第3話-⑤ 悪役令嬢は犯人を誘い出し、トリックを解明する
「女優さん、そして衛士長さん。この剣と魔法の世界では、いかようにもトリックを作れますし、いかようにもトリックを破ることができます。では、この事件の目的はなんでしょう?」
「そんなの、わかるわけないわ。知ってる当人が死んでるんだし」と女優はそっけなく言う。
「わかりません。ですが、男爵が死んだことはあの場にいた観客全員が見てました」と衛士長は真剣に言う。
私は観客席の一点を指さす。
「やはり暗殺を図ろうとしていました、ほら、衛士長さん。ここからボックス席が見えるでしょう?」
「はい。先ほどまで私が護衛していた方が、あちらにいらっしゃいました」
「男爵が落ちた位置は舞台の真ん中に近いところです。ここから左端を狙おうとすると、だいぶ足場から身を乗り出さないといけないでしょう。体をじりじりと動かしているうちに落ちたのだと思います」
「では、位置の指示は」
「場所さえあらかじめわかっていれば、指示されなくてもわかるでしょう。わかっていればね」
「なるほど……」
ちらっと衛士が女優を見る。女優があわてふためく。
「私は教えたりしないわよ。どんな客が来るかなんて、よっぽどじゃないとわからないし」
「んー。今日来てたのはよっぽどな方なのですが、ご存じなかったのですか?」
「知らない。お忍びで来たら、私達には伝えられないし」
「それはそれは」
「暗殺しようとしてたのはともかくとしてさ、首にかかった縄はなんなの?」
「おそらく暗殺を果たした後は、抗議で死のうとしていた、とか、そんなところです」
「明日会おうとしているのに?」
「動機はきっとこうです。何かを最近知ってしまった。相手が断固許されない不正をしている。明日の話し合いではむずかしい。なら、自分がその天誅を下したとしたら。救国の英雄として働いたのだとしたら。どうせ捕まれば死罪です。なら、すぐに死んで英雄として生きたほうがよいと判断したのでしょう」
「それはまあ……」
「暗殺の対象となった人物は、息子の死を隠蔽したり、盛大な結婚式で民衆を煙に撒こうとか、他にもいろいろやってますから。これは殺されても仕方がありません」
衛士長が思わずごほんとむせるような咳をした。
「貴族自身が暗殺者なんて、普通はあんまり考えられません。でも、あえて殺した。それは義憤に駆られてのことだった。死なせた罪は自分もかぶる。こうして権力者はいつも横暴で、いつまでも庶民は騙されている。そういう物語にしてしまえば、彼が信奉していた議会設置運動には十分利する行動でしょう」
女優は感心した様子で、自分の顔に手をやり、うなづいていた。
衛士長はちょっと困っていた。
「その話は公表はできません」
「時勢的に?」
「はい。病死か何かの噂を流しつつ、あなたの説のひとつで自殺ということに」
「なるほど。それが良いのでしょう。私も世間をいたずらに騒がしたくはありませんから」
ユーリスの視線が痛い。「何を言ってんだ、この人は。大勢いる舞踏会であんだけ派手にやっといて」とか言いたそうな顔をしている。
「さて、衛士長さん。お役に立てましたか?」
「はい、十分に」
「それはよかった。もう帰ってかまいませんか?」
「はい、部下に伝えて劇場の出口まで送らせます」
「ユーリス、帰りましょう。今日はヨハンナさんがヤマシギの料理を作ってくれているそうです」
「ご明察、ありがとうございました」
「いえいえ、探偵としてはこれで満足ですよ」
私たちは衛士長と女優のふたりに軽く会釈をして、舞台の袖へと向かう。
女優の視線と私の笑みがすれ違った。
■王都アヴローラ 王国劇場 舞台裏の廊下 ケルム大月(9月)21日 22:00
舞台から降りると、絢爛豪華な舞台とは真逆の飾り気のない質素な廊下に出た。いまはそこで裏方を務める人たちより、黄土色をした制服を着こんだ衛士のほうが多かった。
行き交う人たちの中を私たちは歩いていく。
「ファルラ、あれでいいの?」
「ユーリスにはわかったんですか?」
「ちょっと、変に思うんだよね。男爵様はあんなところで誰を狙っていたのか、とかさ」
「そうです。そうなんです。わざわざ、暗くて見通せない舞台の天井から、観客席にいる人物を暗殺しようと待ち構える人はいませんよ。反対側のボックス席や1階の観客席から狙ったほうがよっぽど確実でいい。でも、そこよりもっと狙いやすい場所があるんです」
「そうだけど。それもあるんだけど」
ユーリスがくるりと跳ねるように私へ振り返る。
「ファルラは、どうしてあんな嘘をついたの?」
ふふ。うふふ。
「ユーリスにひとつ教えておきます。あのとき、あの場に全員が揃わないと、この事件は起きなかったんです。関係者はみんな役者です。何かを演じていました。だから、私も少しそうしてみただけです」
「そっかー。なら、私も何か演じてみたかったな」
もう男装しているでしょう、と言いかけたら、ユーリスが踊った。
ユーリスがその場で空想の刃を腰で受け止め、流し、つかみ、空想の敵に回し蹴りを繰り出す。その勢いで空中に身を投げ、くるっと回る。
