第13話 遺志

「どういうことです?」

剣介は憮然とした口調で聞いた。鉄丸も同じ事を問いたかった。

「その話をする前に、先ずはこれを渡しておきましょう。」

瑞貴は傍らに置いていた細長い包みを取り出し、剣介に渡した。

剣介は包みを封じる紐を解き中身を取り出した。

「姉さん、これは…」

「刀介さんの遺作よ。

剣介ちゃん、あなたの為に打たれた、あの人最後の作品。

あなたにこの刀を渡す為に、今までの刀介さんの作もお父様の作もあなたには渡されませんでした」

川上が続けた。

「私の刀、「剣王」は明王刀蔵作、つまりはあなたの父君の作。

これは、あなたが産まれる時に父君が打った剣。本来は、あなたに渡されるべき物でした。しかし、お兄さんが止めたのです。

弟には俺の最高傑作を渡したい、そう言って譲りませんでした」

「そして夫がようやく創り上げた最高傑作がこの遺作です。

弟がその時を迎えたとき渡して欲しい。

夫の遺言です。

御渡しします」

「兄さんが…」

剣介は瑞貴から渡された刀を手に取った。

鞘から刀を抜く。

徐々に鞘からその身を顕わにする刀は周囲の光を身の内に吸収し凝縮して発散するかのように眩しいほどの光を放出した。

「その刀にはまだ名前がありません。御好きな名前をつけて上げて下さいな。」

鉄心が諭すように続けた。

「剣介君、良く聞きなさい。

明王の家系は元々刀匠の家。

その上、一族の打つ剣は悪鬼を払う破邪の剣。

なおかつその剣を持つ者の能力を増幅させる効果があります。

 例えば息子の持つ「凍王」「烈火」は一方は持つ者が持てば鮮烈な冷気を放ち、もう一方は雪が刀に触れる前に雪を溶かすほどの熱気を放ちます。それが明王家の一族の剣なのです。」

剣介は黙って聞いていた。鉄丸も身動きできないまま聞いていた。さらに続けた。

「今君の親父さんと弟さんはあちこちの山を巡り、刀を打つ為に必要な『ヒヒイロカネ』と呼ばれる良質で特殊な鉄を捜し求めています。おそらく数年後には本格的に始まる敵との戦いに備えて、一本でも多くの明王の剣を打ち上げる為に」

「一本でも多くの?ではなぜ父は弟だけを連れて、僕を連れて行かないのです?

僕が明王家の剣を打てるならば、ここに残るよりも力になるはず…」

「それはおめえが、特異中の特異だからさっ。

鉄丸よ、いつまでも寝たふりしてるな!

おめえも、同じ立場だからなっ。

耳の穴かっぽじいて良く聞けよ。

おめえらは、生まれながらにして気の量が特別多いのさ。

剣介よ、お前の家の血は、気を物に封じ込める能力に長けている。だから刀匠に向くのさ。

だけどよ、おめえの気は多すぎて物に封じ込めようとすれば溢れ出して、物それ自体を破戒してしまうのさ。だから、おめえは刀を触媒にして気を放出する剣士に向いてるのさ。

鉄丸、おめえは気を変化させる能力に長けている。おめえの親父が「烈火」を使えば、精々水を沸騰させる程度だが、おめえが持てば、マグマの熱に匹敵する。そのうえ、右手と左手で別々の気に変化させられるから、「烈火」と「凍王」両刀を同時に使える力がある。

はっきりいえば、おめえたちは、期待されてるんだよ!」

剣介も鉄丸も答えなかった。

しばらくの時間の後ようやく剣介が口を開いた。

「少し考えさせてくれませんか…

昨日から色々ありすぎて、なんだか混乱してます。」

「一刻も早い参戦を期待します。」

近衛の一言は二人の参戦を前提にして、発せられていた。

「かかかっ、自衛官も大変だな。国家を守らなきゃいけないからな。

混沌とした世にも秩序だった世にも人は住む。

勝手に生きて、飯食って、糞して、餓鬼作って死ぬ。人間なんざ、所詮そんな程度の物さ。

おめえらも、あまり細かい事いうな。

奴等似非クリスチャンの好きなようにさせてやるのも、一つの手だぜ。」

「御坊、お気づきですか?

御坊のお話は先程から話のつじつまが合わなくなってきております。

御坊のおっしゃりようだと我々が戦っている意義が無くなってしまいます。」

「川上よ、ワシはな、本物の仏教徒というのは全ての宗教を内包できる物だと思っておる。

キリスト教もイスラムもヒンズーもまとめて信じる事ができると思っておる。

ほんの少し形を変えれば、全ての宗教は仏教に取り込めると思っておる。

言い換えれば、仏教を前提にすれば、全ての宗教は一つだといえると考えておる。

それは神道にも同じ事が言えるわな。

いや、多神教とはそういうものかもしれぬわなあ。」

時遠の話は最初は川上に語り掛けていたが、最後は自分の心の整理を言葉にする事によってしているようであった。

「多神教も奴等と同じなのかもしれぬよ。

その文化や成立した背景を無視して、己の世界に取り込む事が出来る。

奴等が今日本でやろうとしている事を仏教や神道は何百年も前にやってきたのではないかな。ワシは最近そう考えておる。」

時遠の言葉に一同全てが聞き入っていた。

「では、なぜ戦うのですか?」

剣介であった。

「御坊様の言う通りであれば、戦う必要なんて無いのではないですか?」

「おめえも、痛いとこを付くなあ!

ワシが奴等と戦う理由、それはなあ、気に入らねえからよ!どういうわけか、奴等のにやけたつらが気に入らねえのさ。」

「そんな理由で命懸けの戦いができるのですか?」

「かかかかっ、そんな理由だからこそ、できるのさ。」

その時であった。近衛の携帯電話が静かな道場に鳴り響いた。


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