第21話 決着
剣介は明らかにペテロの攻撃が荒くなっている事に気付いていた。
「挑発に乗ってくれたが、何かもう一つきっかけが欲しいが…」
敵の攻撃を冷静に分析しながらも、なお攻めあぐんでいた。
「剣と剣を触れ合わせないで攻撃を防ぐ」この作業がこんなにも困難なものだとは思ってもいなかった。稽古の時、川上に注意された事を思い出し、稽古不足を痛感してもいた。
「ふふ、小僧、やはり言葉だけかね?
私の児戯を躱すのが手いっぱいのようだ。
つまり、お前は子供以下と言う訳だ。
久し振りの強敵かと思っていたが、ちと、がっかりしたよ」
ペテロは構えを取った体勢を崩し、「あきれた」という様なジェスチャーをした。
「しめた、油断した。これぞ好機!」
剣介はその考えをおくびにもださず、観念したかのように、平正眼の構えを解き、刀志を持った手をぶらりと下げて見せ、ことさらに息を荒げて見せた。
「ん?遂に負けを認めたか?お前ほどの使い手、本来なら殺して我々の従者に仕立てたい所だが、お前たちは遣りすぎた。
切り刻み、微塵も残さぬ!」
ペテロは神父たちが見せる特有の悪意に満ちた笑顔を見せた。
剣介は背筋を曲げ、猫背を取り、剣を垂直に地面に突き刺さるほど低く置いていた。
一見勝負を諦めたように見えるが、剣介の奥の手「音無しの構え」であった。
「せめてもの情け、一瞬で楽にしてやろう。」
ペテロは大上段に構えレーザーサーベルを一気に振り下ろした。
この時点で、ペテロは勝利を確信した。
剣介はこの大上段に振りかぶって出来た隙を見逃さなかった。
地面に向いていた剣先を引き上げ、ペテロの胴を抜いて、レーザーサーベルが地面に降りてくる頃にはペテロの背後に走り抜けていた。
後には剣介の太刀筋にそって光の粒子が舞っていた。
どさりとペテロの体が二つに割れ、上半身が地に落ちた。剣介の鋭く柔らかい剣の腕があって初めて可能な技であった。
「柔能く剛を制す。言葉による心理作戦だって剛を躱す一つの手段!剣の極意が一つ分かった気がする」
剣介は斬った刀を返し、ペテロの体から這い出ようとする闇に突き立てた。
黄金の光の粒子がペテロの体を包み込んだ。
剣介にはキイキイと闇が鳴いた声が聞こえた気がした。
「ペテロ様!」
瑞貴の横に立ったマリアが悲痛な叫び声を上げた。
「さて、私の出番。あなた、今のペテロさんの体から這い出ようとした物をご覧になった?あれこそが彼らの正体。キリスト教のいう所の悪魔。あれを始末するのが私たちの仕事…」
そういうと瑞貴はペテロの死体に近づいた。
瑞貴の手の平から限りなく優しい光が溢れ出す。ペテロの死体から飛び散った血液が白い雪を紅く濡らす地面を照らし、僅かに残っていた邪気、悪意、汚れを浄化していった。
「何をしたの?」
マリアが瑞貴に声をかけた。
「浄化、仏教で言う成仏。悪霊をあの世へと送ったのよ」
マリアと会話しながら瑞貴は剣介の手を握った。腕から腕へ、光のエネルギーが流れ込み、疲弊した剣介の体力、気が回復した。
「義姉さん、助かりました。鉄心さんが苦戦してます。僕は、援護に入ります」
ヨハンと対峙していた鉄心は既にボロボロだった。ヨハンの円の動きに翻弄され、まともに攻撃が届かなかった。そして致命傷ではないものの皮膚は焼かれ、あるいは凍傷を負い、そして火傷の上に凍傷を負っていた。
「ほほっ。たいした剛剣です。伊達に二刀流を使うわけではないようですな。
しかし、柔能く剛を制すと言うように、私の円の動きにはまるで通用しません。
諦めてそろそろ死になさい!」
「そういうわけにはいかん。私には妻もいれば子もいる。未亡人や父なしごにするわけにはいかんのでね。それに息子はこれから大学生だ。金が掛る。一家の大黒柱がこんな所で果てているわけにはいかんのだ」
