第4話-⑤ 悪役令嬢の助手はダンジョン中ボスを討伐する


 そのまま任すことにした私は、扉から少し外れたところに下がった。


 女優は扉を見据えたまま、両手の剣を下げる。

 それから目をつむり、ゆっくりと息を吐き出した。


 体をひねる。回りだす。それからふたつの剣をぶつけて音を出し、リズムを作る。

 踊る。踊り出す。

 くるくるとステップよく。

 剣がきらめき、音を奏でて、私達を引き込んでいく。


 「何してるんだ?」

 「剣舞です。ああやって踊ることで自己陶酔し、あらゆる身体能力を高めます」

 「始めて見るな」

 「それはそうでしょう。何しろ異世界の技ですから」

 「……なんだと?」


 女優の体が、浮き上がる。そっとつま先から地面を離れていく。

 舞い上がる風が強くなる。

 女優の目が見開き叫ぶ。


 「参る!」


 扉が破裂した。異変に気が付いた大勢の魔物が何事かと殺到し、その圧力で扉を壊したのだ。

 なだれ込む魔物の群れに、女優は二本の剣をただ振るう。

 布が風に吹かれるように。冷酷に切り刻む機械のように。

 薄暗い中、二本の剣が瞬く。火花を散らす。


 やがてそれが止まる。

 静けさが戻ると、そのあとには大量の肉片と血だまりが残された。


 「さて、次の幕を開けるわよ」


 その声でみんな我に返る。

 見惚れてしまっていたから。


 血で滑りそうになりながら部屋の中へ一歩を踏み出す。


 血の匂いがむわっとした。

 それから肉と服が焦げた匂い。


 その正体はすぐにわかった。

 祭壇の両脇にいるスケルトンメイジたちが、ひゅんひゅんとファイアボールをこちらに絶え間なく飛ばしてきた。


 女優が私達と敵の間に入る。

 二本の剣をみとれてしまう動きで回しながら、ファイアボールを薙ぎ払っていく。


 その隙に私たちは壁伝いに慎重に歩いていった。

 たまに長椅子の下から飛び出してくるゴブリンを、容赦なく突き刺す。


 私は立ち止まると右手を構える。ふたつの指だけを立てて、それ越しに祭壇を見る。


 「ああ、やっぱりいますね」

 「どうする、ファルラ?」

 「少し陽動してみましょう」


 私が両手を何度か交差させる。人差し指から白い光があふれ、文様が目の前の空間に描かれる。その魔法陣の環が閉じられると、私は小声でつぶやいた。


 「エクスプロージョン」


 空中に描かれた魔法陣がきゅっと収縮する。

 それとともに祭壇が爆発した。

 大音響とともに木や石、スケルトンメイジの骨片、あらゆるものが破裂し、暗闇の奥へと軌跡を描いて飛んでいく。


 あ。

 女優も一緒に吹き飛んでいった。


 「あはは、はは……。あとで謝っておきましょう」

 「ファルラー、やりすぎだよ」

 「ええと、ですね。私の魔力量が多くてですね。加減が難しいんです」

 「もう。だから私がやるって言ったのに」

 「まあ、でも」

 「うん。ありがとうファルラ。見たいものが見えたよ」


 壊れかけた祭壇が見えない手で粉砕される。

 それがじりじりと姿を現した。


 一つ目の怪物。サイクロプス。


 私達の3倍はありそうな身長、その体はパンパンな筋肉が凶悪そうに張っている。

 その目がこちらをにらむ。

 とたんに低い大きな声で吠えた。

 音量で体が震える。


 こんなところにはボスがいるだろうと思っていた。それがセオリーだから。

 ただ、どこにいるかがわからなかった。

 だから、こうしてみた。


 ユーリスが一歩前に出る。

 準備運動のように、トントンとつま先で何度か跳ねる。


 「行ってくるよ。ファルラ」

 「はい。ユーリス。いってらっしゃい」


 ユーリスが振り向いて、うんと笑ってうなずく。


 風が舞う。

 そして、跳ぶ。


 敵の巨体の太ももに乗ると、魔力を込めた掌底を左わき腹に当てる。


 スパーンッッッッッッッッッッッッッ。

 銃でも撃ったかのような衝撃音がした。


 巨体が揺らぐ。サイクロプスがユーリスをつかもうとする。ユーリスは足を蹴り、後ろに逃げる。すぐに風で空気の壁を作って、反動を作り、空気を蹴る。その勢いで丸太のような左腕に掌底をくらわす。

