第3話-③ 悪役令嬢は起きた事件の謎と真実を調べていく




 青白い明かりにぼんやりと照らされてその人は揺れている。ロープが首にかかり、頭はあらぬ方向にがっくりと曲がってる。


 あわてて劇場の幕が下りていく。

 どうやら演出ではなく、本当に人が死んだようだ。

 衆目殺人。それとも自殺?

 私の頭はすぐに探偵へと切り替わる。


 執事が陛下のそばを離れて扉を開ける。その執事と似たような姿の男達が、何人もやってきた。


 「ふむ。ここまでのようだな」

 「父上」

 「わかっているジョシュア。騒ぎになる前に劇場を出たほうが良いだろう」


 陛下が椅子から立ち上がると、私を見下ろしてこう言った。


 「探偵よ。この事件の犯人を暴いて見せよ」

 「それは……」

 「出来ぬのか? 役に立つことを余に示せ。この謎が解けたら、ジョシュアの婚礼には呼ばないでやる」


 真っ暗だった劇場に、徐々に明かりが戻っていく。

 それに少しずつ照らされながら、私はその一言を述べた。


 「はい、お義父さま」


 なるほど。殺さないで生かしたほうがいいと判断されたわけか。

 魔族は楽しませろと言うし、陛下は役に立てと言う。

 まったく……。

 私は立ち上がると頭を深く下げ、ジョシュア殿下を連れて悠然と去っていく陛下を見送った。




■王都アヴローラ 王国劇場 3階ボックス席「月影の部屋」 ケルム大月(9月)21日 17:00



 急いで身を乗り出し、周囲を見渡した。

 劇場全体は明るくはなったけれど、舞台には黒い大きな幕がかかっていて、中をうかがい知ることはできない。

 階下の座席のほうは人々がとまどったように右往左往している。とくに目につく行動をしている人はいなかった。


 後ろで控えていたユーリスが私のそばにくると、うやうやしく手を差し出す。なんだこんなときに、とは思ったけれど、私は何となくいつもの習慣で軽くスカートをつまみ、お辞儀をしてから、その手を取る。


 「行くよね、ファルラ」

 「ええ、もちろんです」

 「なら、捕まって」

 「はい?」

 「ほら、ぎゅーってして」

 「こう? え、ちょっと待って、ユーリス!」


 ユーリスが私を抱えると、そのまま手すりを乗り越えて、3階の席から下へ飛び降りた。

 1階の赤い絨毯が目の前に迫る。

 もうだめ、ぶつかる!

 というときに、ユーリスは文字通り風を蹴った。

 それは、もっとも闘いで役に立つ魔法だとユーリスが言っていた。風で壁を作り、それを足場にする魔法、ウィンドウォール。

 もっともその下では、人をふたりぶん支えるための突風が、楽譜やらパンフレットやら、いろいろなものを吹き飛ばしていた。


 3回ほど風を蹴り、あっというまに舞台に降り立った。「よいしょっ」って言いながら、ユーリスはつかまったまま硬直している私を降ろすと、私の服をぱたぱたとはたきながらそのまま立たせてくれた。

 私はこめかみを押さえながら言う。


 「……ユーリス、次からはやることを言って」

 「楽しかったでしょ?」


 ぺしぺしっ。


 「ふえっ、なんでおでこ叩くのっ」

 「知りません」


 ユーリスの抗議には耳を傾けず、分厚い幕をめくって中の様子を見る。きつい照明に浴びされた舞台では人々が慌てていた。私とユーリスはそっとその中に入る。


 誰も私達に気づかない。

 私はできるだけ大きな声で叫んだ。


 「王命です。アシュワードの名において、皆さん指示があるまで動かないでください」


 不敬罪になっても殺せないとわかったのなら、その力をちょっと使わせてもらっても罰は当たらないだろう。

 みんなはぎくりとなって、私達を注目する。


 上を見上げると、そこには照明にぼんやりと照らされた死体が少し揺れてぶら下がっていた。


 「どなたか、このかわいそうな人を降ろせませんか? あ、そのためなら動いて大丈夫ですよ」


 さっきまで主役の女を演じていた女優が、私達の声を聴いて叫ぶ。


 「ケイスン、やってあげて。私だとわからないの」


 とたんに弾かれたように舞台の裏側が動き出した。舞台袖をちらりと見ると縄に結び付けた雑で分厚い布袋が見えた。大きな男たちがそれを一袋ずつ降ろしていくと、死体がゆっくりと降りてきた。

 手が届きそうになったので、私は足をつかんで、急に落ちないように慎重に誘導する。興味深そうに見ていたユーリスも片側に手を添えて手伝ってくれた。


 人だったものが舞台の床に横たわる。白髪交じりの中年男性。見たところ少し裕福な商人だけど、香りのよい整髪料、社交界で流行っている靴を見て、たぶん貴族の変装だろうと思った。

