第19話 下命

近衛は雪の中の追跡を続けていた。

「部下の配備はどうか?」

同乗している隊員が確認を取る。

「すでに完了、配置についたとのことです。

周辺住民の避難も完了。後は有事に備えるだけです。防衛出動の許可は得てはおりませんが…」

腕組みをして近衛は考え込んだ。

許可を得ず兵を動かす事は反乱と受け取られても止むを得ない行為だからである。

「一尉、確認しておくが、この命令は私、「近衛一佐」発令のものである。全ての責任は私一人にある。良いな?」

部下に責任を負わせない為の言葉であった。

「一佐殿、了解であります」

声をかけられた一尉は一度言葉を切り、更に続けた。

「しかし、それでは一佐殿は極刑という事もありえます」

「言うな!命を懸けて戦う諸君らに責任を負わせるわけにはいかん。ヘリを一台手配してくれ、私は先行して現地の部隊に合流する」

「一佐殿、尊敬致します」

一尉は敬礼をした。

武殿周辺には完全武装の自衛官数十名と戦闘指揮車が集結していた。

寒気と雪の中、自衛官たちは白い息を吐きながら整然と整列し指揮官からの指示を待っていた。

武殿の中では、指揮官と川上が会見していた。民間人保護の作戦の打ち合わせである。

「では、我々は民間人の保護を最優先、要撃は従者と呼ばれる者たちに限定して行なえばよろしい訳ですな?」

現場指揮を命じられた自衛官が川上に確認する。

「それで結構です。くれぐれも、死体から発生する黒いガス状の物体には手を触れないように願いたい。あれに科学兵器は一切通用しません。あれを倒せるのは精神兵器のみ!我々と時遠御坊の一族のみが対応します。

肉体を破戒した後は速やかに引き継いでいただきたい」

「了解しております。近衛一佐より下命されております。では、我々は民間人の退避を確認した後、社にて防衛体勢に入ります。

御武運をお祈り致します」

そういうと指揮官は川上以下一同に敬礼をし、部下の元へと戻っていった。

「さて、これで里の者は自衛隊と時遠御坊にお任せできる。我々は我々の準備をしておこう」

「川上先生の言う通りよ。」

瑞貴であった。

「瑞貴義姉さん、こんな所にいないで、早く社に非難した方が…」

剣介は心配そうに瑞貴に声をかけた。

瑞貴は手にしていた物をすっと剣介に差出した。

「はい、お弁当。腹が減っては戦は出来ませんから」

「義姉さん、今はそんな事より早く逃げないと…」

「剣介君、それは違うぞ。聖礼院様も戦う為にここに来たのだ。単に弁当を届けに来た訳ではない。聖礼院様、ありがたく頂きます」

瑞貴が差出した弁当を剣介に変わり、鉄心が受け取った。

「でも義姉さんは女ですよ」

「女とか男とか、年寄りだとか子供だとかは関係無いの。現に高校生の剣介ちゃんだってここにいるじゃないの。戦える者が戦う、そういう事よ」

瑞貴は静かに剣介に諭すように語り掛けた。

「しかし…」

「聖礼院様、あなたには悪の気を葬っていただく事になると思います」

剣介の言葉を強引に川上が遮った。

「承知しております。私には科学兵器には対抗する術がありませんから…

皆さんの後始末をさせていただきます」

きっぱりと言い切った。

「姉さんは、そう簡単に言うけど…

あれを始末するのは簡単に出来る事だとは思えない…」

剣介はさらに心配そうな顔をした。

「剣介ちゃん、心配してくれてありがとう。

でも、大丈夫。私には経験があるから…」

「経験?」

「そう、一度だけ経験があります。」

「聖礼院様、その話は今は…」

鉄心が話を止めた。

「?」

剣介の知らない秘密がまた一つ増えた。

剣介が何の事か問おうとした時、雪の降る音だけが聞こえる道場にヘリの爆音が鳴り響いた。

「近衛君が到着したようですね。という事は、敵の到着も、まもなく、という事ですね。」

ヘリから下りた近衛は道場に走り込んできた。

「御無沙汰しております。近衛であります。

すでにご存知の通りまもなく敵が到着致します。みなさんのお力お借り致します」

近衛は道場内の全員をしっかりと見据えながら敬礼をした。長い敬礼だった。その敬礼している時間、近衛は道場に居る者達への様々な思いを巡らせていた。戦いに参加してくれる事への感謝、共に戦う戦友への親愛の情、そういったもの全てを己の視線に乗せて、そこにいるもの皆に伝えようとしていた。

そして剣介の視線に自分の視線を合わせ、

「剣介君、良く参戦してくれた。礼を言わせてもらう」

それは剣介一人に発した言葉であったが、全員へ向けられたメッセージでもあった。

「では、自分も配置に付きます。御武運を!」

近衛はそういうと外に待機していた戦闘指揮車に乗り込んだ。

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