第11話 秩序を築くもの 逆十字団
月は出ている。肉が薄い半弓状の三日月である。その光が明かり取りから僅かに入ってくる。差し込む光はそれだけである。
窓の外ではリンと秋の虫が鳴いている。
僅かな風が窓の外をながれ、ススキがさらさらと揺れている。
いつもの道場。
いつもの稽古の時間。
彼らが居るのはそこである。
神前に川上が座り、それと相向かって剣介と鉄丸が座っている。その脇に時遠、近衛、そして鉄丸の父が控えている。
時遠以外全員正座である。
「敵の正体ですか?」
その言葉を発してしばらくの間、川上は沈黙していた。
どう説明するか、どういう順序で説明していいのか考えあぐねているようだった。
「先生、僕たちは何を聞かされようと驚きません。
なぜ、彼らには血が無いんです?
腕に仕込まれていた銃は何なのです?
なぜ僕たちは彼らと戦わなければならないのですか?」
食い入るように見つめる剣介の瞳をしっかりと見据え、川上はゆっくりと語り始めた。
「まずは、何から話しましょうか?
そう…敵と我々が呼ぶもの。
それは一言で言えば、秩序を築くもの、とでも言えばいいでしょうか…」
「秩序を築くもの、ですか?」
川上の答えに剣介は合点が行かないようだった。
「秩序を破壊するものが、敵になるというのなら、なんとなくわかりますが、秩序を築くものが敵になるというのは、良く分かりませんが…」
「あなたたち若者には、そう感じるかもしれません。しかしながら、秩序を築く、正確には再構築するという事は、今現在存在する多様な思想、文化、宗教を否定すると言う事です。画一的な価値観の中に他の全ての思想を閉じ込めてしまうと言う事になりませんか?
私は、我が国で育まれた文化、思想、宗教が否定され、彼らの一方的な価値観を押し付けられる事には耐えられません。
それは我が祖先が命懸けで守り、育ててきたこの国を破壊する事と同義です。
私は断じて許す事は出来ません。
それをやろうとしているのが、彼らなのです。」
川上には珍しく、怒りの感情を押さえ切れない様子だった。
「彼らは不死の肉体を持ち、最新、いえ、我々には未知の兵器をその体内に有しているのです。」
「不死?最新の兵器?」
「あのレールガンのことですか?」
「そうです。彼らは、その秀でた科学技術力、キリスト教を隠れみのにしたカルト的な宗教によって、すでにアメリカ、イギリスを占領しています」
「先生、キリスト教を隠れみのですか?
クリスチャンの僕には聞き捨て鳴らない話ですねえ。」
真剣なのだがどこか間の抜けたしゃべり方で鉄丸が答えた。
「…キリスト教を隠れみの、いえ、キリスト教から派生した一新宗教といった方が良いのかもしれません。
その根本の教えは明らかにキリスト教でありながら、プロテスタントでもカトリックでもギリシア正教でもない。
その掲げる十字架も通常の物と違います。
頭を下にした逆十字。
我々はその十字からとって彼らを逆十字団と呼んでいます。
独自の教義を持つ彼らは、その教義を実践する為にはどんなことでもやってのけます。
イギリスやアメリカでやった事を今またこの日本でやろうとしているのです。
この国を守る為、我々は戦わなければなりません。」
「アメリカやイギリスが占領されたといっても、現実に政府は存在しています。どういう事でしょう?」
剣介は緊張感を感じさせる話し方をした。
「悪魔は最初天使の顔をして現れるということです。
彼らは天使の振りをして政府要人に近づき、徐々に思い通りに動かせる人間に教化していくのです。ですから、民主党も共和党も、上院も下院もその半数以上の政治家が彼らに教化されてしまっているのです。
その証拠にアメリカ政府は超法規的に彼らにパスポートを発行し、市民権を与えています。」
「先生、それは当然の事なのではないでしょうか?」
「いえ、そうではないのです。なぜなら彼らは既に死んでいるのです。」
「死んでる?!」
「そうです。主要メンバーは全て、死者なのです。死亡した理由はそれぞれですが、彼らは皆、数年から数十年過去に亡くなっています。彼らの戸籍は一度抹消され、それを復活させたのが、アメリカ政府なのです。
彼ら死者の群れは正式なパスポートを持って入国しているのです。
つまりは明確なアメリカの意図をもって彼らは入国しているのです。
陰陽道の技術に「死人返り」という技術があります。言葉通り、死者を蘇らせる技術の事です。医学的に死亡した肉体を蘇生し、失われた魂魄を呼び戻す技術。
ただし呼び戻される魂魄がその肉体の正統の持ち主だとは限らない。
時には邪悪なる魂魄が肉体に宿る事もあるのです。
我が国では現在「死人返り」は一切行われていませんが、過去において何度も行われているのです。
そして、蘇った肉体は多くの場合災厄の源と為りました。
その肉体に宿った物は、狂気、憎悪、殺意、禍禍しき欲望の固まり、人間の負の部分を全てさらけ出した魂魄。
その結果がいかに悲惨な物であったか…
何十人何百人もの命が奪われる事になりました。
そして、その死人を再び屠る為に生まれたのが我々の技術なのです。」
現実場慣れした話だった。
一般社会を生活の場として生きてきた二人にとってにわかには信じられない話であった。
「それが、さっきの技ですか?」
「そう、死人の魂魄を切り捨てる為の技。
人の魂を斬る技。」
その時すーっと道場に入ってくるものがあった。聖礼院瑞貴である。
鉄丸はその姿に気づいたが話を続けた。
「魂を斬る、そんな事が出来るのですか?」
鉄丸が聞いた。
「出来ます。実際私は斬ったではありませんか。あなたたち二人にも出来ます。
そのための稽古は十二分にしてきました。
あとは、それを発現させる為のコツを覚えるだけです。」
ちらりと鉄丸の父、鉄心を見る。
鉄心は川上の言いたい事を悟り、うなずいた。
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