第3話-終 悪役令嬢は助手の訴えを聞き届ける
「あの女優さん、危険な人ですね。ファルラ、いいの? そのまま帰して」
「大丈夫です、ユーリス。お互いに秘密を握り合った、とでも思ってるでしょうから」
「まあ、それなら……。って、私達のこと、なんでばれちゃってるんです? そんなに人前でいちゃいちゃしてないよ?」
そんなことを言うユーリスの口を、私はキスで塞いだ。
まあ、誰かにはバレているだろう。
そう、バレている。そしてそれがあの女優に話している。
ゆっくりと唇を離すと、ユーリスがつぶやく。
「ひとつ気になってて……。誰が男爵を脅して国王陛下を暗殺させようとしていたんです?」
ふふ、うふふ。
「あっ。出かける前に送った手紙は、もしかしてうちに来た魔族へですか?」
「さすが魔族。手が早い。これには悪役令嬢の私もにっこりです」
「ひどい人……。本当に陛下たちが死んじゃったら、困るのはファルラでしょうに」
「暇つぶしの相手を無くしますね。まあ、私とユーリスが生き残れたら、何でもいいんです。あの場で処断され、あの屈強な衛士長にすぐにでも殺される可能性はありましたし」
「あれで良かったんですか?」
「陛下は私に『真相を暴け』ではなく『犯人を見つけろ』と言ったんです。あのとき、これがもう誰かが起こした事件だとわかっていた。魔族も失敗は予期してたはずです。本当に殺しかったら自分で行くでしょうし。今回は、お互い役者でした、ということですね」
それを聞いたユーリスがひどく寂しそうに言う。
「人がひとり死んだんですよ?」
「それがなんだって言うんです?」
そうそっけなく言うと、ユーリスは生きてた頃の母みたく私を諭すように話し始めた。
「ファルラ、ちゃんと理解しないとダメです。あなたがしたことで、人が死んだんです。あの男爵だって本来なら死にたくはなかったはずです。ファルラは魔族の仲間になるんですか? 私に魔族の血が入っているとしても、こんなこと望みません。ファルラだって、わかっているでしょう?」
「私がユーリスと一緒にいれられないとわかったときは、こうなるということです。王家や魔族にもこれで理解したはずです。私は誰の味方をしない。お互い、私の取り合いで潰れてしまえば良いですね」
「私と同じ人殺しをしてるって、言ってるんです!」
ユーリスの怒りが、大粒の涙と一緒に吹き出した。
顔をくしゃくしゃにしながら、泣きじゃくるユーリスを前にして、私は困りすぎて少し笑っていたのだと思う。
「ファルラ、お願い。私みたくならないで。お願いだから、お願い、お願いなんだから……」
泣きながらそう訴えるユーリスの拳が私の胸を何度もたたく。
言葉も気持ちも届かない、こんな私を戒めるように。
私はそのままユーリスの腰に手を回し、やさしく抱き寄せた。
「つらくなったらぎゅーですよ」
「嫌、ちゃんと聞いて……」
「私を嫌いになりましたか?」
「ううん。嫌いになるわけない」
「なら、私はそれでじゅうぶんです」
「約束して。もう人殺しはしないって」
「わかりました」
「本当ですか? 本当にわかってるんですか?」
「ええ、もちろんです。ごめんなさい、ユーリス」
ごめんなさい。たぶんその約束は守れないから。
私は大好きなユーリスを泣かしてばっかりなダメな人です。
だから、今から私がやることも、きっとユーリスを泣かしてしまうのでしょうね……。
■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階 ファルラの部屋 ケルム大月(9月)22日 2:00
ベッドの隣にはユーリスが寝ていた。泣き疲れてご飯も食べず寝息を立てているユーリスのその顔を、暗がりの中でじっと眺めていた。
かわいらしい唇に少し八重歯がはみ出ている。なんだかちょっと嬉しそうにしている。
無邪気な顔。いい夢だといいな……。
今日のような喧嘩やすれ違いも、1年を過ぎたら良い想い出になってしまうのでしょうか。ユーリスがいないその世界で……。
手をきつく握りしめる。爪が食い込んで痛みが走る。
いや……、そんなのはいや……。ずっと、一緒に。ずっと……。
そのためには私はなんだって……。
窓をこつんと叩く音がした。
私はユーリスを起こさないようにそっとベッドから抜け出ると、窓をゆっくり開けた。わずかな隙間から夜のように真っ暗なカラスが部屋へ入ってきた。勝手にテーブルに上がってきて、辺りを見渡している。
「君は返事なのかい?」
小声でそういうと、カラスの頭が割れた。濡れた内臓のようなものが、そこから何本も何かを探すように現れた。
それが血がにじむ私の右手に触れると、すぐに引っ込んで、とたんにカラスが1枚の紙に変わった。
さすが魔族。小物ひとつすら、グロテスクすぎる。
別に手紙には用件をひとつだけ書くという決まりはない。あの手紙でいくつか問い質したその返事を、私は窓辺に腰かけて月明かりの中で読む。
……取引、対価、そして時間。
