第2話-② 悪役令嬢は家を探すが路頭に迷う
「私達の身元保証なら王家が……」
「それを確認するのにとても時間がかかります。たぶん7日はいただかないと」
「はあ?」
「規則ですから仕方ないのです。書面に呪術が含まれていないかとか確認に時間がかかりますから」
「なら、ファランドール家の令嬢として……」
「今朝方、お断りするようにと家令の方からお話がありました。そちらで身元保証するのでしたらファランドール家と話をつけてから、こちらにおいでください」
「いまさらお父様と話せるわけがないでしょうが」
「それでも話してきてください」
「家を借りたいから手近な人を紹介して欲しい、というだけですよ?」
「私達は商人です。信用が一番重要なのです。だから身元保証がない人を、ギルドメンバーにおいそれと紹介するわけにはいかないのです」
「それはそうですが……」
ユーリスが私の腕を引っ張る。もう止めとけという顔をしている。
私は大きなため息とともに、そこを離れた。
「他のギルドでも同じかと思います。何かの身元保証をつけてください」
ギルドからの去り際に、受付嬢は正義を執行したようにそう言った。
■王都アヴローラ 栄光通りの並木道 エルタ小月(8月)11日 12:30
行先もわからず、とぼとぼと大きな通りをふたりで歩いていた。
うーん、あのときジョシュア殿下に一筆もらっておけば良かったのか。私は詰めが甘いな……。
ユーリスが私の手を握ると、励ますように言う。
「もう、ファルラってば。まだ初日なんだよ。そんな顔してないで」
「そうは言いますが……」
いつのまにかロマ川を渡るハルラ橋のたもとにたどりついていた。夏の照り付ける日差しの中、心地よい涼しい風が流れている。歩き疲れた私が橋の欄干に寄りかかろうとしたら、ユーリスが持ってたトランクかばんを地面に立てて置いた。はて、と思っていたら、そこへ座るように私を促した。おお、意外と座れる。それからは、なんとなく頬杖をついて、通りを行きかう人々や馬車をぼんやり眺めていた。
所詮、私はお嬢様。貴族同士のマナーには詳しいわりに、こうした街の仕組みにはてんで弱い。屋敷付きメイドとして過ごさせたユーリスにもわからないところはあるし、これはなかなかに前途多難。先が思いやられる……。
はああ……。
よほどしかめっ面をしていたのだろう。ユーリスが私のおでこをつまんでもみもみとする。
「眉間にしわが寄ると、美人が台無しだよ」
「どうしたものでしょうね……」
「とりあえず安めの宿屋に部屋を借りて落ち着くというのは? それから、良さげな通りや場所へ行って貸家を順に探してみるとか。ね、そういうことにしようよ、ファルラ」
「そうするしかないですか……」
「嫌?」
「いいえ、違います。ただの自己嫌悪です。もっと私は世界を知らないと」
「そんなふうに思っちゃだめ。ファルラが悲しむと、私も悲しくなっちゃうよ?」
「そうですね……」
まあ、歩くしかないか。
立っているユーリスに、私は手を伸ばした。
その手が宙を泳ぐ。
あれ? なんで目の前が地面なんだろ。
あ、そうか。
私、倒れたんだ。
ユーリスの声が聞こえない。
私を必死に揺さぶっているのはわかるけれど、体が言うことを効かない。
さすがに急な魔力供給は負担だったか。
それともお父様の拳が、今頃になって効いたのか。
まあ、どっちでもいいか。
2度目の人生、それなりに面白かったし。
ああ、もう。ユーリスは泣いてばかりいる。
違う。私が泣かせているんだ。
本当にどうしようもないな、私は。
好きな人を泣かせてばかりいる……。
あれ、影が目の前にある。
大きな人が私のそばに立ったんだ。ユーリスと何か話しているように感じる。
しばらく動けない体でその様子をうかがっていたら、ユーリスが私の頭を少し持ち上げるようにして抱える。
顔が近づいてくる。そのまま唇を重なった。
もう、人前で大胆ですね……。
そう思ってたら何かぽわぽわと刺激がある液体を口に流し込まれた。
少し、手先がピクリと動いた。
「……ユー、リス」
どうにか声を出したらユーリスが私を抱きしめてくれた。「もう大丈夫」と言われたような気がした。
それから誰かにしっかりと抱えられたような気がしたけれど、私の意識はそこで途切れてしまった。
■王都アヴローラ 街中に建つ石造りの民家 エルタ小月(8月)12日 10:00
手をつかもうとしたら、そこには何もない。何度もつかむが何もない。生暖かい暗闇しかない。怖い。嫌。私を置いていかないで!
「ユーリス!」
そこはベッドの中だった。
ああ、寝てたのか……。
そのまま起き上がると、片手で顔を覆いながら少しずつ頭を回転させていく。
たしか道で倒れて……。
じゃ、ここはどこ?
かけられている布団を触る。屋敷の物とは比べようがないけれど、それでも清潔で手入れがよくされていた。
私はベッドから這い出て、ひんやりする磨かれた木の床に足を置く。立ち上がるとまだふらふらとしたけれど、歩けないほどではなかった。
すぐ近くの大きな窓から外を見る。この部屋は二階にあるようだった。見下ろすと通りを行き交う人々が見えた。前を見れば商店の軒先がずっと先まで並んでいる。だいたいどの店もパンを売ってるようだった。
部屋を慎重に見渡す。
大き目の頑丈そうなベッド、飴色に磨かれた木の壁、奥の方には少し年代物のテーブルと、小さな可愛らしい水色のソファーがあった。窓辺やテーブルには丸い葉がいくつもの生えた鉢植えが並び、緑が多いこじんまりとした部屋だった。
ちぐはぐとした部屋に思えた。
なんかこう女の子がお父さんの古い外套を着ているような……。
私は壁伝いに手をつきながら、部屋の扉を開ける。すぐに緑色の絨毯に覆われた階段が見えた。ゆっくりとそこを降りていく。やっと下に着いて左右を振り向くと、左側の奥に陽の光が見えた。暗い廊下の先にあるその光を求めるように、そこまでどうにか体を持っていく。
「ここは……」
きれいな中庭だった。石造りの家々に囲まれた小さな空間に、一本の大きな木と、輝いている夏草が風に揺れていた。木漏れ日のなか、ところどころ黄色い小さな花が、そのなかで踊ってるように見えた。
壁に背中を預けながら、そんな景色をしばらく見つめていた。
「お、もう大丈夫かい?」
一言で言えば屈強そうな大きなおばちゃんだった。私がやってきた廊下からひょいと顔を出して、白い前掛けで手を拭きながら、私に声をかけてくれた。
私を安心させようとする笑顔が、とても大きく感じられる。悪い人ではなさそうだ。私は瞬時に身構えた体をゆっくりとほどいていく。
「ご迷惑をおかけしました」
「どう、体は?」
「ええ、まだふらつきますけど……。時間が経てば大丈夫だと思います」
「それはよかった。お連れさんがひどく心配してたよ」
「……ポーションを私に使われましたか?」
「何かのために取っといたんだけどさ。効いてよかったよ」
「そんな高価な物を」
「あはは。いいって。人助けはドラゴンをも挫くってね」
「すみません」
「なんか食べるかい?」
「ええ」
ばさりと何かを落とす音がした。
「ファルラぁ、ファルラぁぁぁ!」
ユーリスが落とした布袋を拾おうともせず、私に飛びついてきた。そのままよろめいてしまい、ふたりで夏草の中に倒れ込んだ。
「どこか痛むとこはない? ほんとにない? ちゃんと生きてる?」
「痛い痛い」
「ど、とこがですか?」
「ユーリス、足」
「うわわ、ごめんなさい!」
「あはは。ユーリスはやっぱりかわいいです」
「もう……」
「心配かけました」
「本当です。本当に……」
彼女がふえーんふえーんと子供のように泣き出す。大粒の涙が私を濡らしていく。
ごめんね。そっと片手でユーリスの頭を撫でてあげた。
そして彼女の耳に口を近づけ、ひそひそと話す。
「私、何かされましたか?」
「トランクに細工が……。ある時間が過ぎたら触れている人の生命力を吸うような呪物で……」
「そう。今頃、お父様は厄介な娘が死んだと小躍りしているとよいのだけど」
ユーリスが私の体をむぎゅっと抱きしめる。
そんな私達を見下ろしながら、おばちゃんがにこやかに言った。
「さて、おふたりさん。いっしょにご飯にしようかね」
……あれ、これって、結構恥ずかしいな。よその人に見られるのが、こんなにも……。
それはユーリスも同じだったらしい。
私たちはお互いちょっと離れてから、「はい」と小さく答えた。
■王都アヴローラ 街中に建つ石造りの民家 1階の小部屋 エルタ小月(8月)12日 11:00
中庭に面した明るく小さな部屋には、小さな真四角のテーブルがあった。青いチェック柄のテーブルクロスの上に、刻み野菜のスープと、いろいろな野菜の酢漬け、夏に取れるキノコを炒めたもの、そしていろんな形をしたパンがそこにあった。
私はそのひとつをはむはむとする。
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次話は2022年9月24日19:00に公開!
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