我、荘厳華麗なる王国劇場で起きた首吊り惨劇を堂々と推理し、解決せんとす
王国劇場の女優編
第3話-① 悪役令嬢は婚約破棄を言い渡した王子と再会する
■王都アヴローラ ベーカリー街「焼きたてパンの店 221 B.コルネイユ」 2階 ファルラの部屋 ケルム大月(9月)21日 15:00
地味で暗い服を着ていても、どんな魔法をかけても、私にはその人が誰かわかってしまっていた。
「ジョシュア殿下、また会えて嬉しいです。あれっきりと思ってましたから」
「……私が来るほかなかったんだ」
殿下は青い小さなソファーへ静かに座ると、少しだけため息を漏らした。
私はテーブルを挟んだ椅子の背もたれに寄りかかりながら、にっこりと笑いかけた。
「アーシェリはお元気で?」
「ああ、何不自由ない暮らしにさせている」
「王宮から出られないのは不自由ではないでしょうか?」
「そうだが、そうせざるを得ない。素性があれだけ大勢の前にさらされては……。待て、なぜそれがわかる? 話したことはないだろう?」
「出られるならここに連れてくるでしょうに。きっと会いたがってますよ。お母さんっ子ぽいようですし」
「そうだな……」
ジョシュア殿下が目元を押さえる。濃いクマが見え隠れする。心労のあまり眠れていないのだろう。
ま、どうでもいいですが。
「ああ、そういえば」
「なんだ、ファルラ?」
「お礼がまだでした。この部屋をご紹介いただき、ありがとうございます。たいせつに使わせていただいています」
「部屋の様子を見ればわかる。部屋の緑たちが生き生きしている。残してきたアーシェリが喜ぶだろう」
「ここへ私を連れてきたのはなぜです?」
「倒れた場所から近かったのと、お前に何かあった場合にコルネイユ夫人が王宮へ連絡しても、王子の婚約者の親であるから形式上問題ないところと……。あと、いろいろだ」
「そのいろいろには、私への嫌がらせもあると?」
「どうにも棘があるな。親同士が勝手に決めた婚約だったとは言え、最初の頃の私達は、もう少し仲が良かったと思うが」
「それはまあ、そうですね」
父から助かる道がジョシュア殿下しかないのなら、仕方なくそうなる。
まあ、それでも。
魔法学園で一緒に過ごしたあの日々が、楽しくなかったとは言えば嘘になる。
「出会って間もないときにあった魔法の屋外授業を覚えているか? 突然の大雨でファルラがずぶ濡れになって、それは捨てられた子犬のように見えた。あの頃のファルラはしおらしかったよ」
「殿下の上着をお借りしましたね」
「風邪をひかれては困ると思ったんだ」
「どうしてですか?」
「それは……。守ってやりたくなったんだよ。言わせるな」
殿下の気持ちがこんなふうにまっすぐなところは、それほど嫌いじゃない。いろいろ問題があるとはいえ。
でも、いまは……。
まあ、もう過ぎたことだ。お互いに。
微妙に色付いた空気になってるのを振り払うように、私はそっけなく聞いた。
「それで、ご用件は? お忍びで昔話をしに来たわけでもないでしょう?」
「そうだな。これから私と王国劇場へ行ってもらう」
「不倫の密会ですか?」
「なぜ、そうなる」
「いくら殿下とは言え、大勢の前で婚約破棄した私といるのは、人目をはばかるのではないかと」
「認識阻害魔法を使う。お前も使えるだろう」
「それはまあ。たしなみのひとつですから」
ユーリスがお茶を持ってきてくれた。手慣れた手つきでポッドからティーカップへと注いでくれる。少し甘めの良い香りが部屋を満たしていく。
私も椅子に座り、ティーカップへ手を伸ばす。「窓際はダメですよ」とユーリスが小声で私に釘を差してくる。そんなことはわかってるって。
殿下は「ありがとう」と感謝しながら、ユーリスからティーカップを受け取る。それから実に気品ある姿でお茶をたしなむ。
この殿下は、人んちで何をくつろいでいるんだが。
そんな私達の様子を見ていたユーリスが不思議そうにたずねた。
「認識阻害魔法、ってなんですか?」
