第15話 父子

 鉄丸は父親の背中に背負われていた。

意識はあっても体はまだ動かなかった。

「おい、鉄丸よ、知らぬ間にでかくなったな。

前に背負ったときは片手でつまめたのになあ。

月日というのは、あっという間に過ぎる物だな」

「親父、俺は背負われた記憶なんか無いぜ、何年前の話をしてるんだよ。」

鉄丸は父の背中で、その温もりを感じながらいった。

「俺達が生きている間に一体どれだけの事ができるのだろうなあ?

お前が片手でつまめる頃から、背負うのが嫌になるほどでかくなるまで、俺にとっては一瞬だった。俺はお前をここまで育てたが、お前はこれから何を為す?

この間も言ったけどな、これからはお前たちの時代なんだ!良く悩め。俺もお前たちの年頃には悩みに悩んだ。そして、決断した。

先祖の跡を継ごうとな。

俺はお前に俺と同じ道を歩めとはいわん。

好きな道を行け。

ただし、その時は刀は返してもらう。

奴等とはおれがそれを持って戦わなければならないからな。」

鉄丸は父の本心は言葉とは裏腹に、後を継ぎ戦いの道を選んで欲しいのだと思った。

「二、三日考えさせてくれ。」

そう言って鉄丸は父の背中の温もりに安心し眠りについた。

剣介は父親に背負われた鉄丸を見送ってから、帰途についた。川上や瑞貴たちはまだ話し込んでいるようだった。

 深夜にもかかわらず、母親が起きていて出迎えた。居間に座りこんだ剣介にお茶を入れてきた。母親も一緒に座り、しばらくの間黙ったままお茶を啜った。

お茶で体が温まり、剣介が落ちついた頃あいをみはかり母親が切り出した。

「剣介、戦いなさい。あなたは自覚していないかもしれませんが、あなたには戦う力があるのです。戦える者が戦わなければ一体誰が日本を救うというのです」

「母さん、いきなりそんな事を言われてもさ、俺だって困る。

ところで、母さんは、兄さんや父さんたちの事知っていたのかい?」

「それは知ってるわよ。家族だもの」

「僕は何も知らなかった…」

「そうね、あなたには何も話さなかったからね。」

「何故?なぜ、俺には何も教えてくれなかった?家族の中で俺だけのけ者みたいに…」

「川上先生たちに何も聞かなかった?

剣介、あなたはね、特別な能力を持った人間なの。だからこそ話せない事もあるの。

もし、あなたが能力を発現出来るようになった後に敵に回ってしまったら、私たちは自分で自分の首を絞めかねる事になりません。

だからこそ、慎重に慎重を期してきたのです」

母のその言葉に剣介は怒りを覚えた。

「父さんも母さんも、家族なのに信じられないのか?」

ついつい大声になる。が、直後にテーブルを叩くバン!という音が部屋に響いた。

そしてその音以上の大きさで母親が叫んだ。

「当たり前です!私たちが関わっているのは戦争なのです。戦争とは、あなたたち平和ボケした若者が想像しているよりも遥かに残酷で厳しいものなのです。例え、親兄弟であろうと時には斬り捨てなければならないときも在るのです。それに言っておくけれども、私も夫も御兄ちゃんも、あなたには精一杯の愛情を注いできました。そんな事にも気付かなかったのですか!情けない!!!」

一気に捲し立てた母親の剣幕に剣介は圧倒された。気丈ではあるが、あまり感情を表わす事の少ない母親にこれだけ叱られたのは初めてだった。が、ハッキリと母親の愛情の深さを感じ取る事が出来た。

「確かにあなたと他の兄弟に注いだ愛情の形は違うかもしれません。それでも注いだ愛情の深さは同じです。それだけは覚えておきなさい」

剣介には返す言葉が無かった。

「私はもう寝ます。もう時間はありませんが、良く考えなさい。」

そう言い残し母親は部屋を出ていった。

剣介には一人になった部屋の温度が急速に下がった様な気がした。

冷えかけたお茶を一気に飲み込んだ剣介は

「苦い。」

と独り言を呟いた。その夜、さまざまな事に思いをはせて、剣介は眠る事が出来なかった。

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