第3話-④ 悪役令嬢は謎の真相に気がつく
「うーん。不思議ですね」
「何が?」
「こんな真っ暗なのになぜ彼は歩けたのでしょう? 私ならうっかり足を踏み外してしまいます」
「こうやって魔法の光で照らすと言うのは? 3歳の子供でもできるし」
「んー。それはできるでしょうが、上演中に天井で光がうろちょろしたら、見上げることができる最前列付近にいた誰かが気がつくと思うのです。とくにあの場面では上へ役者が上がるシーンの直前でしたから、目線も上へ向きやすかったでしょうし」
「あ、そういうことなら中央のとこだけは、気づかれにくいかも。私がその下で光を浴びてた場面だし」
「確かにそうですね」
「あの人は、どうしてここから飛び降りたのかな……」
「んー、ちょっと待ってください」
「はい?」
「あなたは本当にそう思うのですか?」
「え? ぶら下がっていたでしょう? それなら飛び降りたのかなと……」
「この剣と魔法の世界では、方法はどのようにでもなるのです。あなたはなぜ飛び降りたと?」
「……あなた、いったい何者?」
「探偵ですよ。ただのね」
「探偵?」
「こうした謎を解いて真実をさらけ出し、わずかばかりの報酬をいただく。そんなわりとどうでもいい職業です」
「ふーん。なんだか面白そうだわ」
「それはそれは」
女優の後ろから急に声が上がった。
「ばあ」
「ひっ。やだもう、驚かさないでよ」
「お姉さん、変な顔になったね」
にししと笑う彼女のおでこを、私はどうやって叩こうかと思いながら声をあげた。
「止めなさい、ユーリス」
「ファルラ、私にも認識阻害魔法が使えたよ」
「まったく、いつのまに」
「ファルラが使うの見たら覚えちゃった。こうやって……」
「いけません。人に見せては」
「ああ、そっか。普通の人には封印指定何だっけ?」
女優はちらりとだけ私達を見る。
「んー、ごめんなさい。聞かなかったことにしてもらえますか? こんな魔法があるなんて。あなたに責が及んでしまいますから」
「ええ、いいわ。知らんぷりしてあげる」
「さすがは主演女優さんですね」
目を背ける女優は、そんなこと何でもないような顔をしていた。
なるほど。なるほど。
「私もうっかりしてましたね。ユーリスは見ただけで魔法を覚えてしまうのをつい忘れてました」
「ファルラ、知っててわざと見せたんじゃないの?」
「それはどうでしょうね」
「もう」
「ユーリスはどこから上がって来たんです?」
「階段を登ってきたよ。こっちにある」
「途中で何かありましたか?」
「うーん、何もないかな。血の跡とかもなかったし」
私はユーリスの手を握りながら、足場を歩く。すかすかしている下を見るのは怖いけど、ユーリスの手の暖かさで少し安心した。
女優は私達のあとをついてきたが、慣れているのか怖がることもなく堂々と歩いていた。
その階段は舞台の観客側とは反対の一番奥の方にあり、とても狭くて、人一人がどうにか使えるものだった。
「やはり死体になったら、この上にある足場まで運ぶのは一苦労ですね。ユーリスにはできます?」
「結構重かった人だから、ふたりでも難しいよ。物の重さを0にする魔法とか、空中に物を浮かせる魔法とか、あればいいのに」
「んー、そうですね。もしかしたら、あるかもしれません。でも、私はこう思うんです」
階段の下から漏れ出る照明に照らされながら、私は後ろについてきているユーリスと女優へその事実を言う。
「あの人は生きたまま上がってきたんです」
■王都アヴローラ 王国劇場 舞台 ケルム大月(9月)21日 20:00
舞台に戻ると、オルドマン衛士長が私達に駆け寄ってきた。
「何かわかりましたか?」
「そうですね……」
私が考えていた推理については、何を話しても決め手に欠けてしまう。
いまは。
うーん。困ったな……。
そんなフリをしてみた。犯人に食いついてもらうために。
「こんなのはどうでしょう。暗殺しようと企てていたら足を滑らした」
「いや、待ってください。首に縄をかけてですか?」
「命綱が不思議なことになったのかもしれません」
「うーん、大幅に譲ってそうだとしても、暗殺の武器はどうなりますか? 当時は暗かったですし、舞台の上にある足場ではなおさら……」
