我、師が放つ問答を堂々と推理し、産み出された迷宮から脱出せんとす
監獄の恩師編
第4話-① 悪役令嬢は恩師と会話を弾ませる
■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 地下106階 重犯罪者監房 ケルム大月(9月)30日 11:00
先生の傍らに置かれたカップからは湯気が上がり、甘いよい香りがしていた。
そのカップを持ち上げてお茶を一口飲むと、先生は私にすまなそうに語りかけた。
「これを飲まないと始まらないのでね」
「あいかわらずですね、先生。魔法学園の研究室と同じ香りがします」
「ああ、こればかりだったからな。この監獄で禁止されずに助かった。おかげで魔法学の研究がはかどるよ」
「それはそれは。いまは何を?」
先生がぺしんとそばにあった紙の束を叩く。
「第7位階魔法の予測と数学的モデル、といったところか。最近、良さそうな論文が出てね」
「サスキンドの投影理論ですか? 私も触りだけ読みました」
「なかなか面白い発想だった。我々が観測可能な境界面から魔力を得ているとしたら、魔法とは因果結果を情報として現実に投影しているに過ぎない。それなら境界面の向こうに干渉できる事象が第7位階と呼ばれるものかもしれない」
「ハミトニアン偏移時の発振も、なかなかうまい具合に回避されてましたね」
「ああ、あれは見事だった」
前髪を少しいじると、先生がふっと遠い目をした。
「ファルラ、お前はよくこうして私の研究室で過ごしていたね」
「ええ。学園にはあまり居場所がなかったもので」
「お互い、頭が良すぎたのだろう」
「そうかもしれません」
「ああ、だから私は案外楽しみにしていたんだ。お前が私の研究室にやってくるのを」
苦みとも甘みともつかない、微妙な空気がふたりの間を流れる。
ユーリスがそんな空気を壊してくれた。
「コーデリア先生はなんであんなことしたんですか?」
「私にはアルザシェーラの血が流れている。アシュワード王家の打倒は、私の積年の願いでもあった。魔法学を極め、人でありながら魔王となったアルザシェーラ公。魔法の研究に魂を売った私のような人間には、憧れであり、尊きお方だ」
「それでもダメなことなんですよ?」
「仕方がなかった。それが私の気持ちであり人生なのだから。でも、ファルラ、お前はどうなのだ?」
先生が生徒を問いただすように、厳しさとやさしさを混ぜた言葉を私に投げかけた。
私は迷ったけれど、これだけを言うことにした。
「ええ、まあ。無事に家を追い出されまして」
「無事、ね」
「許嫁であったジョシュア殿下もアレでしたし、外的要因という奴ですよ」
「外的要因にしては、ハロルド殿下のカフスボタンを盗んだり、いろいろ主体的に動いているではないか」
「それは身の安全を計るためでしたから」
「何から?」
「破滅フラグから」
「フラグ? なんだ、それは?」
微笑む私を前にして、コーデリア先生はあきれたようにカップを置いた。
「ファルラ、お前は何かしらのきっかけで、アルザシェーラ家の企みを知った。それをハロルド殿下に伝え、自身の庇護を求めた。ところがあらぬ方向に動いた。ハロルド殿下が直接動き出した。お前はあわててハロルド殿下を止めるための交渉材料としてカフスボタンを手に入れた」
「そうでしょうか?」
「ハロルド殿下がお茶会に出られた後の、小娘のうろたえぶりといったらなかった。私が生徒会長をそそのかしている間、お前は別の工作をしているな。ジョシュア殿下から破談を申し渡されるような……」
「いけませんよ、先生。もう過ぎたことです」
「お前が最初の一石を投じたのだ。その波紋がいろいろな者たちを動かした」
「だから、どうだと言うのです?」
「私は、理由が知りたいのだ。お前をそこまで動かした理由が。私がこうなった理由を。それはなんだ。なんなんだ!」
大きな声を上げるコーデリア先生を見て、ユーリスがその前にやってきた。
ピクニックだからと持ってきたバスケットかごを、ずいっと鉄格子の間から入れて先生に手渡した。
「コーデリア先生、これ食べて。食べたら落ち着くから。きっと、おなかすいたんでしょ?」
「ああ、これは。パンにはさんでくれたのか。ふむ……。これはうまい。肉がまた甘辛いのがよいな。香辛料も私好みだ。なかなかここでは食べられなくてね。ありがたい」
「大好きだったでしょ? このピリリさん。私も好きなんだ」
「懐かしいな。ほんとに。お前はよくできた生徒だよ」
褒められてユーリスがにししといたずらっ子のように笑う。
私は懐かしそうに先生に言う。
「ユーリスが作る料理は、先生もお好きでしたね」
「ああ、私好みだった。あのときに気がついていれば、ここで暮らすことにはならなかったな」
「そうですか?」
「口に合うはずだ。ユーリスは私と同じ北方育ちなのだろう?」
「……気が付かれましたか」
「お前はダメな生徒だと思っていたよ。ただ魔法学だけはよく勉強していた。それぐらいだと思っていたが、まさか私の必殺の攻撃が防がれるとはな」
「証明終了、ということですか?」
「ああ、そうだよ。ユーリスには私と同じ魔族の血が入っている」
先生は私達にたどりついた解の正誤を求めていたが、あえてそれに返事をしなかった。
ちらりと部屋の隅で腕組みしている女優を見ると、顔を背けてシッシッと手を振った。聞いていないことにしてくれたようだ。
私は先生に振り向くと、魔法学園にいたときと変わらない気軽さで話し始めた。
「先生、こんなところで飽きませんか?」
「お前は……。そういう奴だったな。何の脈絡もない言動で人から嫌われてばかりいる」
「んー、そうですね。あ、もしかして。先生は私のことを嫌いになりました?」
「嫌いならこうして話などしていない」
「ですよね。そうだと思いました。だからですね、先生。ピクニックへ行きましょう。ここに捕らわれているほかの囚人たちといっしょに」
「何が言いたい?」
「言ってるじゃないですか。ピクニックです。ちょっと北方のその先の魔族領まで」
先生が呆れた顔をして私を見つめていた。それからぷっと吹きだして笑い出した。
「あはは。きっと、このユーリスの料理のように全部用意済みなのだろうな」
「それはもう」
--------------------------------------------
よろしかったら「♡応援する」をぜひ押してください。
作者が床をごろごろさせながら喜びます。
あなたの応援をお待ちしています!
次話は2022年10月4日19:00に公開!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます