第4話-④ 悪役令嬢はダンジョン攻略と一緒に謎を示す
■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下82階看守休憩所 ケルム大月(9月)30日 23:00
そこは少し広めの部屋で、木でできた武骨で大きいテーブルがあった。
光量を絞った青白い光が、向かい合って座っている2人の看守をぼんやりと照らしていた。神経質そうな痩せた男が私達を見るなり、こう言った。
「アイク、そいつらは?」
「106階から上がってきたらしい」
「おい、すごいな、あんたたち。もしかして魔物か? 擬態する奴もいるんだろう?」
「テイ、やめろ。冗談にしても笑えない」
「……すまなかった」
「ザック、そっちは?」
テーブルにたくさんの呪符や魔法陣を広げていた、少し小太りの男が顔を上げた。
「ダメだ。向こうに何も届かない。俺たちが死んでると地上の奴らに思われたら、相当まずい」
私はその男のそばに行くと、ちらりとテーブルに置かれたものを見る。それから不思議に思ったことをたずねた。
「何がまずいんです?」
「封印指令が出されるんだ」
「ああ、土砂で生き埋めにする奴ですね」
「この刑務所のフロアは、それぞれ8本の外柱と1本の中央柱で吊っている。封印指令が出ると、それぞれ順番に柱が破壊され、全フロアが下へ落ちてくる。同時に封印魔法陣が完成する仕組みだ」
「柱が破壊される前に脱出すればいいのでは?」
「それができたら苦労は……」
「どのぐらい時間があるんです?」
「わからない。ただ封印指令が発令されたら、3時間でここは瓦礫に埋まる」
「んー、それはなかなかたいへんですね」
「あんた、ひとごとのように!」
椅子が倒れる。私につかみかかろうとしたザックの腕を、アイクがつかんで止める。
「止めとけ。俺たちだけじゃ、あの部屋を突破できない」
「わかっている。わかってはいるが……」
ザックが顔を背ける。アイクが私達に説明してくれた。
「悪かった。みんな仲間を食われてイライラしてんだ。頼む、あの部屋を一緒に攻略してくれ」
「モンスターハウスとか言いましたっけ?」
「そうなんだ。あそこは吹き抜けになっている大き目の礼拝堂なんだが、大量の魔物が中にいてな。ゴブリンだけで50匹はいただろう。ほかにはオーガやコボルド、スケルトンメイジまでいた。扉を開けると、すぐに魔物が飛び出て襲ってくる」
「てんこもりですね。あの部屋を通らずに済む方法は?」
「ない。通常の階段はトリフィドが大量に湧いてて、取り除くのは困難だ。あの部屋の奥には地上に出る非常用の階段がある。上までまっすぐ出られるはずだ」
「なるほど……。私達は何を?」
「ああいうところはな。度胸を決めて、飛び込んで、攪乱と陽動を誰かがやりながら、残ったやつらが個別に倒していくものなんだ」
「わかりました。手が足りない、というところですね」
「そうだ。やってくれるか?」
「だ、そうですが、どうします?」
「どうって、うーん」とユーリスは困ったように言う。
「やるしかないわよね」と女優は飽きれたように言う。
「というわけで、私達が先に入ります。それでよろしいですか?」
「ああ、やってくれるなら心強い」
「それはどうも。ところで水か何かあります? 喉が渇いてしまって」
「テイ、まだ予備があっただろう?」
そう言われるとテイが部屋の片隅に置いてあった木箱から、水が入った革袋をこちらに投げて寄越した。
「ありがとうございます。ユーリス、水をいただきました。飲んでください」
「え、何?」
「いいから。女優さんも」
「まあ、いいけど」
部屋の隅で、3人が集まる。水を飲むふりをして、私はユーリスと女優に話し出した。
「何かがおかしいんです」
「何って何?」
イラっとして私はユーリスのおでこをぺしっと叩いた。
「にゃっ! ちょっ、ファルラ!」
「少しは考えてください。気がつきませんか? この刑務所、圧倒的に人が足らないんです」
「人? そうなの?」
「衛士、看守、そして肝心な囚人」
「え、あ、コーデリア先生以外の悪い人に会ってない!」