 腕がぶらりと下がる。

 よっぽど痛かったのか、右手で押さえながら、また咆哮を上げて空気を震わす。


 ユーリスは素早い。

 サイクロプスが飛び跳ねるユーリスを片手で何度もつかみ損ねる。いらいらとしたそれは、腹立ちまぎれに周囲の瓦礫を拳で粉砕する。すかさずユーリスは肩に乗り、その大きなこめかみに向けて掌底を放つ。巨体が膝をつく。重いものが石の上に落ちた音が部屋に響く。


 「目玉ひとつで君はよく頑張ったよ。うんうん」


 ユーリスがそういったときだった。

 サイクロプスの体中に、たくさんの目が見開いた。


 「うわ、気持ち悪っ」


 巨体が動いた。その身を急に起こしたせいで、肩に乗っていたユーリスがふらついて落ちる。そこをすかさずサイクロプスが右手でつかむ。片足を捕まれて、ユーリスがぶらんと垂れ下がる。


 「ユーリス!」


 私がそう叫ぶと、ユーリスはニヤリと笑い、私に手を振る。


 もう、この子は……。


 頭に来たのか、サイクロプスが右手を高く上げる。

 捕まれていたユーリスの体が、勢いでふわりと空中にあがった。

 サイクロプスは、そのまま叩きつけようと腕を勢いよく振り下ろす。


 「にしし。待ってたよ、それ」


 ユーリスが振り下ろされるその勢いで、体を起こしてサイクロプスの親指をつかんだ。そのままひねり上げると、痛さで手が緩められる。なんなく抜いたその足を少しプラプラとさせたあと、太い右腕に腕を回した。


 「よいしょっと」


 風の壁で空中を足場にして、腕を抱えたまま後ろへと背中をそらす。


 サイクロプスの巨体が、逆さまになって持ち上がる。

 高々と持ち上がる。


 そのままユーリスは体をそらし切り、サイクロプスを床にまっすぐ突き立てた。


 ズドォォォォォォォォォォォォンンンンンン。


 それは頭から石の床にめり込んだ。その体はもうぴくりとも動かなかった。


 ハーフネルソンスープレックス。

 転生前の言葉で言えば、そんなプロレス技に近い。


 ……すごいな、ユーリスは。


 体格の差は、ものともしなかった。

 壁にする風魔法の正確性。体の柔軟性。その戦闘センス。


 ま、当然ですね。

 私のユーリスですから。


 あっけにとられた衛士たち3人が振り向いて私を見つめる。

 アイクが私に少し興奮したような声をかける。


 「すごいな、あんたたち。すごいぞ、これ」

 「そうですか?」

 「ああ、たまげたよ」

 「それはそれは」


 近づいてきたアイクの顔へ、手を素早くかざす。


 「ホロウブレイク」

 「は? おい、……あっ」


 ぐはっと何かを吐き出してアイクがうずくまる。

 それは緑色だった。


 「やっぱり、魔族にはこれですね。魔素が多い体へ即効性があります」

 「なぜ、バレた……」

 「おかしいと思ったんです。私達は衛士長の証書を使ったのに、あなたたちは知らないようだし、そこには触れない。上へ連絡がつながらないと言ったのに、封印指令発動の警告だけは受け取れる。それに、こんなとこに非常階段なんか作るはずがありません。あったら礼拝のたびに囚人がこっそり脱走します」

 「な……」

 「ここの看守たちは、みんな魔族に入れ替わっていますね?」

 「くそっ、お前たちをダンジョンに食わせるつもりが……」

 「本当に笑えない冗談ですよ、アイクさん、テイさん」


 人の形をしていた魔族が姿を現す。それは内臓のような細長い生物が何十も絡み合っていた。形を保つことができなくなり、やがて崩れて床に広がっていく。白い煙を上げながら溶けていく。