まったく、この戦闘おバカは。舞踏と武闘を間違えてる。
ユーリスが着地のバランスを崩すと、たまたまそばにいた細身の衛士にぶつかった。
「あ、ちょっ。ごめんなさい。痛くなかったですか?」
「ユーリスは遊びすぎです。ああ、でも。ちょうどよかった。伝言を頼みたくて。オルドマン衛士長へお願いしたいことがあるんです」
私はその衛士の耳に顔を近づける。私の言葉が届くたびに、その衛士の目が少しずつ大きく開いていく。
■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階 ファルラの部屋 ケルム大月(9月)21日 23:00
疲れた……。
部屋に戻ると、どっかりと水色のソファーに座った。両手を広げてその背にもたれる。
「ファルラ、ドレスがしわになるよ。早く着替えたほうがよくない?」
「いいえ、このまま待ちます」
「何を?」
「すぐにわかります」
何のことだかわからずきょとんとしているユーリスが、やがてすぐ真顔になった。
階段を上がってくる人の靴音がしたから。
「ユーリス、何かのために認識阻害魔法を」
「うん、わかった。やってみる」
ユーリスの手が動く。指先から漏れる白い光が紋様となり魔法陣を紡ぎだす。
誰かが部屋の前にいる。その人は慎重にドアノブを回し始めた。
「やあ。女優さん。扉はみんな開けてありますよ」
扉が開かれると王国劇場主演女優ベッポ・アリスターナがそこにいた。スカーフやフードで顔を隠すこともせず、堂々とその場に立っていた。
「待ってたの?」
「ええ、来ると思ってましたから」
「あなた、意地が悪いわ」
「よく言われます」
その女優は値踏みするように私を見ていた。
「それで、ご用件は?」
「身の潔白の証明をお願いしたいの。役者なんて権力にかかれば、たやすく命が散るのよ。だから……」
「あなたが犯人だとしても?」
女優は少し演技ぽく大げさに驚いていた。
「どういうこと?」
「認識阻害魔法ですよ。まだ衛士達が囲んでいるはずです。あなたは認識阻害魔法を知っている。だから抜け出した」
「足場に上がったときに聞いた魔法ね。もう忘れたわ」
「あなたはまったく興味を持ちませんでしたね。ユーリスですら驚いていたのに。あなたは知っていたんです」
「……ええ、そうよ。ファンが待ち構える出口から抜け出すために、付き合いがある貴族が教えてくれて……」
「それはありえません。普通の他人へはまず教えません。うっかり自分の暗殺に使われかねませんから」
「待って。私は確かに認識阻害魔法を使ったのよ。だから衛士達をすり抜けて……」
「ぷふっ」
私は思わず吹き出してしまった。だって、その光景はとても滑稽だったはずだから。
「ちょっと、なんで笑うの? 私は確かに使ったのよ?」
「そうです。そうなんです。『使える』と『知ってる』は違うんですよ」
「どういうこと……」
「混乱されていますね。あなた、騙されていたんです。この魔法を教えた人に」
「え……」
「認識阻害魔法は一部の貴族にしか使えません。なかなかあやふやな技です。血のつながりがあっても教えないこともあります。だから気をつけて使うんです。みんなそうしています。あなたは違いましたけど」
「何のこと?」
女優がいらいらと息を大きく吐く。
「私の推理を始めからご説明しても?」
「ええ。いいわ。でも、短めにね。私、おなかぺこぺこなの」
「男爵は何かしらの事情があり、あの場で暗殺を強行しなければならなくなった。でも、本心ではそれをしたくなかった」
「なぜ?」
「それはそうでしょう。明日は大事な約束があり、それは自分が命を賭していたことの集大成になるはずでしたから。だから、失敗したかったんです」
「それで?」
「おそらく監視されていたはずです。人質もいたかもしれません。だから犯行をするフリをすることに決めたのでしょう。暗殺しようとしたけれど誰かに阻まれました、ということにしたかった。そんな嘘はできるだけ人に知らせないほうがいい。だから、あなたひとりだけを共犯者に仕立てた」
「ないわ。男爵とは知り合いだけど、そんなこと教えられていなかったわ」
「あなたが共犯でないと説明がつかないのです。暗殺を狙える場所はいくつもあります。舞台上の足場? 違います。真っ暗で狙いにくい場所です。もっと良いところはある。なら、狙いやすいほかの観客席から? 違います。なぜなら、暗殺を止めてくれるあなたがそばにいないからです」
「じゃ、どこなの?」
「あなたのすぐ近くです。舞台に上がっていたんです」
「そんなことしたら観客から丸見えに……、あっ」
「そうです。あのとき男爵は観客全体に認識阻害魔法を使ったのです」
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次話は2022年10月1日19:00に公開!
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