「でしょう? この非常時なのですから、牢から出して避難させていてもおかしくはないのに」
女優が私達の会話に割りこんだ。
「どういうこと? ここに入ったときにやたら静かだったのはそれ?」
「そうです。私が思う不思議はほかにふたつあります。ひとつはコーデリア先生が私『も』ギュネス=メイに騙されていたと話したことです」
「事実、そうなんじゃないの?」
「仮にギュネス=メイとコーデリア先生が結託して私を騙そうとしたら、コーデリア先生は騙されていないはずなのです。一緒に事を起こしたのですから」
「それはきっと今はそうで、昔はそうじゃなかった、ということじゃない?」
「コーデリア先生が収監されることになった事件が、ギュネス=メイにそそのかされて起きたとしましょう。ふたりとも魔王アルザシェーラの信奉者です。ギュネス=メイが同胞に手を出したら魔王が黙っていないでしょう。共闘したほうがお互いの利益に一致しますし」
「そこには、なにか深遠な陰謀が……」
「そうです。そうなんです。そうやって思考の連鎖が続いてしまう。でも、コーデリア先生が把握できる範囲で、明快な正解はありません」
「でも……。うーん、どうしてだろう」
「もうひとつが、先生がなぜここをダンジョンにしたか、です」
「そりゃ自由の身になりたくて……」
「あれだけの術があるなら、たやすく出られるでしょう。わざわざこんなめんどくさいことをしなくとも」
「何か目的があるってこと?」
「はい。この剣と魔法の世界では『動機』が重要です。コーデリア先生にもこれをした動機があるんです」
「ううーん、何それ。わかるように言ってよ」
ユーリスがニシシっと女優に白い八重歯を出しながら笑った。
「もう言ってるよね、コーデリア先生は」
「ええ、そうです。ユーリスはよくわかりましたね」
「えへへ。だからさ、ファルラはどうしちゃうの? 思い切りやっちゃう?」
「もちろん。やっちゃいましょう」
ボロボロになった私達が笑い合う。顔の汚れも気にせずに。
女優が不思議そうに見ていたが、ふーっとあきらめたように息を吐いた。
「私は何をすればいいわけ?」
「さすが。そうこなくては」
私達がひそひそと話す。「ぎゃっ」とか「ええ……」という女優の言葉を挟みながら。
「まあ、いいわ。そんなことなら私に任せて」
「いいんですか?」
「役者はね、いろんなことを知らないとダメでさ。そうしないと、その人が思った気持ちとか表現できないから」
女優が私の手を両手で握りしめる。
「だから、できる」
その真剣な眼差しは、演技ではないと私は思った。
「わかりました。お任せします」
私は革袋をアイクという衛士に手渡すと、こう言った。
「行きましょう」
「もういいのか。なら……」
そのとき、赤い光がテーブルの上をぐるぐると駆け巡った。「警告。封印指令発動。警告。封印指令発動」と、机の上の呪符たちが、赤い文字を何度も繰り返して明滅させている。
「ああくそ。遅かったか」
「あきらめるには、まだ早いですよ」
「そうは言うが……」
「大丈夫です。助かります。この中の誰かは」
■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下82階囚人向け礼拝堂の前 ケルム大月(9月)30日 23:30
女優は、手にした長い剣で、自分の靴をこつんと何度か叩きながら言った。
「まあ、見ててよ。あ、もうひとつ剣をちょうだい」
私は1階層下で拾った少し幅広な剣を手渡した。
「ほんとにいいんですか?」
「もちろん。失望はさせないわ。うまくいったら拍手をちょうだい」
「それぐらいなら、まあ」
--------------------------------------------
よろしかったら「♡応援する」をぜひ押してください。
作者がびたんびたんと跳ねながら喜びます。
あなたの応援をお待ちしています!
次話は2022年10月7日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます