第20話 決戦
それから三十分。
二台の車が武殿の前に止った。
神父たちの乗車した車である。
続いて少し距離を置いて数台の車が止った。
追跡していた自衛隊の車である。
前二車よりも先に、こちらの方が先に車から兵士が降りたった。その兵に近衛から命令が下った。
「各員へ下命、絶対にこちらからは手をだすな。本隊の任務はあくまで偵察である。
繰り返す。偵察に徹し、専守防衛を厳守せよ」
戦闘指揮車の中の近衛は各種モニターで神父の乗った車を監視し、ビデオカメラを回した。
「これから起こる戦闘の全てを記録する。
記録と同時に市ヶ谷の本部に転送せよ。
次の戦いの為にな」
最初に降り立った神父はマルコであった。
次に従者と呼ばれる男たちが次々に降り立った。続いて、ヨハン、ペテロが続き最後に女が降り立った。
「神父三名、従者五名に、女が一人か。情報通りだな。サーモグラフに反応するのは女一人…他は全て死人だな。それにしても、あの女は一体何の役目であそこに居るのか?
警戒を怠るな」
近衛はテレビモニターでその姿を確認した。
そして、そのモニターに道場から出てくる者達が見えた。川上を先頭に鉄心、瑞貴が続き、しんがりに剣介が付いた。
川上は真っ直ぐにマルコの前に進んだ。
マルコはその川上に同調するように川上に近づいた。
「今度は殺す!」
マルコは凶悪な笑顔を浮かべた。
その様子をヨハンとペテロは眺めていた。
ペテロは従者たちに何か指示した。その途端従者たちは走り出した。
その様子を見ていた近衛はすかさず指示を出した。
「A班は従者を追跡、B班はそのまま待機。奴等まさか、民間人の虐殺に走る訳ではあるまいな?民間人保護にまわった班にも警告を送れ!」
従者を見送ったヨハンは、彼らを取り囲む自衛隊員をくるりと振り向いた。
「ほうほう、諸人こぞりて…といったところですか。
さて、皆さん。本日はおりしもクリスマスイブ。明日、とはいっても、もう数時間ですが、主イエスの誕生日です。それを祝って私からプレゼントを差し上げます。
皆さんは焦熱地獄と凍結地獄、どちらかを選ぶ事が出来ます。
どちらを選びますか?」
ヨハンの言葉を自衛官は理解できなかった。
ヨハンは両手の平を開いた。一方の腕は振り落ちてくる雪を消し去り、もう一方の腕は雪の量を増加させた。
「俺は熱い所も寒い所も嫌いでねえ」
ヨハンの背後に鉄心が立っていた。
二刀である。凍王と烈火、二本の刀を構えている。
くるりとヨハンが振り向いた。
「おやおや…」
そう言いかけた途端、鉄心の剣がヨハンを襲っていた。凍王が冷気を発しながらヨハンの肩口に向かって真っ直ぐ切り下ろされた。
ヨハンは右腕のヒートアームで刀身を弾こうとした。強烈な冷気と熱気がぶつかり合い、上昇気流を発生させた。周囲の雪が一気に舞い上がり一面を真っ白に染め上げた。
「不意打ちはいかんよ」
ヨハンを襲った鉄心に今度はペテロが襲い掛かった。ペテロのアルゴンガスレーザーサーベルが鉄心の背中に切りかかろうとする。
「その通り、不意打ちは良くないですね。武士道に反する」
剣介がレーザーサーベルを振ろうとしたペテロの頭部を薙いだ。
ペテロはかろうじてその攻撃を躱していた。
「あなたの相手は僕がします。お覚悟を!」
剣介は数ヶ月前、初めてマルコと対峙した時と打って変わって逞しさと自信に満ちた顔を持ってペテロに対峙した。
ペテロはにやりと笑った。久し振りに出会った強敵に喜びを覚えていた。
神父たちから離れ、疾走する従者たちは真っ直ぐに社に向かっていた。
現場ではすでに敵接近の報は連絡が入っていた。初めての実戦に皆緊張していた。
「我々自衛隊にとって、これは戦後初めての実戦である。実弾を人間の姿をした者に発砲する事になる。総員覚悟を決めろ」
その様子を見ていた時遠は笑った。
「かかっ、初めての実戦か。先が思いやられる軍隊だな。さて、おめえらよ、奴等が来たぜ!しっかりやってくれよ」
時遠の言葉に反応した隊員たちのノクトヴィジョンに遠方より接近する五人の姿が確認できた。
「総員配置に付け!時遠殿、後始末は頼みます」
「おう、まかせとけ!」
時遠は楽しそうに指揮官を見送った。そして、避難している人々に向かって呼びかけた。
「おい、金剛家の小僧がいるだろ?出て来い」
呼ばれてのそりと鉄丸が現れた。鉄丸は片手に木刀を握っていた。
