第4話-⑥ 悪役令嬢は恩師に一矢を報いる


 女優は、いくつもの魔法陣をじっと見ていた。


 「なるほど、わからないわ」

 「軍用魔法らしいですからね、これ」

 「軍用?」

 「北方での戦役で、魔族の屈強な装甲兵たちをなぎ倒すために使われたとか」

 「へえ、これが……、ってあなた、なんでそんな知ってるのよ」

 「探偵ですから」

 「……便利な言葉ね、探偵って」


 ユーリスが「できたよー」と私達に手を振る。

 私は組み合わされた光る魔法陣をひとつずつ指さす。


 「ここは空気を圧縮して元素を取り出す魔法、ここは磁力線を出す魔法、短い周期で発振させる魔法、熱を反復させて高める魔法……」


 指さした魔法陣がそれぞれ違う色に光り出す。それらがかちゃりと動き、整った形に収まっていく。

 少しずつ風が巻き起こる。ひゅーんという高い音がいくつもの立ち上っていく。


 「本当に魔法というのは便利ですね」

 「便利って、そういう意味?」

 「これは、いわゆるプラズマ砲です。いまから1億5000万度のプラズマでできた弾丸を下に向けて撃ちます。これなら地下106階まで直通できる穴を開けられるでしょう」

 「ひとこと言っていい?」

 「どうぞ」

 「あなた、頭おかしいわ」

 「それはそれは」


 私はユーリスの手を握る。ふたりの手の甲で魔術紋が光り出す。


 「魔力をユーリスに供給します」

 「うん、いいよ。来て。んっ……」


 魔術紋が回りだす。すぐにありえない速度で回転し、火花を散らす。


 「いくよ、ファルラ」

 「いつでも」


 砲身の魔法陣がかちゃりと一斉に並び出す。

 音が一気に高まる。小さな雷が砲身を駆け巡り、よりいっそう光が強くなる。


 私と手をつないだまま、ユーリスが叫ぶ。


 「極大魔法! マキシマムレンジシューターァ!!」


 下を向けた砲身から、まばゆい光が放たれる。


 すさまじい衝撃音。

 すさまじい輻射熱。


 一瞬で熱と光に包まれ、轟音がすべてを防ぎ、爆風がすべてをなぎ倒す。


 「いっけーっ!!」


 ユーリスが負けずに叫ぶ。


 たちまち床が光を発して溶けだした。

 赤熱した石が溶けたキャンディーのように垂れ下がる。


 熱と光を防御する黒い布のような魔法陣が、目の前から瞬時に消える。

 私は急いで、まだ高熱を発するその穴から下を見た。


 「いたっ!! ユーリス!!」


 私が叫ぶとユーリスはすぐに私を抱え込み、空中を蹴る。女優の襟首をつかむと、穴の中へまっすぐに飛び込んだ。

 少しずつ、その人が私達の前に大きく映る。


 「コーデリアァァァ先生ッッッッッ!」

 「戻ってくるとはな。その勇気や、良し。お前には100点満点をくれてやる!!」




■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下106階中央通路 オクディオ大月(10月)1日 1:00



 私たちは苦戦していた。ユーリスとふたりがかりで攻撃しているが、それはまったく当たらない。

 私が魔法でファイアボールを放つ。避けたところをユーリスがこぶしで狙う。わずかなところでかわされる。そして、その勢いでユーリスと私達に、先生の必殺技「勇者殺しの矢」が放たれる。


 ……パーフェクトカウンター。


 嫌な魔法の名前が浮かぶ。

 あらゆる攻撃をかわすと同時に、受けた力で反撃する身体強化魔法。

 高位魔族が使う、最悪の技。


 私とユーリスの拳をそれぞれの手で受け止めると、先生はニヤリと言う。


 「お前たち、この私が頭だけで体は鍛えていない、そんな人間だと思っていたのか?」


 「いいえ、まったく」と私は苦笑いしながら言う。

 「どうやって鍛えたのか、教えて欲しいかな」とユーリスは少し苦し気に息を継いで言う。


 そのとき後ろで声が上がる。


 「どーなっても知らないからねー!」


 女優が慌てて走り去る。

 とたんに牢獄の扉から瓦礫が吹きだした。次々と扉がはじけては、廊下を土砂で埋め尽くしていく。


 「何をした?」

 「さあ。ご自分で推理なさっては?」


 先生が私達をつかむと、力任せに放り投げた。


 「お前たち、封印を早めたな? 何を考えて……」


 「ユーリス!」

 「うん!」


 私達は立ち上がり、手を握り合う。手の甲の魔術紋が光り出す。


 「行きますよ」

 「先生ー! 腕の一本は覚悟してくださいね!」


 ユーリスがにこやかに手を振ると、私達は加速した。


 「なに?」


 ふたりで手をつなぎながら、私達は先生に至近距離で魔法をぶつけ、魔力込めた拳を振るう。

 手をふさがれたら足を、足をふさがれたら魔法を、魔法を防がれたら手を……。


 どんな攻撃でもカウンターされるなら、カウンターされるよりも早く動けばいい。


 私が持つ莫大な魔力。

 それによる身体強化。

 ユーリスの戦闘センス。


 私とユーリスなら、手が届く!


 「こいつ! まだ加速するのか!」


 先生の手が防戦一方になる。

 動くたびに後ろでは、廊下がはじけ、土砂が噴き出す。崩れ落ちていく通路。


 もう埋まる!

 速く、速く、もっと速く!


 「くっ……」


 先生の顔色が変わる。

 ユーリスと私が同時に魔法で加速した回し蹴りを先生に浴びせる。


 とっさに右手で受けようとした先生の手が間に合わない。

 衝撃波が飛び散る。

 かはっという声を出して、先生が吹き飛んでいった。

 そのまま監獄の重い鉄の扉に体が叩き付けられた。


 その瞬間、背後の扉を破って瓦礫が噴き出した。

 先生は壁に叩きつけられた。反対側の廊下の壁に、めり込むように。


 血まみれになりながら起き上がった先生。

 右腕から血を垂らし、痛みに顔をしかめている。

 その前には、私達がいた。


 「採点いただけますか? コーデリア先生」



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次話は2022年10月9日19:00に公開!


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