「ふふ。親友の願いだ。叶えてやらんこともない」
「やっと本音が出ましたね。魔法バカな先生がどうしてと思っていました」
「こんなこと、人の世でできるものではない。ああ、魔族達はすばらしいぞ」
「先生は本当にバカですね」
「何を言う。私がバカならお前は大バカ者だ」
私と先生はなんとなくクスクス笑い出す。
ユーリスが手を先生に差し出した。
「コーデリア先生。死にたくはないよね?」
「ふふ、私はもうすぐ死ぬ。魔族の血を持つ者の宿命だ。ずっと前から覚悟をしている。お前だってそうだろう?」
「覚悟なんてできないよ。私はファルラのそばにいたい。それだけだから」
「この大バカ者はそんなにいいのか」
「わかればいいのに」
「怖かったのだ」
「なら、生きようよ? おいしいご飯をたくさん作るから。ファルラのこと、わかってあげて。その日が来るまで」
先生がユーリスの手を握る。そのままユーリスに引っ張られてコーデリア先生は起き上がった。
「私がお前たちに必要なんだな?」
「ええ」
「どうする、もう外側の区画は落ちているぞ」
私は後ろで見守っていた女優に尋ねた。
「約束通り、中央の柱までは通路を残していますか?」
「行けるけど、階段も何にもないわよ、あそこ」
「じゅうぶんです。私達は助かります」
そのとき、ユーリスがふっと気が抜けたように、どさりと床に倒れた。
■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下106階中央通路 オクディオ大月(10月)1日 2:00
私達は走っていた。牢獄の狭い入口から土砂が吹きだす。廊下の壁が崩れて波のように瓦礫がかぶさってくる。
「なんなのよ、これー!」
「走って!」
「やってるでしょ! 走んなきゃ、死んじゃうでしょうが!」
女優が前を走る。私はユーリスをおぶって、そのあとを走っていた。
苦しくても、自分のことは何も言わないユーリス。そんなことは知っていたのに。後悔で悔しくてたまらない。
でも、いまは……。
「こっち!」
女優が叫ぶ。少し粗末な扉を蹴破るように開けると、私達はその中に飛び込んだ。
「扉を閉めて! 少しは持ちます!」
そう女優に叫びながら、私はユーリスをそっと床に下ろした。
そこは少し広めの殺風景な部屋だった。真ん中には膨らんだ壁のようなものがあったが、これが中央の柱なのだろうと思った。
「見せなさい」
先生がそう言うとユーリスのすぐそばに屈みこむ。手をかざし、頭からお腹のあたりまで探っていく。
「無茶をさせ過ぎだ。バカ者」
「すみません。ヒールなら私が」
「やめといたほうがいい。逆効果になる」
「え……」
「魔族の血と人の血の違いは、魔素の含有量にある。普段は危ういバランスで拮抗しているが、魔力が尽きると魔素を多く含む魔族の血が勝ってくる」
「ヒールなんて掛けたら、魔族の血も活性化して、余計に体を侵食する」
「そうだ。純粋に魔力供給するしかないだろう。このままだと人の形を保てなくなる……、ってファルラ! お前!」
私は躊躇しなかった。
手からでは与えられるほうに意識がないと魔力を渡せない。
だから……。
粘膜の接触による強制的な魔力供給。
手を握りながら、私はユーリスの口を舌でこじ開け、その中にある小さな舌先を吸う。
ユーリス、ごめん。
ごめん……。
お願い……。
涙が出るのをかまわず、必死にユーリスの舌を吸い、からませる。
「ホロウブレイクの弱いのをかけておこう。多少魔族の血が弱まるはずだ」
先生の声を聴きながら、ずっと唇を吸い続ける。
3年前も、グレルサブのときも。
あのときはユーリスがこうしてくれた。それを思い出していた。
ユーリス、ごめん、ごめんね……。
パン、パンパンパンっ!