「魔法で狙撃とか。男爵はそうしたものが使えたのでしょう?」
「それはまあ……。魔法の矢で的当てなものをやっているのは屋敷で見かけました。貴族間の遊びのようなものでしたが」
「やはり魔法は便利ですね。となると、あとは的の位置ぐらいでしょうか」
「観客側も暗かったですからね」
「当時唯一明るかった舞台から位置を指示した、とか」
女優は自分を指さしながら驚いていた。
「私? 私が犯人?」
「下は見やすかったのですから、指で狙いを示せばわかるでしょう」
「そんなことしない。それにできない。みんな見てるんだから」
「でも、あのとき、観客を指さしていましたよね」
「そういう演技なんだって。毎回ああしていて特別にどこかを指したわけではないわ」
「それならそうなのでしょう」
そっけなくそう言う私に、女優は少しイライラとした口調になった。
「ちょっと、真面目に考えてよ」
「じゃあ、これはどうです? 彼は心中しようとしていた」
「はあ?」
「下にあなたが見えたのですから、それはもう狙いがつけやすかったでしょう。想いを遂げるために、下へえいやっと」
「首を縄にかけて? 一緒に死にたいのなら、それでは失敗してしまうわ」
「縄が都合よくからまったのでしょう」
「それはありえないわ」
「なぜ?」
「なぜって、上をさっき見てきたでしょう? 別に縄を無造作に置いているわけではないし」
「では、自殺ということですね。嫌がらせしたかったのでしょう。あなたに」
女優はあきれたように深々とため息をつく。
「あなた、何が何でも私をからめたいようね」
「そうですよ?」
女優と私がにらみ合う。
まあ、しょうがないか。私は奥の手を使うことにした。
「ここで『調べればわかることだ』と凄味たいんですが、私にはそんな権限はなくてですね」
ちらっと私は衛士長のほうを見る。そう。私に権限はないけれど、お願いすることはできる。
私の意図が女優に伝わったらしく、彼女は少しだけ話してくれた。
「彼は私のパトロンのひとりよ。たまに会う程度だけど、何をしている人かはわかっている。だから、彼に自殺する理由なんかないわ。それこそ調べればわかることよ。そうでしょ、衛士長さん」
「はい、彼女の言う通りです。明日の午後に国王陛下との謁見の予定がありました。男爵にとっては念願のものであったようです」
「ほら、どうかしら、探偵さん」
自殺の理由がない。
暗殺の方法がない。
でも、その逆は?
嘘をついているのはわかってる。でも、たくみに私の罠を交わしている。
さすが、役者さん。王国劇場の主演女優。
なかなかどうして。すごい人です。
舞台の奥のほうから、ケイスンと女優から呼ばれた男が私達に叫んだ。
「すみません、幕を開けます!」
ゆっくりと黒い幕が上がっていく。
私は女優と衛士長を置いて、観客が見える舞台の前方へと歩き出す。
ユーリスがその後ろをついてきて、私に小声で話しかけてきた。
「焦ってましたね。あの人なんですか?」
「そうなんだけど、決定的なものがないんですよね……」
幕が上がっていく。下には整頓された赤い座席がこちらを向いてずらりと並び、5階まで連なるボックス席やバルコニーが、優雅な円弧を描いて、ぐるりと舞台を取り囲んでいる。
……なんだ、これ。
ふふ、うふふ、あはは!
みんな見ている。
すべてが私を見ている。
よそ見もなく、脇目もなく、劇場にいる人々はただ私を見つめている。そこに人がいれば必ず。
なるほど、舞台の上の役者はこんな気持ちになっていたのか。
これは確かに。
おかしくなる。
手放したくなくなる。
ふふ、と苦笑いをした後、観客席の端から端まで見渡していく。その最後に見えたのは、今まで殿下や陛下といた3階のボックス席だった。かなり舞台側に寄っているのがわかる。
ああ、なるほど……。
ふふ、うふふ。
私はくるりと後ろへ向き直る。いらいらとしている女優と困った顔をしている衛士長が私に気がつく。
耳障りの良い甘言を欲しがる、ですか……。
だから、こんな嘘の推理をふたりに披露した。真実よりも甘くて飲み込みやすい、そんな嘘を。
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