第12話 体現
「鉄丸、刀を取りなさい。先生に稽古を付けてもらいなさい。まずは体験して見ると良い。」
鉄丸はいつもの呼吸法を取る。
大きくゆっくりと深く息を吸い込み、一瞬息を止める。そして吸い込んだときの倍の速度で下腹部へ押し込む事を意識しながら吐き出す。それを数回繰り返す。
次第に鉄丸の気は充実してゆく。
鉄丸はカッと目を見開き立ち上がった。
昨日までの鉄丸とは別人だった。
二刀を構えた姿は鬼のようであった。
一方、川上はいつものように静かに構えている。
無形の位。
構えのない構え。
右腕だけで剣を握り、左腕は柄に軽く添える程度に置く。そして負担がかからないように腕を下げたままにする。
攻撃に即座に対応できない、一見無防備に見える構え。
が、自然体である。自然体であるが故に、遣う者が遣えば、通常の構えよりもフレキシブルに対応でき、有効に機能する。
鉄丸は構えているだけの川上の隙を見出せない。川上の周囲をすり足でゆっくりと回る。その動きに応じて、川上も最低限の動きで鉄丸に正対する。
斬りかかった途端に、逆に自分が斬り倒されるのではないか?という恐怖が鉄丸の動きを躊躇させた。
「この木刀が怖いかね?」
川上の問いに、鉄丸は答えなかった。
川上は不意に構えを解き、鉄心に木刀を渡した。
「おい、鉄丸、いよいよだぞ。気をつけろ!
剣介君も良く見ておきなさい。」
端で見ている剣介の手の平は汗で濡れていた。
前回の稽古の時と逆の立場になっていた。
剣介は前回の稽古のことを思い出していたのだ。
鉄丸は、川上の腕から木刀が消えたにもかかわらず、相変らず動けずにいた。
鉄丸の目にはないはずの刀が見えていた。
川上は先程と変わらず無形の位に構えている。
その右腕にはしっかりと刀が握られている。
いや、握られているように鉄丸には見えた。
「見えますか?」
「見えます。」
鉄丸は答えた。
「先生、僕にも見えます。」
その無いはずの刀は、剣介にも見えていた。
いや他の者にも皆見えていた。
鉄心にも瑞貴にも近衛にも…
「来なさい!」
川上の言葉に誘われ、無意識に鉄丸は打ち込んでいた。
が、打ち込んだ刀は、川上の無いはずの刀に弾き飛ばされていた。
その弾かれた勢いで百キロは超える鉄丸の体が飛ばされた。
「鉄丸、まだ臆していますか。今の剣にいつもの切れも何もありませんでした。
君の剣、二天一流は剛の剣、剣介のしなやかさと鋭さの柔の剣法とはまた別。
瞬発力、突進力を持って、思い切り良く打ち込みなさい。
「剛能く柔を制す」という言葉を思い出しなさい」
鉄丸は稽古の時、何度も何度も聞かされたその言葉を思い起こしていた。
「剛能く柔を制す」
元々人並外れた膂力を持つ宮本武蔵の創始した剣法である。パワーに満ちた鉄丸向きの剣法といえた。
しかし、鉄丸には迷いがあった。
「人の言葉をしゃべり、人の形をしているものを斬れるのか?」
昨日から何度も何度も自問した問である。
その答えがいまだ見つからないでいた。
川上たちに従い、戦いに参加するかどうかすらもいまだ決め兼ねている。
「果たして自分に戦う必要があるのか?」
その覚悟の決められない心が剣を曇らせていた。
「先生、息子には迷いが在るようです。
遠慮なく叩いて下さい」
鉄心の声に川上は行動で答えた。
無いはずの刀に光が射した。
光は勢いを増して刀は眩しいくらいに輝き始める。
鉄丸は一瞬たじろいだ。二刀の構えに隙が生じた。
どん!
空気が鳴り響いた。
川上の光の刀は鉄丸の胸を突いていた。
数秒後鉄丸は膝を突いて倒れ込んだ。
気絶していた。
話し声で鉄丸は目を覚ました。
起き上がろうとするが、動けない。体に全く力が入らないのだ。
「あれが、斬魄を斬る剣です。鉄丸に触れたのは切っ先の一ミリに満たない部分だけです。
それで、この状態です。一センチ深く入れば鉄丸の命は無くなる事でしょう。
この技は、平穏な生活では、生涯遣う事ではないでしょう。そして、あまりにも危険な為に君たちには今まで教えてきませんでした。
しかし、もし、君が我々とともに彼らと戦う覚悟があるならば教えましょう」
「ばあか、おめえ、甘すぎるぜ。
こんな若造、ちょろっと騙しちまえばいいんだよ!黙って戦場に連れ出しちまえばいいんだ。なあに、それで死んだらそれまでだったって事よ」
「御坊、御家族がいらっしゃいますから」
近衛がいさめた。
「けっ!おめえらよ、若いくせに人間丸すぎるぜ。もっと毒が必要だぜ」
「いや、全く御坊の言う通り。息子は体は人並外れて大きくとも、精神はまだまだヒヨコ。
鉄のような精神力など持ち合わせておりません。だから、迷うのです。
「我々の戦争に参加するか、しないか」
誰に強制された訳ではない、誰に聞かれただけではない。自分で勝手に思い込み、悩み、挙げ句の果てに、どちらにするか決め兼ねる。
己の置かれた立場、宿命、自分の生きる道、生き方が見定まっていない証拠。
親としては、少々力づくでも生き方を決めさせるしかありませんな」
うっすらと目の開きかけた鉄丸の耳に父親の声が響いてきた。
「叔父さん、それはあまりにも酷いのでは?
叔父さんの言い様だと鉄丸には自分の人生を自分で選ぶ事が出来ないみたいではないですか?」
剣介である。
「そのとおり。川上先生は柔らかい言い方をしたけれど、鉄丸ちゃんは戦う事を宿命づけられた家系。そして剣介ちゃん、それはあなたも同じ事です。」
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