第3話-⑥ 悪役令嬢は犯人を観念させる



 女優が神経質そうに口元に手をやる。

 私は大きな身振りをまじえて、劇を演じている役者のように話し出す。


 「実に大胆。どうかしています。これにはいくつか意味があるのですが、まずあなたが、これで教えられた嘘の認識阻害魔法を信じたことでしょう。男爵は堂々と舞台から暗殺する人物を狙っていました。観客から声が上がることなく。それをあなたは見ていた。違いますか?」

 「さあ、どうかな」

 「んー。まずですね。男爵は頭上の足場にも行かなかったし、観客席にも行っていない。舞台の上に演じているあなたにこの凶行を止めて欲しかったのです。自分を殺してもらうことで」

 「あはは、なにそれ。なら、信じ込まされた認識阻害魔法を使って、演じている合間に私が男爵の首に縄をかけた、とでも?」

 「そのとおりですが、何か?」


 私の言葉に女優は演じる暇もなく絶句していた。


 「あなたは、認識阻害魔法の効果に安心して男爵の首に縄をかける。明かりが当たるところから外れてしまえば、舞台の上でも誰にもわからなかったでしょう。もしわかっても次の場面ではその縄が使われますから、そのための準備かと思われたはずです」

 「……」

 「次の場面に向けて縄が裏方の手で引っ張られる。あの作り物の翼の重さがないぶん、滑車がある足場に頭をぶつけるぐらい急速に引っ張られる。後頭部のこぶと首の骨が折れたのはそのときのものです。引っ張られて男爵が首を吊る。男爵が死んだら認識阻害魔法が解ける。ぶら下がった男爵の死体が出来上がり、というわけです。男爵は上から下に落ちたんじゃないんです。下から上へ生きたまま引っ張られたんです」


 ユーリスが淹れてくれた温かいお茶を一口すする。

 その間に助かろうと必死に考え抜いていた女優が出せた言葉は、これだけだった。


 「……そんなことやっていないわ」

 「あなたしか、いないんですよ。あなたしか、あの事件を起こせないんです」

 「死体が公演より前に合ったとか」

 「誰があの場面で死体を落としたんです? 魔法で人を動かすにはそれなりの力が要ります。風魔法とかもだめです。誰かがこっそり落としたというのもなしです。死体は温かいまま首が折れてました。あの瞬間にそうならないと傷の状況に説明が付きません」

 「生きて階段を上がって……」

 「可能ですが、それでは暗殺するフリができません。暗殺を強要していた人からは死んで逃げたと思われて、次はあなたに影響が出る可能性があった。それに暗殺を阻止して欲しい以外に自殺する理由はありませんから」

 「でも、男爵が上がっていったところは誰も見ていなかったわ」

 「ええ、あなた以外は。哀れに吊り下がるまでは息があったのです。だから認識阻害魔法が男爵を隠しました」

 「それでも……」

 「いいですか。これは自殺なんです。それにあなたが手を貸したんです。殺意が明確にあったあなたが、です」


 女優は答えを探しているようだった。自分が助かる道を探そうとしていた。


 「……そうだとしても、私以外でもできるかもしれない」

 「どうしてです? 認識阻害魔法を知っていて、使えない人でなければ、あれはできなかったんです」


 ユーリスが女優の後ろから、縄に見立てた薄いスカーフをそっと首に巻く。

 とたんに女優がびっくりして後ろを振り向いた。


 「これはなんのいたずら?」

 「感じましたよね。スカーフを」

 「ええ」

 「ユーリスはあなたが部屋に入る直前に認識阻害魔法を使っていました。見えなくなるのは見た目だけで感触は変えられないんです」

 「知らないわ、そんなこと」

 「普通は知っています。なぜなら、そうしたところに注意しないと、この魔法の効果や意味がなくなるからです」

 「それでも知らないものは知らない」

 「あのとき男爵は自分に縄をかけられたのをわかっていました。でも抵抗しませんでした。実に不思議です。男爵は知っていたんです。認識阻害魔法のこの弱点にあなたが気付いていたら、絶対に自分を殺してくれないだろうと。男爵に抵抗されて衆目される可能性をあなたは怯えていたんです。演劇中の舞台の上で、主演女優が男爵に首に縄をかけて殺そうとしているところを客に見られる。こんなのはスキャンダルどころではありませんね」

 「ええ、そうね。大騒ぎになるわ」

 「だから男爵は偽の情報を教え、安心して自分を殺してくれるように認識阻害魔法の弱点をあなたに教えずにいた。本当の魔法を知っていたら何かの拍子に気づく恐れがあったから、偽の魔法を教えた。つまりですね。これは認識阻害魔法を知ってても使えなかった、あなたしかできない自殺の手助けだったんです」


 女優が何かに勝てたように笑う。舞台で演じた役のように。


 「なら、私は認識阻害を使えたわ。なぜならあの衛士たちの包囲網を抜けてここまで来たのだから。だから私は犯人ではない」

 「さすが主演女優だ。すばらしい。何を言っても切り抜けてしまう。だから、私は一手打ってたのです。もし、あなたが外に出ようとしていても引き留めないようにと。そして後をつけてくるようにと」


