第4話-③ 悪役令嬢はダンジョンを彷徨い呆れられる



■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下82階移動通路 ケルム大月(9月)30日 21:00


 薄暗い通路で、ふたりの声がこだましていた。


 「あんたのご主人様はね、頭がおかしいの。わかる?」

 「ファルラのことは悪く言わないでくださーい」

 「結局、あのコーデリア先生というのが一枚上手だったわけでしょ? 何が真理を暴く探偵よ。聞いてあきれるわ」

 「ファルラのことは悪く言わないでくださーい。二回も言わせないでくださーい」

 「なんで、この私を、権威ある王国劇場で看板張ってるこの私を、こんな目に合わすのかな」

 「自業自得って奴じゃないですか? ぷーくすくす」

 「あー! あー! 笑ったわね!」

 「お笑いの人にでもなったほうがお似合いですよーだ」

 「あんたねえ…」


 衛士の服があちこち破けて、ぼろ雑巾のようになった女優が、わなわなと震える。飾りではない細い剣をしゅるりと鞘から抜くと、それをまっすぐに構えた。


 「やる気ですか!」


 同じくぼろ雑巾と化したピクニックぽいワンピースを着ているユーリスが、おでこを光らせながら手をチョップの形にして構える。


 ふたりがにじり寄る。


 「てぇい!」

 「とおりゃー」


 踏み込み、走り出すふたり。

 すれ違う。


 一閃!


 悲鳴が上がる。


 「ほらー、もうゴブリンがいるじゃないの」


 女優がユーリスの後ろに隠れていた緑色の小人に剣を突き立てていた。


 「こいつら、どっから湧いてくるんでしょうね」


 ユーリスが女優の後ろに迫っていたスケルトンナイトを、魔力を込めたチョップで切り倒す。


 「それがダンジョンコアというものです。どこかに魔族の占領域との通路ができたのかもしれません。なかなか興味深いですね」


 ふたりに近づくと、私は「うんうん」と、したり顔で言う。

 ユーリスが「はあああぁ」と、がっかりとしたため息をする。


 「もう。ファルラっていつもそう」

 「そうですか?」

 「ねえ、ファルラー。もう、ここ出ようよ。お風呂入ってベッドで寝ようよー。きっとそのほうが気持ちいいよー」

 「賛成。女優は早寝早起きも稽古のうちなのよね」

 「そうしたいのは山々ですが、こうも魔物が多くては……」


 すさまじく魔物が沸いていた。この世界には人類が確認しただけで254のダンジョンがあった。恐らくそれのどれよりも魔物が多い。

 そのせいであちこち重要な場所が、魔物に短時間で制圧されてしまった。

 途中の階段や、上の階へ行くにはそこを通るしかない通路たち。そこかしこに魔物があふれている。


 私達は迂回したり魔物を倒したりしながら上を目指していたが、だいぶ時間がかかっていた。


 剣を振り払って血を落とすと、女優が私に聞いてきた。


 「で、あんたは何がしたかったわけ? 名探偵さん」

 「ある魔族から、ここにいる囚人達全員を引き渡すように言われまして。それと引き換えに情報を与えると」

 「そんなことしようとしてたの?」

 「いえ、フリをするだけで、先生ひとりを連れてくる予定でした。それで起きる諸々の問題は、その魔族に押し付ける予定でしたが……」

 「それを『うかつ』って言うのよ」

 「ええ、まさか先生がああするなんて。残りの人生、楽しく過ごしたいと思わないのでしょうか」

 「人の心なんてそんなものよ。私達には理解できない道理でみんな動いているものだわ」

 「そうですね……。いろいろな人を演じている女優に言われると説得力があります」

 「あんた、そうやってしおらしくしていたほうが、かわいいわ」

 「それはそれは」


 ユーリスが「ねえ、ファルラ」と声を出す。

 それは少し古めかしい木の扉だった。

 暗くてプレートに書かれた文字が読めない。


 「入る?」と、ユーリスが小声でたずねる。

 「罠でしょ」と、女優が不用意に扉を開けたついさっきのことを話す。

 「でも、何かあるかもしれませんよ?」と、私は適当に言う。


 「じゃ、開けちゃうよ?」


 ユーリスがそう言って、扉の金具に手をかけたときだった。

 通路の奥から男の小さけれど必死な声がした。


 「だ、だめだ、あんたら」

 「へ?」

 「ゆっくり、そこから離れて。そうだ、いい子だ、ゆっくり、ゆっくり……。よし、こっちへ来い。走るなよ」


 私達があとずさりしながら声の方に行くと、暗闇の中でぼんやりとだったが衛士の服とそのいかつい顔が見えた。


 「あんたたちは、何でここにいる?」


 それは有無を言わせないような強い口調だった。


 ……まあ、仕方がないか。

 ここは監獄で、看守の服以外の人間は、囚人か、こんなことをした当人だと思われるだろうし。


 「いやー、たいへんでした。本当なんですよ。収監されていたエレノア・コーデリアに面会に来たら、こんなにことになってしまって。途中で遭遇した魔物から逃げながら、どうにかここまで上がってきました」


 嘘は言っていない。


 「106階からか」

 「はい。苦労しました」

 「たいへんだったな。下はどんな様子だ?」

 「ダンジョンの浸食が早くて。私達以外はもう」

 「そうか……。あんたたち、ダンジョンで明かりをつけないといい、生き残ってここまで来たといい、わかってるほうだな」

 「ええ、まあ。魔法学園の方針で、あちこちのダンジョンに放り出されて育ちましたから」

 「なんだ秀才じゃないか。ちょっと来てくれないか。仲間がふたりいる。いっしょにあの部屋の攻略を考えてくれ」

 「いいですけど……。なんなんですか、あの部屋は?」

 「いわゆる鬼湧きとかモンスターハウスって奴だ」



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次話は2022年10月6日19:00に公開!

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