そう、そんなものでいいのなら。
ふふ、うふふ……。
■王都アヴローラ近郊 ディムトリム重犯罪者刑務所 ケルム大月(9月)30日 11:00
びっくりするとは思っていた。
朝ご飯を食べていたら、いきなり「今日はピクニックに行きましょう」と私に言われ、慌てて支度したら、馬車に揺られて1時間。着いたところはこんな寂しい山中にある陰気臭い刑務所だったのだから。
「ここでピクニック……、ですか?」
「そうですよ、あなたも」
もうひとり、衛士の格好をさせたその人に話しかけた。
「あなた、頭おかしいわ」
「そのセリフは、私には耳慣れたものです。大女優ベッポ・アリスターナさん」
「私はあなたを殺そうとしたのよ? いきなり連絡もらって、この服を着てこいって言われて、着いたら刑務所で……」
「はい、これ。あなたは今からオルドマン衛士長です」
「あなた手癖が悪すぎ。ロマ川の東岸にいる浮浪児たちよりひどいわ。いったいいつ証書を手に入れたの?」
「役に立つものは、見かけたら何でも取っておきたくなりまして。あ、ちゃんと原本はお返ししました」
「そういう問題じゃ……。まあ、いいわ。付き合ってあげる。あの事件で、しばらく劇場が休みになったし」
「ユーリスもいいですか?」
「はい……。でも、何をしに来たんです?」
「さっきから言ってるでしょう? ピックニックだって」
「え……、うーん、いや……。ファルラもちゃんとやることを先に言って欲しい、かな……」
不思議がるユーリスの手を引いて、私達は蔦が絡まる刑務所の中へと入っていく。
私の中の転生前の記憶がよみがえる。1989年8月19日。この日、抑圧された国の人々は、ピクニックと称して閉じられていた国境をみんなで超えていった。
そう、これはただのピクニック。いまからすることも。
警護している衛士たちにオルドマン衛士長の証書は絶大だった。王家の命により探偵を連れてきた、とか適当なことを言ってもだいたい信じてくれる。
微妙に女優の色気が漂っていたのは、案外良いほうに働いてくれた。
「はい、いいですよ。あそこから降りてください」
「助かったよ」
「いえ。衛士長もお疲れ様です。結構先が長いですから、お気を付けて」
女優が手を上げてそれに答える。
私達は刑務所の建物の最深部へと歩いていく。
何度も階段を降りていくうちに、自分のいる場所がだんだんとわからなくなってくる。
この刑務所は、普通の刑務所とは違い、監房は30リギュ(約4000メートル)下に配置されている。いざとなったら地上の土砂ごと埋めて封印をかけるという、魔法を使った重犯罪者専用の牢獄だった。
最後の守衛所で犯罪者との面談方法を警備の衛士から教わる。持ち込みは原則禁止。必要なら事前に検査する。鉄格子から離れるように。呪物返しの強化。最終的には自分で身を守ること。それから……。
「ファルラぁ、これ、本当にピクニックなんですか?」
「そうですよ? お弁当も持ってきているでしょう?」
「さっき衛士の人がめっちゃぐちゃぐちゃといじってたけど……」
「まあ、いいじゃないですか。味は変わりませんよ」
「うーん、もう……」
通された廊下は、殺風景なものだった。光魔法のランプが灯す青白い光だけが、そこを照らしている。
衛士のひとりが私達の前を歩いて案内をする。女優がふと漏らす。
「なんだか静かすぎない?」
「こんなものでしょう。女優さんは怖がりですね」
「そうじゃなくてさ……」
衛士が重そうな鉄の扉の前に建つ。鍵の束をガチャガチャと言わせながら、ひとつを取ると扉に差し込む。
ガチャリと大げさな音を立てて、分厚いその扉が開いていく。
「面談は30分だけです。30分経ったら迎えに来ます」
衛士の言葉に無言のままうなづくと、その先へと踏み出した。
そこは普通の部屋だった。
しゃれたテーブルの上には湯気が立つカップが置かれ、濃い赤色をしたカーペットが敷かれた床には、いくつもの紙の束や分厚い本たちが無造作に落ちている。
生活感があふれている普通の部屋。
ただ違うのは、窓がないこと。私達との間に鉄格子があること。
その住人が私に気が付く。軽く手を振り、私はにこやかにあいさつをした。
「おひさしぶりです。意外とお元気そうですね。安心しました」
「こんなとこにまで、私の授業を受けに来たのか?」
「そんなとこですよ、コーデリア先生」
彼女は、魔法学園で私達に物事と道理を教えてくれた先生のままで、そこにいてくれた。
私達にかけるやさしい眼差しも変わらずに。
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皆様のご声援により連載継続決定!
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次話は2022年10月3日19:00に公開!
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