第8話 実戦

街の中は静かだった。

そこかしこに明かりの着いた店や建物があるが、歩く人の姿はなく、人の気配すらなかった。唯ひとり、川上を除いては。

「人が居ませんね」

剣介はつぶやいた。それに近衛が答える。

「結界ですよ。時遠様とその一門の方々が、人が入れぬように結界を張ったのです。

それともう一つ、空にもね。」

「空?」

「そう、衛星からこちらの状況をモニターされない為にね。

今は二人とも何も分からないでしょう。しかし、いずれわかります。知ることになるのです」

近衛は話を打ち切った。

 風の鳴る音だけが響いていた。

しばしの時間が流れた。

その時間は、見ているものには随分長い時間に感じられたが、実際には数十秒であったろう。

川上の視線の先に三人の男が現れた。

そのうち二人は格闘家を思わせる大柄で筋肉質、冬も近いこの時期にティーシャツ姿であった。

その二人の後に続く、もう一人の男は黒衣の上着、黒衣のズボン、黒の靴、の黒で統一された服装で首から十字架を下げていた。

一見してキリスト教の神父とわかる。

ただし、その十字架は上下が逆についていた。

川上はその逆十字をきっと睨み付けた。

そしてその三人に向けて真っ直ぐ歩を進めた。

近づきながら親指で鍔を押し、剣を抜きかける。

川上の動きに警戒した三人は動きを止め、神父姿の男を守るように二人の屈強な男が一歩前に出た。

二人に目もくれず神父だけを見詰め、さらに近づく川上に二人の男はボクシングの構えをとった。

隙の無い見事な構えだった。

その一人の男がいきなり川上に向かってパンチを放った。

その様子をもう一人のティーシャツ姿の男は構えたまま見つめ、神父姿の男は後ろ手に手を組みながら笑みを浮かべて眺めていた。

シュッという風を切る音とともに、男の拳が川上の顔目掛けて放たれた。

恐るべきパワーとスピードののった見事なストレートだった。

その拳が川上の顔面を捉えたかに見えた瞬間、男の腕はひじの部分から消し飛んでいた。

そして、ズルリと男の首が地面に落ちた。

「切った!」

様子を見ていた剣介と鉄丸にとって驚愕の光景であった。

剣は本来人を斬る為の道具である。

剣技は本来人を効率よく斬る為の技術である。

しかし、それは争いの在る時代の事である。

平和な時代、現代の日本では意味合いが違っている。

剣は人を殺す為の道具ではなく、美術品としての価値を、剣技は人を殺す為の技術ではなく、試合に勝つ為の技術としてその意味を変えている。

それは剣介、鉄丸にとっても同様である。

誰にも負けない実力をつける為に必死に稽古してきた。しかし、それは人を殺す為ではなく、試合に勝つ為である。

だが、目の前で繰り広げられた光景は、二人の認識とは全く違うものだった。二人には信じられないものだった。

剣と剣技、本来の姿であった。

二人には何が起きたのか理解できていなかった。自分たちの師である川上が

「人を切った!」

「人を殺した!」

その事実が信じられなかった。

夢を見ているのだと思った。

同時に不安とも恐怖ともいえない重苦しい空気が二人の心に立ち込めていた。

男の首が地に落ちた瞬間、もう一人の男が川上に攻撃していた。

頭部へのハイキック。

見事という言葉を越えた完璧な蹴りである。

ボクシングの男といいキックの男といい、達人と言えるレベルであった。

が、川上の前では赤子同然であった。

一刀の元に足と首を落とされていた。

「ここからが本番です。二人ともよく見ておきなさい!」

自衛官近衛の言葉に二人は振り向いた。

「本番?」

「そうです。ここからが我々の本当の敵の姿です」


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