 扉が開く。

 そこにはオルドマン衛士長が立っていた。


 「認識阻害魔法が使えていたら、衛士には見つけられず、衛士長に報告されません。あなたといっしょに衛士長がここまで来たということが、あなたに認識阻害が使えなかった、という証明になるんです」


 長い時間が過ぎていく。

 幕が降ろされた舞台のように。

 私はうつむいたまま何も話さなくなった女優へ、あえて軽く声をかけた。


 「良かったですね。認識阻害魔法を興味本位でかけて、試しに裸になって街中を歩くとかしなくて。丸見えでしたよ」

 「そんなことしないわ」

 「あなたは救国の英雄です。我が連合王国の重大な損失を未然に防いだ。名乗り出てもいいのでは?」

 「……」

 「あら、次のセリフを忘れましたか? なら、ひとつだけ質問しましょう」

 「いいわ」

 「あなた、何者ですか?」


 深々とため息をする彼女から、女優の仮面が落ちたような音がした。


 「あれは父よ。レフドア・ロスティナル男爵は私の本当のお父さん。私は妾の子だったから、貴族の家に入れてもらえず、早めに王立劇団に入れられたけれど」

 「ああ、なるほど。いろいろわかりました。男爵が庶民派になったのはあなたのせいですね。それに嘘の魔法も教えられても真実味はあった。お前は同じ男爵の血筋なのだから覚えておきなさい、とかなんとか」

 「ひどいものね」

 「そうですか?」

 「愛する父を犯罪者にしたくはなかった。公になればさらに恥辱をかぶる。だから……」

 「愛? それは嘘ですね」


 パンッッッ!

 ふいに女優が私へ平手打ちをした。


 「私がどれほど苦悩して……」

 「苦悩なんてしてませんよ。明確な殺意があなたにあったんです。あなたは自分が、自分だけが助かりたかっただけです」

 「違う」

 「あなたは女優を続けたかった。舞台から観客に注目され続けたかった。それは何としても守りたかった」

 「違う」

 「死んだ男爵は、あなたのことを良く知っていた。こうなるだろうと。おそらくあなた自身が暗殺を依頼してきた人たちが取った人質だったのでしょう。愛する子供を守るために、愛する子供に殺されることを選んだ。あなたよりよっぽど強く深く苦悩されたはずです」

 「違う!」

 「さて。そろそろ教えていただいてもよいかと私は思うのですが?」

 「何を?」

 「本当の理由です」

 「あなた……」


 女優は何もかもを吐き出すような深いため息をついた。


 「もういいわ」


 恥ずかしがることもなく、堂々と女優はスカートをたくしあげた。


 「これが理由よ」

 「なるほど」

 「私は女の格好をするしかなくて、男の人しか愛せない。この国では同性愛は死罪だわ。わかるでしょう? あなたたちも」

 「ええ、まあ」

 「なら」

 「わかります。だから、後ろに隠したナイフをこちらに渡してもらえませんか?」


 女優がぷふっと笑い出した。それから後ろに手を回すと、ドレスの背中のところから小さくて細いナイフを取り出す。仕込みドレス、というものなのだろうか。


 「いいわ、あげる。なぜ、わかったの?」

 「簡単ですよ。私は真実を解き明かしてしまうかもしれない。不安になれば取る行動はひとつです」

 「口封じ」

 「そうです。あなたの父上と同じように」

 「ふふ、そうね」

 「あなたは男爵が捕まることは避けたかった。そうです。同性愛は死罪です。暗殺の共犯になれば、そこを追求される恐れがあった。救国の英雄を名乗れない理由もそこです」


 髪をかきあげながら困ったように微笑む女がそこにいた。

 それは舞台の上より、よっぽど美しく魅力的に見えた。


 「私って、こんなにも演技が下手だったかしら」

 「いいえ、最高の演技でしたよ。実に堪能させていただきました」


 こほんと衛士長が咳払いをする。

 もういい、というとこなのだろう。


 「私を連れてって、衛士長さん」

 「それにはおよびません。衛士たちは勤勉に仕事をしているのでしょう。そうですよね? オルドマン衛士長さん」

 「はい。貴族がひとりで自殺したことにしています」

 「ということですよ。ここでの話はこれでおしまいです」


 きょとんとした女優が、ようやく理解する。

 自分は捕まることもなく、このまま自由でいられるのだと。


 「ふふ、あなた面白いわ。私もあなたたちのこと黙っててあげる」

 「それはそれは」

 「いい雰囲気だったよ。バレバレなんだから。だから困ったときがあれば手を貸してあげる」


 衛士長が女優に向けて有無を言わせない低い声を出す。


 「お前がこの方達に何かしたら、私は容赦なく監獄まで引っ立てる」

 「もうしないわ。だって面白いから。探偵さん、あなたいい役者になれるわ」


 くすりと笑う女優を横目で見ながら、衛士長が凛と言う。


 「この件はあの方のお耳に入れておきます」

 「そうしてください。それがあなたの仕事なのでしょうから」

 「はい。それでは失礼します」

 「それでは、ふたりとも。よい秋の夜を」


 ふたりが部屋から出て階段を降りていく。それを見届けたあと、扉をゆっくりと閉じた。

 ユーリスが困ったように、私へ声をかける。





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次話は2022年10月2日19:00に公開!

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