「爺、なんのようだ?」
「ほう、木刀を持ってきておるか。感心感心。
お前はワシの側にいろ!戦いという物を見せてやる。」
「俺が側に?」
「そうだ、今後の戦いの為だ。ようく見とけ!」
「俺は教師になるんだ、戦わない」
「ごちゃごちゃ言わずについて来い!」
ごつんと鉄丸の頭を殴った。
川上とマルコに動きはなかった。
川上は無形の位に構えをとり、マルコは右腕のレールガンを川上に向けていた。
「殺す前に一つ聞いておきたい。
何故、ただの布教活動をしているに過ぎん我々の邪魔をするのか?」
銃口を川上に向けたままマルコは問い掛けた。
「諸君らの行動は傲慢だ。我が国が長年培ってきた文化や伝統を破戒する。
それが理由だ」
「たったそれだけの理由か?我が教団だけではなく、他のキリスト教団体やイスラムも同じ事が言えるのではないかな?」
「看過できるレベルと出来ないレベルがある。
諸君らはその存在から我々には認められない。
死者蘇生は我々にとって禁断の秘法。
闇に葬られるべき技術。
その法を持って蘇生した者をこの大和の地に踏み入らせるわけにはいかん。
今度は私から聞かせてもらおう。
真の目的は何だ?ただの布教だけではあるまい?」
「我々の目的は世界平和である。キリストの教えによる世界の思想の一元化。
自由主義も共産主義も我が教団の教えの元、対立することがなくなる。そして、我が教団の指導の下、富める国から貧しき国へと、食料を送り込む事も可能となる。
世界の平和の為には、世界中の悩める多くの子羊を救う為には、多少の犠牲は止むを得ない。邪魔する者には誰であろうと抹殺する」
「つくづく、傲慢な!仮に、諸君らが世界の指導者になったとして、諸君らの教えが間違っていたならどうする?世界は再び混沌とする事になる」
「ふむ、話すだけ無駄なようだな。
では、死ね!」
マルコのレールガンが火を吹いた。
ペテロと対峙した剣介は攻めあぐねていた。
通常の剣であれば、切っ先三寸、およそ十センチほどでしか人を斬る事は出来ない。
だが、ペテロのレーザーサーベルはその全面が刃である。
どの角度でも、どの位置でも剣介を斬る事が出来る。その上、手首の返しだけで刃の向きを自在に変える事が出来る。
迂闊に攻め込めば、カウンターを食らうだけである。だが、ただ敵の攻撃を避けている訳にもいかない。レーザーサーベルを剣で愛ければ、剣は焼き切られる。ただ避けるのみしかないが、それも何時までも続けるわけにはいかない。何時かは捕まり斬り捨てられる。
狙うのは、敵の攻撃を躱した後のカウンター、それも一瞬で避けて攻撃をしなければならない。
「日本には「つばめ返し」という名の高速を旨とする技があるそうだな?
その技と比べて、私の技のスピードはどうかな?」
ペテロは自在にレーザーサーベルを振って見せた。
「「つばめ返し」というのは佐々木小次郎という中世の剣士が編み出した、「才能と努力」、共に揃って初めて産まれた技だ。
あなたの技は、技とはいえない。ただハードの性能に頼っているだけ。児戯ですね、児戯!」
ペテロの眉がぴくりと動いた。
剣介の挑発にのっていた。
「では、私の剣がどれほど早いかその体で知ってもらおう。」
ピリピリとペテロのレーザーサーベルが音を上げた。
自衛官たちは走り寄る従者に向かって銃を構えていた。
「撃て!」
無数の弾丸が従者たちの体に突き刺さった。
三つの肉塊が地に落ちた。
が、一人の従者は弾丸の雨を潜り抜け、銃を撃った自衛官に襲い掛かろうとした。
従者が鳥居をくぐり抜けようとした瞬間だった。近辺にバチバチバチバチという轟音が鳴り響いた。
鳥居の下に従者の死体が転がった。
「何が起きたんだ?」
鉄丸が聞いた。
「奴等の体の中に救う悪霊、キリスト教風にいえば悪魔だな。それが、神社の神聖な空気に触れて成仏したわけだ。
さて、こいつはいいから、外の奴の始末だ。
ついて来いや」
そう言うと時遠は転がる死体を踏みつけ、鳥居を潜り抜けた。
時遠が鳥居の外に出たとき、銃に倒された三つの肉塊から、闇の黒よりも深い暗黒が這い出してきた。時遠はそのうちの一体に走り寄ると両手で抱え込むように抱きしめた。
時遠の体は両手の平を中心に発光した。見る者に安堵を与える神聖な光が闇を包み込み、闇は縮小し、やがて消滅していった。
「まず、一つ。鉄丸、見ていたか?