「ユーリスは知りませんか?」
「始めて聞きました」
「悪用されないように一般では封印指定されてますしね。貴族の上のほうは、姿を隠して密会とか、見つからないように建物に入るとか、やましいことをしなくてはいけないんです。そのための魔法です」
「うーん。つまり、人から自分を見えなくさせる魔法……ですか?」
「でも不完全なんです。かけた本人が死んだり、体に触れてしまったり、知ってる誰が見たり、『そこにいる』というのがわかると認識できます。安心して裸で街中をうろうろできませんね」
少しいらいらと殿下が口を挟む。
「そんなことをしたがるのはお前だけだ」
「もう試したのですか?」
「するか。さっきも認識阻害魔法を使っていたが、お前には見破られたしな」
「殿下がここへ来るだろうと思ってました」
「あれからずっと待ってたのか?」
「ええ。捨てられた子犬ですから」
「まったく、お前は……」
そういうと、殿下が私をまっすぐ見つめる。
「私はお前を死なすまでは考えていなかったよ。信じてはもらえないだろうが」
「それは私に婚約破棄を言い渡したあのときに、おっしゃっていただかないと」
「そうだな……。何を間違えたのか……」
殿下が目をつむって少し上を向く。
私はそれを無視するように、殿下へ告げる。
「あ、そうそう。私は行けません」
「なぜだ?」
「着ていく服がないからです」
「は?」
そうなのだ。王国劇場などという、あんなうやうやしく礼儀正しい場所に行くような服はもう持っていない。
「ドレスはどうした? 魔法学園にいた頃は、日替わりでいろいろなドレスを着ていただろうに」
「あの父は、そんなものを持たせてはくれませんよ」
「……悪かった」
「いえいえ」
さて、行かなくて済んだ。あとはこの殿下をどう楽しくいじめられるか……。
「ファルラ様、申し訳ございません」
「うん? ユーリス、なんですか? 様をつけないようにと……」
「ドレスはあるんです」
「はい? どうして?」
「イリーナ様がお仕立てくださりまして……」
「な……。いつのまに。採寸はどうしました? 大きさがわからなくてはいくらなんでも……」
ユーリスが笑っている。
おまえかー!
「問題はないな」
「ええ、まあ。どうやら行けてしまうようです」
「その口ぶりはなんだ。行きたくはないのか?」
「誰かが王国劇場でお待ちなのでしょう?」
「……そうなる」
推理というほどのものではないものが当たってしまう。ふったうえに罪をかぶせようとした私を、何もなしに王国劇場に連れてくなんて、この王子様はしないだろうから。
その人には会いたくない。しかし、会わなければ先には進めない。
はああ……。
「着替えをするので、しばらくお待ちいただけますか、殿下」
「通りに馬車を止めている。そこで待っている」
「あら、ここでお待ちくださっても」
「捨てた婚約者の着替えをしっかり見ることができるほど、私は人ができていないんでな」
「それはそれは。子犬程度に思ってくださっても良いのですよ?」
「からかうな」
殿下が立ち上がると、来たときと同じようにフードを目深にかぶる。
「ユーリス。お茶をありがとう。私が好きな北方産の銘柄をまだ覚えているなんて、すこし感激したよ」
「いえ、殿下。喜んでいただけてうれしいです」
そんなことしなくていいのに。
ま、アレな人でもちゃんと心を込めて応対する、そういうところが私は大好きですけど。
それは不意打ちだった。殿下が座ったままでいる私の腕をつかむ。振り向いた私に真剣な顔をして聞いてきた。
「ファルラ。魔族の血を引く人間は寿命が短いと知ってるか? お前、魔法学の成績だけは良かっただろう?」
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次話は2022年9月27日19:00に公開!
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