 「ふう。やれやれですね」


 ドゴンという音がした。かぶさっていた瓦礫を蹴飛ばすと、そこから出てきた女優が、私めがけて歩いてくる。


 「やれやれ? はあ? あんた、何してくれてんの! 私がいたの見えてたでしょ? 女優の顔に傷ついたらどうすんの!」

 「ごめんなさい。お怒りはごもっともです。それについては丁寧にお詫びをしたく」

 「当たり前でしょ!」

 「生き残ってたら、ですが」

 「……まあ、そうね」


 ぼろ雑巾どころではなくなった女優が、顔の汚れをぬぐいながら、私に吹き飛ばされた怒りを収めた。

 ユーリスがあんな激闘なんて何でもなかったように、私へ駆け寄ってきた。


 「ファルラ、早く上に行こうよ」

 「いいえ、ユーリス。下です」

 「「はあ?」」


 案外、このふたりは仲が良いのかもしれない。

 女優が素の表情で私に怒りだした。


 「ちょっと待って、このままだと、ここ埋まるのよ? 封印されちゃうのよ?」

 「コーデリア先生を救います」

 「あれはもう化け物だわ」

 「それでもです」

 「なんなのそれ……。あれがあんたたちを助けられる人だから?」

 「いいえ」

 「じゃ、なに……」


 女優がうんざりとした表情を私に向ける。

 私はにこにこしながら、答えを言う。


 「これがコーデリア先生の実技試験だからです」

 「なにそれ?」

 「言ってたでしょう? 実技試験だ、満点取れって」

 「え、ええ……。確かに言ってたけど、それって言葉の綾じゃなかったの?」

 「違います。これは先生が周到に用意してくれた、私への試験問題であり、試験会場なんです。わざわざ人を追い出して魔物を入れたり、かなり大掛かりなものです。高位魔族もアゴで使ったのでしょう。途中で降りたらもったいないですよ」

 「そうかもしれないけどさ……。ねえ、あんたも言ってやりなよ」


 ユーリスが私をのぞき込む。真剣な顔をして、私に問いかける。


 「勝てるの?」

 「もちろん。満点どころか、こてんぱんにやっつけてあげます」

 「死なない?」

 「ええ。そのためにユーリスは私のそばにいるのでしょう?」

 「そうだけどさ……。ファルラは目を離した隙にどっか行っちゃうから」

 「3年前のようにはなりません」

 「約束、だよ?」

 「はい。……、ちょ、ちょっとユーリス!」


 私の頬に手を添え、有無を言わさずユーリスが私の唇を奪った。

 ぱっと離れると、ユーリスがおどけて言う。


 「これ、約束の印」


 顔をくしゃっとさせてにししと笑う。おでこをきらりと光らせて、ユーリスは照れくさそうに後ろを向いた。


 もう。ユーリスは……。

 隠していた私の手を見る。震えていたそれはいつしか止まっていた。


 女優はそんな私達をあきれた顔で見ていた。


 「……もう、いいわ。バカらしくなってきた。その代わり」

 「なんでしょう?」

 「絶対みんな生きて地上に出ること。いいわね」

 「もちろんです」


 私は本心を隠してにっこりと微笑んだ。




■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下82階囚人向け礼拝堂 オクディオ大月(10月)1日 0:30



 「角度はこのまま。砲身を中央付近に向けましょう」

 「ファルラぁ、これきっと全部は部屋に入りきらないよー」

 「三番炉以降は放棄します。20秒持たせられたらそれでいいです」

 「廃熱はどうするー?」

 「前方へ出します。下が涼しいことを祈りましょう」

 「はーい」


 ユーリスが人差し指で白い光をほとばしらせながら、魔法陣をいくつも書いていく。組み合わさったそれは、何かの大砲のように見えた。薄暗いなか、そのぼんやりとした明かりが、ユーリスの真剣な表情を映しだしていた。




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次話は2022年10月8日19:00に公開!

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