これが始末の仕方だ。悪意ある気は、気で押し潰す。もう一体やる。良く見て、三体目はお前がやれ!」
そして時遠は身近の二体目を屠った。
「よし、最後のあれはお前の獲物だ」
少し離れた所で這いずりだした闇を指差した。
鉄丸は不安そうに時遠を見つめた。
「でかい図体のくせに意外と気が小さいな。
お前はもう十分に気が練れる。この手の雑魚は、その気を木刀に注ぎ込んで切り付けて終わりだ。やれ!」
その時、従者を追跡してきた自衛官が到着した。自衛官らは、這い出した闇に気付かずそのまま接近した。
「いかん、食われる!」
時遠は慌てて闇に向かって走り出したが、自衛官と闇の接触はそれよりも早かった。
自衛官の乗った車は闇の中に突っ込んだ。
闇はその車を覆いつくした。
「ちい、ワシとした事が迂闊!」
車に走り寄った時遠は光の拳を叩き込んだ。
闇はバチバチと音を立てて消え去った。
後には、自衛官を乗せたまま腐食した車だけが残った。周囲に腐臭が広がっていた。
「鉄丸、よく見ておけ、これが殺られるという事だ。奴等が日本に本格的に侵攻すればいくらでも、こういう事は起る。
それを防ぐ為の我々だ。そして、お前の友人も父親もこの戦いに参戦している」
鉄丸の心に何ともいえない気持ちが広がった。
再び迷いが生じていた。戦うべきか、生きたいように生きるべきか…
「俺は一体どうすれば…」
その時、爆音とともに武殿の方角から炎が巻き上がった。
「!」
底では今、父や友が戦っている。
鉄丸は居ても立っても入られなくなった。
その炎を見て鉄丸の心は決まった。
参戦!
友や父親とともに戦う事を決意し、武殿に向けて走り出していた。
「けっ、小僧が世話が焼ける。ようやく腹を括りやがった。
さて、ワシも後一仕事だな。さすがに大物は最後まで残りやがったな。
隠れてないで出てこいや、そこのでかいの!」
時遠の言葉に反応して一人の大男が姿をあらわした。
ロシアの港で女を襲い、ヨハンと戦った元軍人である。
「お前さんもすぐに成仏させてやるぜい!」
時遠は元軍人に向かって駆け出した。
マルコの放ったレールガンの一撃は川上をかすめ、武殿を直撃していた。
着弾と同時に武殿は炎をあげた。
「良く躱した。全く悪魔的なスピードだ。
がしかし、今回は通常の弾丸ではないぞ。
ロシアの秘密兵器爆裂焼夷弾を使っている。付近に着弾しただけで、爆裂して燃え上がるぞ。なまじっかなよけ方で避けられると思うなよ!」
川上は表情を変えることなく、マルコの口上を聞いていた。
「次は私の番だ」
一気に間合いを詰めた、川上の剣がマルコの頭頂から真っ直ぐに切り下ろす。マルコは体を左に振って剣を躱す。
が、躱したはずの剣が何時の間にかマルコの体を追って、至近にある。それをさらに体を引いて何とか躱すマルコ。が、神父の黒服は横一文字に斬り割かれている。
「なるほど、今の一撃でお前の攻撃の秘密が分かった。お前は私の目の動き、筋の動きを見て、私が次にどう動くかを予測している。
だから、発射のタイミングを計って先に退避し、私の逃げる先に剣が動いてくる。
なるほど、恐ろしい腕だ!
だが、速さの秘密が解けた以上、勝利は私にある!次の攻撃は外しはしない。」
「果たして、そううまくいくかな?私も君の秘密をつかんだぞ。」
「ほう?」
「最初の発射から、次弾の発射まで時間が掛るのは何故か、いや時間を稼がなければならないのは何故か?
すなわち、電力不足。
弾丸を超高速に加速して射出する為に必要な電力を得る為に時間を稼いでいる。そう見たが、どうかな?」
マルコはにやりと笑った。
「ははははっ。本当に恐ろしい男を敵に回してしまったな、我々は。
全くそのとおりだ。だが、こうして会話している間にすでに私の電力は回復したよ。
さっさと攻撃していれば、勝負はついていたものを」
瑞貴は男たちの戦いを見守りながら、神父と共にやってきた女の側に立った。
「あなたには色々お話を聞かせていただく事になると思うわ。」
気配も音もなく近づいた女にロシア語で話し掛けられ、マリアは驚きを隠せなかった。
「あなたは?」
「聖礼院瑞貴。あなたのお仲間を最後に葬る者。そろそろ、決着がつく頃。
あなたも良く見ておきなさい」
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