背中を叩く手でようやく気がついた。
私はあわててユーリスから唇を離す。
「ぷはあ。ファルラ、いくらなんでもこれは恥ずかし過ぎですよ! 先生見てますよ。ほら、ほらほら! 笑ってるし」
ユーリスが体を起こして、そんなことを手を大きく振っておおげさに言う。
「ユーリス。大丈夫?」
「何が? ですか?」
私はユーリスのおでこをぺしぺしと叩く。
「ちょっ、いたっ、痛いです! 何するんですか!」
「なんで魔力切れを黙ってたんですか?」
「それは……。ファルラの魔力を少しでも節約しようと……」
「それで倒れたら仕方がないでしょう?」
「ごめんなさい……。でも、もう元気ですよ?」
「ほんとに?」
「はい、ファルラがむっちゃちゅーちゅーしてくれたおかげです」
「ばか」
私はユーリスの体を抱きしめる。
よかった……。
ほんとよかった……。
私のほうがバカだ。大バカ者だ。
女優が私達を見下ろしながら言った。
「イチャラブ結構。でも、このままだと私達、地面の下よ」
ユーリスと私は顔を見合わせる。
「どうするの、ファルラ?」
「……いっしょに埋まるのも、案外いいかもですね」
むに。
私の頬をユーリスがむにむにとつまむ。
「そんなこと言わない。ファルラと私は生きる。わかった?」
「ひゃい。わひゃりわした」
コーデリア先生が私達をのぞき込む。
「時間がないぞ。どうするんだ、ファルラ?」
「みんなで防御結界を何十も張ります。上に」
「上? 瓦礫は周囲から圧迫してくるぞ?」
「はい、それで私達を守りながら、強力な爆裂魔法で上の階をすべて吹き飛ばします」
「無茶をする。ここは地下30リギュ(約4000メートル)はある。並大抵の魔法では圧力に押し返されて、私達が蒸し焼きになって死ぬぞ」
「ええ、並大抵でなければいいのです」
「……防御結界は、こうお椀のようにカーブさせなさい。上に力を反射させ、下に行く力がそれる」
その話し方は、さっきまで私達を殺そうとしていた先生ではなく、いつも教室で黒板を前に教鞭を振るっていたそれと同じだった。
「はい、先生」
私は先生を敬愛する生徒のように微笑み返す。
それからは必死だった。
みんなで魔法陣を形作り、上へと重ねる。何度も何度もそれを繰り返す。
「張れましたか?」
「ええ、これでいいのね?」
「こっちもだ」
先生と女優が手を上にしながら、そう叫ぶ。
ユーリスが私の手を取り、ぶんぶんと振った。
「ほら、そんな顔しない。ファルラはいつも自信たっぷりに笑ってなきゃ」
ユーリスがその手を引き寄せて、ぼろぼろになった私を抱きしめる。
その体の暖かさに、私は少しだけ泣き出した。
「私だけでも……。私だけでもあの魔法は使えます」
「ダメだよ。ファルラ。わかっているでしょ?」
「でも……」
「また、おばちゃんのパンを食べようよ。少しだけ朝寝坊してさ。ぼんやり街を眺めながら。きっとファルラはお行儀が悪いから、パンくずをこぼしちゃうんだ。私が『もう』って言って笑いながら片付けて……」
「ユーリスを! ユーリスをいまなくすのは耐えられません!」
「大丈夫だよ。3年前のときとは違うから。あのときはお互いひとりだったけどさ。いまはふたりなんだ。ふたりならできる」
「ふたりなら……」
「ほら、言って」
「ユーリス……。ごめん」
「違うでしょ?」
「……お願い」
「うん」
「ユーリス。お願い」
「うん、ファルラ」
「ユーリス! お願いします! 私と一緒に!」
「私はずっと一緒にいる! ファルラの笑顔のためなら!」
ふたりが両手を握り合う。手の甲の魔法陣が光り出す。
ふたりがうなずく。私達は笑顔になる。
ふたりが言葉を合わせる。彼方より召喚する、その魔法の言葉を。
「呪文詠唱……、だと? 第三位階の魔法すら無詠唱のお前らが……」と先生が驚いた顔をする。
あふれた私の気持ち、ユーリスがそれを受け止める。
ユーリスからあふれた気持ち、私がそれを受け止める。
繰り返す。
何度も。
ふたりで。
人類史上最大、世界最強のその魔法の呪文を。
「月よ」
「其は僥倖な金を持ってして」
「星よ」
「其は渺茫な銀を持ってして」
「金は銀へ、気高き光に」
「銀は金へ、甘き闇に」
「円環の我ら、いまあざけり笑われし」
「永劫の我ら、いま踏みにじられし」
「気高き光よ、共に立ち上がらん!」
「甘き闇よ、共に誓わん!」
「汝と我を蔑むすべての者どもに」
「汝と我に仇なすすべての者どもに」
「「あまねく滅びを与えんことを!」」
「流星召喚!」
「「スタータイドッ、ライジンガーァァァァァ!!」」
……。
…………。
………………あれ?
「何も起きないわよ?」
不思議そうに言う女優。
血相変えて先生が叫ぶ。
「お前らバカかっ! 大バカ者だ! 星を落としてここを穿つだと!」
カタカタと音が響く。
地面が震えていく。
どんどん大きくなっていく。
「来た」
ユーリスがつぶやくと同時に、私は叫んだ。
「みんな手を上に、魔力を全開に! 急いで!」
必死に上へ手を伸ばし、みんなで魔力を込める。防御結界を何十枚も何百枚もさらに出していく。
「このぉ!」
「ぐうぅぅ!」
「ユーリス!」
「ファルラ!」
「「「くわああああああああああ!!」」」
直径30メートル。
推定総量100万トン。
その塊が月軌道の向こうからまっすぐやってきた。
通常なら斜めの突入軌道を描く隕石は、魔法の力で修正され、地球へほぼ垂直に落ちていった。
秒速50km。
地表落下時のエネルギーは約4100兆J。
TNT換算にして約1000キロトン。
広島型原爆の約65倍。
そのエネルギーは地面への衝突で熱へと変わる。
それは10万度以上に達し、あらゆるものを光と炎に変えていく。
吹きあがった爆煙は雲を作り成層圏にまで達する。
地面を揺らし、空気を震わし、すべてを蒸発させ破壊した。
それがいま、私達の真上で起きた。
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次話は2022年10月10日19:00に公開!
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