「ほほっ、のんきな事を!その体でまだ勝てる気でいるのかね?」
ヨハンの腕が緩やかに動き始めた。
「止めを刺してやろう。」
ヨハンは鉄心に一歩近づいた。
その時ヨハンの目の前を貫くように飛ぶ物があった。
鉄丸の投げた木刀であった。
「親父、待たせたな!後は俺が引き受ける!」
「ほほっ。随分親孝行な息子さんですな。わざわざ父親もろとも殺されに来るとは!」
「おい、調子に乗るな、このツルッパゲのちびデブがあ!」
叫びながら鉄丸は鉄心とヨハンの間に割り込んだ。
「鉄丸、来たのか!」
「おう、剣介待たせたな。こいつは俺が相手する。すまんが親父を頼む!」
「おう、任された。安心して戦え!」
鉄丸は父親から二刀を奪い取って構えた。
「さて、親父にゃ悪いが、真の二刀流をお目にかけてやるぜ!吠えろ烈火、いななけ凍王!」
鉄丸の構えは、型は同じでも父親のそれよりも数倍迫力に満ちていた。
ヨハンは馬鹿にするように笑った。
「図体と声がでかくても、実力が伴わなければ意味がないという事、分かっているのかね?格好だけは父親よりマシなようだが」
ヨハンの右腕のヒートアームが鉄丸に向かって伸びてきた。鉄丸はその腕に向かい、気をたっぷりとため込んだ烈火を叩き付けた。
熱対熱の対決!
烈火はヨハンのヒートアーム溶かしながら肘までを斬り裂いていた。
「馬鹿な!私のヒートアームが溶かされた?
一体貴様の剣は何度まで上がっている?
マグマ並か?」
続いて鉄丸は左腕に握った凍王をヨハンに叩き付けた。ヨハンはそれをフリーズドアームで受け止めた。が、ヨハンの腕は凍王の力によって凍り付いた。そして、砕け落ちた。
「なっ?何という事!私が負ける?敗れる?」
「剛能く柔を断つ。これが本当の二刀流だよ。さらば」
そういって鉄丸は目をつむり、十字を切った。そして、ヨハンの首を落とした。
落ちたヨハンの首に二度と笑みが浮かぶ事はなかった。剣介が近づき刀志をヨハンの体に突き立てた。闇は再び浄化された。
車上の近衛の元に部下の死の連絡が入っていた。覚悟していた事ではあったが、現実に耳にすると動揺せざるをえなかった。
目頭に熱い物を感じていた。
が、悲しむ暇はなかった。車外では未だ戦闘が続いていた。その状況を逐一監視し、同時に情報分析を行なう。それが任務。
「各隊員へ、ペテロとヨハン、二体の神父の遺体を回収せよ!特に内蔵兵器の部品は一つ残らず回収せよ!」
下命の後、近衛は再びモニターに目を戻した。
川上とマルコの戦いのいく末を確認する為だ。
「何という事だ。ペテロ神父に続いてヨハン神父も倒れたか!これでは大司教に申し訳が立たない。川上よ、貴様だけは何としても地獄門を潜ってもらう」
マルコの第二撃は川上の足元付近を狙って放たれた。弾丸は地面へ着弾とともに爆発し、半径十メートルほどの円形のクレーターを作った。
「どうだ、これでは只では済むまい。少なくとも両足は吹っ飛んだはず!」
マルコは勝ち誇った顔をした。
「そうでもない。私は怪我一つ無くここにいる。さて次は私の番だ」
川上はクレーターの外れに立っていた。
「何故避けられる?貴様の動きは先読みのレベルを超えている!」
マルコの言葉の間にも川上は剣の間合い直前まで近づいていた。
「斬る!」
川上の剣がマルコに向かって振られたとき、マルコはにやりと笑った。
そして左手に内蔵された銃を、川上に向かって発砲した。
「奥の手は最後まで取っておくものだ」
川上は腹を押さえ地面にうずくまった。
「くくくくっ。最後に笑うのは俺だったな。
とどめはレールガンで刺してやろう。」
が、マルコは突然左腕に痛みを感じた。
