第4話-② 悪役令嬢は恩師の豹変ぶりにうろたえる
「お前のことだ。代わりに何を私に要求する?」
「ええ、そうですね。コーデリア先生。例えば……。『魔族の血を持つ人間の延命方法』とか」
「ユーリスに、か?」
「そんなところです」
「小娘にはどうする?」
「いずれときが来るまでは、ジョシュア殿下やアーシェリには伏せておきます」
「ひどいな、お前は」
「そうですか? 私達が生き抜くための、良い交渉材料となると思うのですが」
「それはそうだが……。第一、私が延命方法を知ってるとは限らないぞ? 第一、私はお前達を殺そうとしたんだ」
「コーデリア先生自身のことでもあります。環境さえ与えれば必死に調べていただけるだろうと思いまして。ここではむずかしいでしょう?」
コンコン。
牢獄の鉄の扉を叩く音がした。
部屋の外にいる衛士が、面会時間を過ぎたので呼びに来たのだろう。
私はコーデリア先生へにこやかにたずねた。
「さて、先生。お時間です。ご返事は?」
「質問をひとつだけしたい。それに答えてくれたらここから出ようじゃないか」
「時間がありませんよ?」
「お前が答えなければ、それまでだということだ」
コンコン。
「いいでしょう。どんな質問です?」
コーデリア先生が人を食うように笑う。
「ファルラ・ファランドール。お前が好きな奴は誰だ?」
……。
…………。
………………は?
「す、すき?」
「そうだ。愛人、恋人、情人、性的対象。なんでも良いが」
「ちょっと待ってください。これは一体何の関係が?」
「ダメだ。私は質問をしている。質問に質問で返してはいけない」
コンコン。
コンコン。
ちらりとふたりを見る。
女優が扉に手をかけて押さえてくれている。
ユーリスは私のほうを何度も振り返りながら、それについて行った。
コンコン。
ゴンゴン。
けど……。もう……。
「ファルラ、答えない限りはここから出る気は起きないよ」
ゴンゴン。
ガンガン。
仕方がない。
私はどうにか言葉を出す。
「……ユーリスです」
「なるほど。お前はユーリスのために動いたんだな」
「はい」
「キスはしているのか?」
「……はい」
「体まで?」
「は、はあ? なんで、そんなことまで聞くんですか! 頭がおかしいです。楽しんでるんですか? 悪趣味です」
「私は質問をしているんだ」
ユーリスがぶんぶんと頭を犬のように振って、言うなと体で否定を伝えてくる。わかるし、私もだけど……。
ガンガン。
ガンゴン。
ガンガン。
ガンガン。
私はあきらめたように下を向いて言う。
「……最後までは、まだ」
「あはは、意外と奥手なんだな」
「それがなんだと! なんだと、言うのですか……」
「これで最後の質問だよ。いつからだ?」
「……3年前から」
「やはり、お前が夏に少し長く休んだときからだな。すばらしい。ようやくすべてがわかったよ」
すでに牢獄の扉は、コンコンどころではなくなり、足で蹴ったり体ごとにぶつかってきて、なんとしても開けようとしている。
「ちょっと、もう持たないわよ!」
「ファルラぁ~」
ふたりの情けない声が私を後押しする。
「私は答えました。次は先生の番です」
「ああ、そうだな」
くすくすと笑う先生が、腕組みをしながら私に言う。
「お前はきっと、こう思うのだろう。なぜ、先生がこんな質問をしたのか。ただの嫌がらせではないはずだ。ここからの脱出、ハロルド殿下との件、魔族との関係性は」
「ええ、いまそう考えています」
「よい。それでこそ私の生徒だ。だから、思考を読みやすい」
「なにを……」
先生は手を鉄格子へゆっくりと向けた。
「レッスン1だ。ファルラ、教えただろう?」
「……すべてを疑え」
「そうだ。その通り」
鉄格子がはじけ飛んだ。
まるで小さな玉が積み重なっていたかのように。
それが、ざらざらと床に流れていく。
「な……」
「私はいつでも出られる。出なかったのは、このときを待っていたからだ」
「なぜ……」
「ふふ、そんなこともわからないのか。落第だぞ、ファルラ・ファランドール」
先生が力を込めて虚空を握りしめる。空気がその中に凝縮していく。
「5杯の塩。10杯の砂糖。鉛筆を焼いた墨をひとつかみ。重要な書類の切れ端。魔族の血。好物のひとつを忌む。その解放。憎悪。それに乙女の恥じらい」
凝縮された空気が、赤い小さな球体へと変わっていく。
「さあ、私の愛弟子よ。列挙したものでできる、これはいったいなんだ?」
「……ダンジョンコア」
「正解だ。ありがとう、すべてを。あれで発動できた」
「そんな……」
「そうだよ、君も騙されたんだ。魔族にね。あのギュネス=メイに」
私はへたるようにその場に座り込んだ。
……私が利用しているはずだった。
はずだったんだ。
いったいどこから間違えた。
どうしてこうなった……。
「ここは良いダンジョンになるだろう。こんな地下奥深くに牢獄を作ったことを人は後悔するはずだ。何百年も何千年も。あははは!」
先生が笑う。心から楽し気に。
ふいに赤い球体が手からこぼれ落ちた。
細かく割れたかけらが床に散らばる。
とたんに部屋がぐにゃりとでたらめに動き出した。
「さあ、ファルラ。実技試験の時間だ。100点を取れなければ、お前は死ぬ。どうする? どうするんだ!」
私は答えられなかった。ただ茫然と先生を見ていた。
……君も? 騙された?
どういうこと……。
ユーリスが駆け寄り、腕をつかんで必死に私を立たせようとする。
「ファルラ、逃げようよ!」
「だめです、ユーリス。先生を止めないと……」
「その前にファルラが死んじゃう!」
「あれが私達の希望になるかもしれないんです!」
「ダメッ!! それでファルラが死んだら、やだ!」
女優の「ちょ、ちょっと、ここから離れないでよ!」という抗議もむなしく、押さえていた鉄の扉が吹き飛ばされた。なだれ込む衛士たち。牢獄の床や壁が溶けだしてぐにゃりと伸び、状況が呑み込めずにいた衛士たちに襲い掛かる。すぐに骨が砕ける乾いた音が響いた。
ユーリスは素早かった。
屈みこむと、ひょいと私を肩に担いで立ち上がった。風の魔法で空気を蹴り、脈動する床から離れる。そのまま女優の襟元をつかんで、一目散に通路へ飛び出した。
狭い通路や階段をなかば浮かぶようにしてユーリスが駆けていく。「みんな逃げて!」という叫びとともに。
私はユーリスの背中の上で、ずっと考えていた。
なぜ……。
なぜ、先生はこんなことをしている?
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次話は2022年10月5日19:00に公開!
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