 私はドレスを気にせずしゃがみ込むと、いわゆる検死というものを始めた。


 「ユーリス、この人の頭を持ち上げてくれますか?」

 「わかった。うーん、ちょっと重たいね。あれ、頭のうしろにたんこぶできてる」

 「たんこぶ?」

 「うん、ぼこってしてる」


 ユーリスが頭を持ち上げた隙に、私は首にかかっていた縄を緩めて外してやる。

 首筋を触る。まだ温かい。不自然に出っ張った感じがしたので、骨が折れているのだろうと思った。縄の痕以外は、これという傷はない。

 私はいつものくせで、人差し指で口元を押さえながらつぶやく。


 「締めた縄の衝撃で首の骨が折れた、ってところでしょうか。後頭部のこぶは……。うーん。よくわかりませんね。ユーリス、他に傷はありませんか?」

 「血の匂いはしないよ」

 「そうですか」


 私達がテキパキと男を調べていたら、さっきの女優が私達を見下ろして言った。


 「何してるの?」


 手元が暗くなる。

 ちらりとその女優を見ると、やたら大きな灰色の翼の作り物を背負っていたせいで、光が遮られていた。


 「邪魔です。そこに立つと影になります」

 「はあ?」

 「名前を聞きたければ自ら名乗るべきでしょう?」


 男の口を開けて匂いを嗅ぐ。毒の匂いはしない。わずかにアルコール臭がしたけれど、泥酔というほどでもない。怖くてお酒をあおったのか、それとも……。


 「ベッポ・アリスターナよ。知ってるから私の公演を見に来たんでしょ?」

 「知りません」

 「な……。私を知らずに観に来たの? こんなとこに? 面白いわね、あなた」

 「親友によく言われます」


 人が走ってきた。その重い靴音から、ずいぶんがっちりとした身体だなと思った。


 「すみません。オルドマンと申します。エルリック・オルドマンです。王宮付けの衛士長をしています」


 さっきの女優がそう名乗った男を上から下まで舐めるように見た。


 「衛士? そんな格好で?」

 「今日はある方の護衛についていました。目立たない格好がこの執事の姿でしたから」

 「衛士もいろいろなのね。もう少し化け方を覚えたら、いい男優になれるわ」

 「ありがとうございます。こちらはファルラ・ファランドールさん、もうひとりはユーリス・アステリスさん。王室から下命された仕事を手伝ってもらってます。このふたりの身分は私が証明します」


 陛下から指示された見届け役か。

 私は立ち上がり、オルドマン衛士長のほうを向くと軽く会釈した。


 「先ほどは椅子を引いていただいて、ありがとうございます」

 「いえ。このようなことになってしまい、申し訳ございません。先ほど仲間を呼びました。じきに管轄の衛士がやってきます」

 「なら、舞台関係者はひとまずここに留めてください」

 「わかりました。それにしても探偵というのは、このような調べ方で真実がわかるものなのですか?」

 「まあ、ちょっだけ。そうそう。この可哀そうな男の人、どなたかわかります? たぶん貴族だとは思うのですが」

 「……庶民派貴族の筆頭、レフドア・ロスティナル男爵です」

 「なるほど」

 「この方の身辺警護についたこともあるので、顔は覚えています」


 身辺警護ね……。内偵の言い間違いではなかろうか。

 庶民派貴族は、貴族も庶民も全員参加する議会設置を求めている。

 それを王家に突き付けていた張本人なのだろう。


 「なんで、そんな人がぶらさがることに?」

 「私にはわかりかねます」


 わかっているのは、みんなが見ている目の前で首を吊ったということ。

 私は天井を見つめる。


 「ちょっと上を調べたいかな……」


 ユーリスが私のことを見てにししと笑う。何をしたいか、その顔に書いてあった。


 「ダメです、ユーリス。風魔法を使ったら、この舞台ごと吹き飛びますよ」

 「ええ、そんなあ」

 「ダメなものはダメです」


 そんなやりとりを見ていた女優が、舞台の奥から垂れ下がった縄を持ってきた。


 「じゃ、これ使って。この輪のところに足をひっかけて。そうそう」

 「これでいいのでしょうか。あれ、あなたもですか?」

 「うん、私も行くから。縄にしっかり捕まって。ケイスン、上げてっ!」

 「ベッポさん、背中の翼を外してください。これじゃ3人分だ」

 「そうだったわね」


 背負っていた作り物の翼を女優が服を脱ぐように降ろす。

 どさりという重い音がした。


 「何度も公演するって言ったら、頑丈にって、工房の人が鉄か何かで作って来ちゃって」

 「たいへんですね」

 「そうなの。演じた後はいつも肩が凝っちゃって」


 そんなことを話していたら、ゆっくりと私達の体が上がっていった。

 女優は私へうれしそうに話しかける。


 「このほうが階段を上がるより早いんだ」

 「なかなか怖いです」

 「慣れればそんなでもないよ」

 「慣れたくはないですね」

 「あはは、そうかもね」


 やっといちばん上までたどり着いた。そこは真っ暗だった。彼女が指をこすり合わせて簡単な明かりの魔法、ライトニングを唱える。

 淡い明かりに照らし出されたのは、木の格子でできた足場だった。それが奥までずっと続いている。


 「この木枠のところに、舞台を照らす灯りとか滑車とかを下げるの」

 「なるほど」

 「私達がぶら下がったのは、この端の滑車ね。足場に上がってみる?」

 「はい。壊れて落ちたりしませんか?」

 「大丈夫よ。ほら、人をふたりぶんもう支えたのよ」

 「そうでしたね」


 慎重に足場を掴んで、体を引き寄せると、勢いを少しつけて飛び乗った。ドレスじゃないほうが良かったな……。

 注意深く屈んで足場の表面を見る。埃の跡がうっすらとあるけど、足で踏まれた後が多くてわからない。足場の上に縄があったり、何か物が置かれているということはなかった。まあ、落ちてきたら危ないだろうし。

 私は下に向かって叫んだ。


 「幕を上演したときと同じように開けられますか?」


 オルドマン衛士長がすぐに叫び返す。


 「まだできません。お客さんが劇場内にいまして」


 それは残念。

 私は魔法の光でぼんやり照らされている女優に問いかけた。





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次話は2022年9月29日19:00に公開!

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