肘の部分からすっぽりと斬り取られていた。
川上がすっくと立ちあがり、マルコの左腕を切った剣を翻していた。マルコの体を掠める。その剣はマルコの右腕は数十センチにわたって割かれていた。体内の金属が露出していた。
「なっ、貴様は不死身か?私の弾丸は確かに貴様を貫いたはず!」
「私に負傷はない。君の弾丸は私には当たっていない」
「何故だ!あの至近距離で逃げられるわけがない!」
「私は時間をカットする能力がある。
ほんの零コンマ数秒、私は時間の制約の外にいる事が出来る。皆の時間が止まっている間私だけは行動することが出来る。
だから君の攻撃を避ける事が出来た。
私以外の人間では君に勝てなかったろう。君は強かった」
川上は静かに刀を鞘に戻した。
「待て!まだ勝負はついていない。貴様がどんな能力を持っていようと、まだ武器が残っているうちは、いや両手両足が無くなろうと最後まで戦う!」
「その意気、闘争心、尊敬する」
再び川上は刀を抜いた。
「剣王よ、最強の敵を屠る!」
自分の愛刀に言葉をかけた。そしてそれはマルコへ向けられた言葉でもあった。
「俺がレールガンを放つのが早いか、貴様の能力が上か、その勝負だ。」
マルコは川上に向けていたレールガンを降ろし、腿に当てた。西部劇のガンマンのような早撃ちのスタイルである。川上は無形の位に置いている。
「その構えで良いのか?」
川上は無言をもって答えた。
「ならば、いくぞ!」
マルコはレールガンを川上に向けた。川上は微動だにしない。
「死ね!」
マルコは言い放った。
そして、マルコの体は右腕を中心に爆発、右上半身が消滅していた。
「何が起きた?」
瀕死のマルコが聞いた。
「先程私が君の右腕を傷つけたときに、既に勝負はついていた。君の放った弾丸は体内のレールで極限まで加速され、発射の瞬間、右腕の銃身の傷に引っかかり爆発した。
それが今起きた出来事だ」
冷静に川上は答えた。
「なるほど、そういう事か。俺の負けだ。
…斬れ!」
話しながらマルコは血液状の液体を吐いた。
「剣王、勇敢な戦士にに休息を!御免」
太陽のような光を放ちながら川上の持つ剣王はマルコの体を寸断した。
マルコの顔は満足そうな笑顔を浮かべていた。
マルコから這い出してきた闇に川上は剣を突き立てなかった。
瑞貴が優しく闇を包み込み、闇は光りの元、旅立っていった。
「終わりましたね」
マルコの顔に手を掛け、瞳を閉じさせる川上に、瑞貴が声をかけた。
「ええ、ひとまずは…
今回の件で、完全に敵に我々の存在が知られる事になります。
これから、今までよりもずっと厳しい戦いが待っています」
「そうですね…」
戦い終えた川上の元に剣介や鉄丸、近衛らが近づいてきた。
「近衛君、後始末は頼む。鉄心君の治療を急いでやってくれ給え。
鉄丸、剣介、良くやってくれた。二人の力がなければ勝利はなかった」
川上は達成感、満足感そういった物を笑顔に表現しようとしたが、敵わなかった。
戦いに勝利した事は確かに喜ばしい事ではあったが、単純に喜べないのは全員同じであった。剣介と鉄丸は初めての命懸けの戦闘に恐怖し、なおかつ人の形をした者を斬った事を畏れた。鉄心は、息子に助けられた事に半分は息子の成長を喜び、半分は自力で勝てなかった事を恥じた。瑞貴と川上は、倒した相手が果たして本当に倒すべき敵であったのか悩み、近衛は積極的に戦闘に参加できなかった事を悔しく感じていた。
それぞれがそれぞれの思いを背負い、一先ず戦いは終わった。
そして、これがより大きな戦闘への序曲であった。
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